659
1390
「はっ!! ……おわっ!?」
蹴りの体勢のまま茂みに突撃したが……俺の突撃を察したのか、潜んでいた魔物は、茂みから大きく後ろに飛び跳ねて回避した。
尻尾と足みたいな物が見えた気がしたが……全体像は把握出来なかったが、ナニモノだろうか?
空振りに終わった俺の突撃は、その魔物の代わりに地面に直撃したんだが、どうやら地面は浅くはあったが水たまりになっていたようで、土砂の代わりに水しぶきが舞い上がり霧のように周囲に立ち込めている。
「おっと……水たまりだったか。大丈夫ー?」
茂みの奥に下がって行った魔物から目を離さずに、俺は二人に向かって声をかけた。
地面への衝突音と土砂くらいは覚悟していたかもしれないが、この有様は予想外だろう。
「我々も馬も問題ありません! 我々のことよりも、魔物はどうなりましたか? 飛び跳ねたのは見えましたが……」
「そこの茂みに隠れているよ。ところで、アレが何かわかった? オレは影程度しか見えなかったんだ」
離れた位置からだと長い胴体が見えていたから、てっきりヘビの魔物だと思ったんだが、あの跳ね方は違うよな?
少なくともそこら辺に転がっている妖魔種のお仲間じゃなさそうだが、普通の魔獣って感じでもなかった。
俺は姿を捉えることは出来なかったが、距離をとっていた彼等なら何かわかったんじゃないか?
そう期待したんだが。
「申し訳ありません。馬を御することに精一杯で、ちょうど目線を切っていて……お前はどうだ?」
一人が申し訳なさそうにそう言うと、もう一人もまた同じような口調で続いた。
「私もだ。何か黒い影が飛び上がったのは視界の端に見えましたが、水しぶきもあって、姿を捉えることは出来ません」
俺は二人の言葉を聞いて「そっか……」と小さく呟いた。
まぁ……遠くから見ていた感じ、二人はアレがどこにいるのか気付いていなかったみたいだし、俺の上空からの突撃に水しぶきっていうコンボはちょっと対処が難しかったんだろう。
仕方がない。
「それじゃー……オレはアレをどうにかするから、二人は向こうに戻ってて。アレが何かはわからないけど、結構大きかったし、馬が狙われたら面倒だからね」
「……わかりました。お気をつけて」
「うん。片付いたら合図するから」
「はっ」
返事をすると、二人は揃って馬車の方へと戻っていく。
「思ったより素直に言うことを聞くね。変にごねられても面倒なだけだったし、オレの邪魔になったかもしれないから、すぐに動いてくれるのはありがたいんだけど……アレでいいのかな?」
この一行は俺の護衛ってわけじゃないし、俺の指示に従っただけだから別に何の問題も無いんだが、仮にも一番身分が高いかもしれない俺を躊躇なく置いて行くってのは……どうなんだ?
実は魔物相手の戦闘が苦手だとか……?
そう不安に思い、チラっと一瞬だけ馬車が停止している方に視線を向けた。
「……あら? 一応向こうは向こうでやる気はあるみたいだね」
見たのは一瞬ではあるが、それでも馬車を中心に魔物を迎え撃つ陣形を敷いていた。
当然、戻っていった二人もその中に組み込まれている。
魔物との戦闘を避けたいってわけじゃなさそうか。
よくよく考えてみると、そもそも彼等は自分から進んで街道の異変の確認に出て来たんだし、戦闘が苦手とかそんなことはないに決まっている。
「ふぅ……なんかいつもより勝手が違うからかな? 何か色々考えすぎてる気がするな」
俺は頭をスッキリさせるために、二度三度頭を振ると、【蛇の尾】のサイズを最大に変化させた。
茂みの奥で相変わらず身を隠している魔物は、俺の変化が見えているのか見えていないのか……なんの動きも無い。
「コイツの狩りの仕方は完全に待ちのスタイルなのかな?」
能力は一の森の浅瀬に時折現れる、オーガやオークと言った大型の妖魔種と大差ない程だし、決して弱いってわけじゃない。
俺の一撃を躱した動きを考えても、大分俊敏な動きが出来る魔物のようだが、それでも相変わらずジッと身を潜めている。
まともに戦うと、雨の中深い茂みに踏み込まないといけないから厄介な相手だろうが、俺が相手だとどうだろうな?
