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 燃焼玉は魔力と水に反応して燃える……というシンプルな効果で、微量の魔力を込めて投げたら、数秒後に発動するように出来ている。


 魔力を込めるといっても、屋敷の魔道具なんかよりも必要な魔力はずっと少なくて、魔法はもちろん、魔道具を使うことが難しいような者でも扱えるように出来ている。

 いざとなれば、周囲の魔素だけでも発動は可能らしい。


 そして、魔力と一緒に必要になる水もそうだ。


 もちろん、ちゃんとした水があればそれだけでもいいんだが、空気中や対象の体液なんかでもちゃんと代用で出来るようになっている。

 発動に水が必要……というよりも、水場でも使えるようにするために、そうしているらしい。

 だから、水量はそこまで重要じゃないらしい。


 反面、ちょっとした水でも発動に必要な基準を満たしてしまうため、今回のように雨の中持ち出すのは注意が必要らしい。


「貴女が携帯する時は、小袋に入れたまま、普段から使っているあのポーチに入れていたでしょう?」


「うん。腰に着けられるから、取り出しやすいんだよね。……危ないかな?」


「確か革製よね? 水分をある程度は防げるし、普段持ち運ぶというだけなら、それで十分よ。ただ、今の外の天気を考慮するのなら、燃焼玉を入れる袋も素材を考えた方がいいわね。それと、出来れば小分けにして瓶に詰めた方がいいのだけれど……そこまでは難しいかしら?」


「俺一人で持つとなると……ちょっと難しいかな?」


 ポーチどころかリュックが必要になるだろう。


 持ち運ぶだけなら別にそれでも構わないんだが、戦闘の可能性も考えないといけないし、どうしても動きにくくなりそうなリュックは避けたいところだ。


「そうね、貴女には重さはあまり関係ないでしょうけれど、取り出す際にも不便でしょうしね。加護があるし、革製の袋に入れておけば、暴発するような事態は避けられるはずよ。薬草を保存するための袋が丁度いいわね。それと、念のため夜に帰還する際には、隊員から回収してくるように。翌日持っていく分は新しく用意してあげるわ」


「うん、了解」


 俺一人がずっと持っていると、他の者が必要になる際にわざわざ持って行かないといけないし、同行する者たちと小分けにしておいた方が便利だよな。


 フィオーラの方で用意してくれるみたいだし、お言葉に甘えてしまおう。


 俺は、その後も続いたフィオーラの説明に、その都度頷きながら最後までしっかりと聞いていた。


 ◇


 さて、夜。


 今日も何だかんだで色々あったが、今はセリアーナたちと彼女の部屋に集まってダラダラと過ごしている。

 魔道具の説明や北の森のお勉強など、何かと頭を使って疲れたため、他の皆はお茶を飲んでいるが、俺はセリアーナの膝に頭を乗せて、ソファーに寝転がりながら本を読んでいた。


 近いうちにお仕事を開始するし、そうなるとあんまり夜にゴロゴロするのは難しくなりそうだしな。

 今のうちだ!


「……そういえば、オレは雨季の間は色々やることが出来たけど、皆は何をするの?」


 このまま眠くなるまでゴロゴロしていようかと思ったが、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

 例年だと雨季の間はのんびりしつつ、雨季明けのイベントの備えをしていたが、今年はどうなんだろうか?


「今年は例年よりも予定が詰まっているわね」


 頭の上から聞こえた声に、本を閉じて顔を向けた。


「あら、そうなの?」


「ええ。一月ほどとはいえ領都を空けていたでしょう。他所の領地や領内の者が来る前に、領都の住民との面会を済ませておくわ」


「そっかぁ……雨が降っていても、街の人ならそこまで大変じゃないしね」


 セリアーナに面会出来る者なんて、貴族街に住んでいる人か各ギルドのお偉いさんの奥様とかだろう。

 どちらも、街中の移動に馬車を出せるだろうし、天候は関係無いな。


 しかし……一応俺はセリアーナの護衛も仕事のうちなんだが、いくら彼女の加護があるとはいえ、いいんだろうか?


 それを訊ねようと「ねぇ」と口を開きかけたが、その前に。


「問題無いわ」


 と、セリアーナは一言で断定した。


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「他所の領地に出向くわけでもないし、自領の領都にある自分の屋敷の中よ? 面会する相手だって、以前から領都に住んでいる者たちだし、たとえ私に加護が無かったとしても、面会している相手よ。護衛はエレナだけで十分ね」


「……そんなもんか」


 面会することに俺抜きで問題無いかと訊ねると、そんな答えが返って来た。


 俺は「なるほどなー」と納得して、小声で一言呟いた。


 テレサは忙しくて無理なのかもしれないが、セリアーナの側にはエレナがいるんだし、いざという時の戦闘と面会時のサポート、両方出来る彼女が同席するのなら、街の人間と会うことに何の心配もいらないだろう。


「そういえば……貴女の加護で、地下牢の者たちは調べられないの? 詳しい事は聞いていないけれど、先日騒ぎを起こしたんでしょう?」


 俺の話が終わったところで、今度はフィオーラがセリアーナに先日の地下牢の件を訊ねた。


 セリアーナの加護で、敵意を持っているかどうかわからなかったのか……それは確かにそうだよな。


 街の敷地の外にある騎士団の訓練場とか詰所で拘束されているのなら、流石に普段のセリアーナの索敵の範囲外だし、気付くことが出来なくても仕方ないが、騎士団本部は屋敷がある高台のすぐ側だし、たとえセリアーナが何かしらの事情で範囲を狭めていたとしても、まず範囲から外れることはないだろう。


「言われてみればそうだね。バタバタしてたしその場で取り押さえられたから、すっかり聞き忘れてたよ」


 俺もフィオーラの質問に乗っかって訊ねてみると、セリアーナは「フッ」と笑った。


「牢に繋がれている者たちは、私の加護に反応しなかったわね。少なくとも、私たちに敵意を持っている様子は無いわ」


「……うん?」


「あくまで命じられた仕事をこなしただけ……ってことなのかしら?」


「どうかしら? 断言は出来ないわね。ただ、明確な敵という訳ではないようだし、複数の策を重ねるような計画だとは思っていないわ。警戒する必要はないんじゃないかしら?」


「ふぬ……」


 敵意を持っているわけではないけれど、仕事だからって不意打ちを決めてくるプロもいるにはいるが、あの脱走を企てた冒険者は、動きは悪くはなかったが、少なくともその域には届いてなさそうな気がする。


 よくわからないままどこぞの誰かに頼まれた仕事をこなしたら、ああなってしまったって可能性のほうが高いのかもしれないな。

 ついてない男だ。


 俺が笑っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

 セリアーナがエレナに開けに行かせると。


「お疲れ様です。ただいま戻りました」


 中に入って来たのは、仕事を終えて戻って来たテレサだった。


 ◇


 挨拶を済ませたテレサは、着替えるために一旦部屋に下がって行ったが、30分もかからずに戻ってきた。

 食事は外で済ませていたようで、風呂と着替えだけだったんだろうな。


 今はソファーに座ってお茶を飲みながら、皆でテレサの昼間の仕事について聞いていた。


 彼女は今日は部下を引き連れて、冒険者ギルドにずっと詰めていたそうだ。


 先日の魔物との戦闘の件だったり、地下牢の冒険者たちについての調査だったらしい。

 ただ、この時期は普段とは少し出入りする顔ぶれが変わっているし、先日冒険者ギルドで起きた騒動の件もある。

 冒険者ギルドにももう少し目を向ける……的なことを言っていたし、それも兼ねていたんだろう。


 まぁ、どれもすぐに何かがわかるってようなことじゃないし、しばらくは冒険者ギルドと騎士団本部を行ったり来たりすることになるらしい。


「魔物の素材の処分は、通常通り商業ギルドに任せるそうです。魔物との戦闘や地下牢の件など少々問題が起きはしましたが、概ね例年通りの雨季を迎えられそうですよ。……ああ、それと」


 テレサは「姫」と、寝転がる俺に顔を向けた。


「姫もアレクシオ隊長から呼ばれると思いますが、北の森やその周辺の調査に向かう兵の選抜が明日の昼に行われます。冒険者からも一組同行するそうですが、よろしいですか?」


「む? 明日か……早かったね。大丈夫だよ」


 そう答えた。


 明日メンバーを選ぶってことは、出発は明後日かな?

 今日のうちに色々下調べとかの準備を済ませていたし、慌てずに済みそうだな。

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