「ふっ!」
短く息を吐くと、尻尾で目の前の茂みを纏めて薙ぎ払った。
1391
最大サイズの尻尾でバサバサと茂みを薙ぎ払いながら、少しずつ俺は進んで行く。
茂みの奥に潜んでいる魔物は、その尻尾の範囲が大分近付いているのに、全く動く気配がない。
「まだ動きは無いか。これくらいだとわざわざ動くほどじゃないってことなのかな?」
さっきの突撃の際は迷わず回避を選択していたが……どうやら、尻尾を振り回す程度じゃ脅威とは感じないらしい。
【影の剣】を出したらどうなるか……ってのも見てみたいが、それはまだだな。
もう少し接近して、何とか姿を確認してからだ。
「もうちょい……もうちょい……」
そう呟きながら、尻尾で薙ぎ払って近づいて行く。
それと同時に、【妖精の瞳】とヘビの目でしっかりと位置を把握するが、相変わらず動かない。
魔力は感じるが、魔法を使うような素振りもないし、このままいけるな。
いつでも【影の剣】を発動出来るように構えながら、尻尾でブンブンと薙ぎ払いながら接近していく。
そして、いよいよもう目前まで来たのだが。
「もうちょい……もうちょ……っ!?」
尻尾が茂みの奥に潜んでいる魔物の、恐らく頭部に直撃した。
直接素手で触った訳じゃないから正確な感触はわからないが、それでも、そこはかとなくブヨン……と、柔らかい感触が伝わってくる。
加えて、この一撃を受けても全く微動だにしない重さもだ。
尻尾の一撃は、魔物の柔らかい皮膚と重さで威力を殺されてしまったらしい。
地面に落下してしまった。
俺は尻尾をいったん解除して、慌てて後退する。
「直撃したけど……それでも動かないの?」
今の一撃は、手ごたえはもちろん【妖精の瞳】で見える魔物の能力にも変化がない。
全くダメージにならなかったんだろう。
さらに、魔物が潜んでいる茂みも、払いきる前に尻尾を止められてしまったから、魔物の姿は見えないままだ。
「流石に直撃したのに耐えられた上に、完全に無視されるってのは想定外だったね。でも……そうなったらもう……コレか?」
チラッと視線を左足に落とす。
どれだけダメージを与えられるかはわからないが、あれだけ大袈裟に回避していたし、【緋蜂の針】ならダメージは入るはずだ。
問題は、ここまでやってなおこの魔物の正体が不明な点だが……やるしかないよな。
【風の衣】と【琥珀の盾】はあるんだ。
数発程度なら攻撃は耐えられるだろうし、とりあえず突っ込んでみて、「不味い!」と思えばすぐに離脱したらいい。
「……全く、こんなこともあろうかと色々調べてきたつもりなんだけどね」
執務室から資料を借りて、北の森周辺に生息する魔物の情報なんかは調べていたんだが、こんなのはいなかったはずだ。
調査が及んでいない魔境の魔物だろうし、もしかしたら調査中に遭遇する可能性は考えていたんだが、目的地に到着する前にいきなり遭遇してしまったな。
俺は「ふぅ……」と小さく溜め息を吐くと、表情を引き締め、前方に広がる茂みを睨みつけた。
魔物は相変わらず動く素振りは見せない。
「……本当にいるよな?」
数メートルしか離れていないし、いる場所もわかっているのに、【妖精の瞳】とヘビの目が無ければ、とてもじゃないが魔物が潜んでいるだなんて思えない。
全く情報を持っていなかった兵たちが気付けなかったのも仕方がないな。
「まぁ、突っ込めば何かわかるか。……行くぞ!!」
俺は解除していた【蛇の尾】を再度発動すると、左足を前に突き出した体勢で【浮き玉】を発進させた。
それとほぼ同時……左足が接触するまで残り1メートルほどになったところで、茂みから大きな物体が後ろに向かって飛び跳ねた。
「出た! 逃がさない!!」
先程は地面に突っ込んでしまったため追撃が出来なかったが、今度は水平の軌道で飛んでいる。
俺の突撃を遮るような物は何も無いし、このまま突っ込んで空中で撃墜だ!
と、意気込んだはいいが。
「っ!? ぬおわあっ!?」
俺を迎撃するために、飛び跳ねた魔物は口を開くと、舌を伸ばして鞭のように振るってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます