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「えーと……そうだね。その気になったら北側の大抵の街や村から1時間もかからないで帰って来れるんじゃないかな?」


 俺は北の森周辺の地図を頭に浮かべながら、セリアーナにそう答えた。


 スピードメーターがあるわけじゃないし、実際にはどれくらいの速度が出せるのかはわからないが、【浮き玉】と【風の衣】があれば相当な速度を出すことが可能だ。


 その気になれば、領内のどこからでも領都に1時間程度で戻ってこれる。


 強いて警戒するというなら、空を飛ぶタイプの魔物や魔獣だが……この天候だ。

 その空を飛ぶ魔物だって大人しくしているし、俺が上空を高速で飛んでいても、魔物に襲われることはないだろう。


 昼は調査に同行して、夜は領都に戻って来るというセリアーナの案は十分実現可能だ。


「そうでしょう? いつもはお前には護衛が同行しているから、出先から戻って来ることはなかったけれど……お前にとってはリーゼルの懸念は大した問題じゃないわ。どうかしら?」


 セリアーナはリーゼルにそう訊ねると、彼は何度か頷いている。


「確かにそれならセラ君の問題はなくなるね。後は、同行する者たちの選定か。ジグハルトが何人か連れて行くだろうし……明日以降になるが、それでも数日中に決められるか」


 リーゼルは周りの者を集めて何かを確認していたが、すぐにこちらを向いた。


「セラ君。恐らく北の森の調査は君に隊長を任せることになると思う。数日以内にメンバーの選定を行うから君にも立ち会って欲しい。構わないかい?」


 2番隊はともかく、1番隊のメンツは把握出来ていないが、まぁ……メンバーの選定なんて俺にはどうしたらいいかわからないし、アレクたちに任せることになるだろう。


「うんうん。大丈夫です。あ、奥の資料とか借りてもいいですか?」


 リーゼルの申し出に二つ返事で答えると、俺は部屋の隅の棚を指した。


 北の森を調査することになるんだ。


 俺は普段外の狩りは一の森がメインだったから、北の森に関しての情報はほとんど持っていないんだよな。

 調査をするなら、どんな魔物がどの辺に生息しているか……くらいは知っておきたいもんな。


「ああ、構わないよ。隣の部屋も自由に使ってくれ」


 リーゼルは快く答えると、それにセリアーナも続いた。


「エレナ、貴女も手伝って上げなさい」


「わかりました。セラ、行こう」


「はーい」


 俺はエレナと共にファイルを何冊か抱えると、隣の部屋に移動した。


 ◇


 さて、翌日。


 今日はジグハルトが、一の森の開拓拠点に向かって領都を発つ日だ。


 そのまま向こうにしばらく滞在し続けるそうだし、次に会うとしたら雨季明けかな?

 彼にとって魔物との戦闘は、雨が降っていようがどうだろうがあまり関係ないし、問題無くこなせるだろう。


 なんの心配も無いことだしってことで、フィオーラも特に見送りに立つようなことはなく、今日はセリアーナの部屋にやって来ている。

 昨日はセリアーナたちはリーゼルの仕事を手伝っていたが、一旦落ち着いたのか、今日は彼女たちも部屋に留まっていた。


 テレサは忙しくて屋敷にいないが、概ね例年通りの雨季って感じだ。


「フィオさんはこっちにいていいの?」


「ええ。例の商人が運び込んだ積み荷や、その前に街にやって来ていた者たちの荷物も調べ終えたし、冒険者ギルドから提供された魔物の死体も調べ終えたわ。いくつか細かい作業は残っているけれど、私がやるようなことは今は無いわ」


 俺は、例によってフィオーラの肩を【ミラの祝福】を発動しながら叩いている。


 ここ数日は色々想定外の出来事が起きて、フィオーラを始め研究所の職員たちも皆忙しかっただろう。

 休めるうちにゆっくり休んでもらいたいものだ。


 だが……。


「まだメンバーは決定していないんだけど、近いうちにオレが隊を率いて北の森の調査に行くんだよね」


「ええ。聞いているわ」


「魔物の死体処理とかを行う機会もあるかも知れないし、燃焼玉とかの道具があると助かるんだけど、足りてる?」


 魔物の死体処理の基本は高火力で灰にすることだ。


 2番隊でそれだけの火力を出せる魔法を使える者はいないだろうし、そうなると魔道具頼りになるが……足りてるのかな?


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「魔物を処理するための道具は、幸い在庫がたくさんあるから安心なさい」


 魔道具は足りているのかという俺の質問に、前を向いたままフィオーラが答えるが、ちょっと予想外だった。

 昨年は戦争だったり色々な要因で、リアーナに入って来る素材の量が減っていたりして、ポーションの在庫すらちょっと危うくなっていたほどなのに、こっちは余裕があるのか。


 フィオーラの返答に驚いていると、それはセリアーナも同じだったようで、思わずといった様子で彼女が口を開いた。


「……意外ね。昨年は素材の入手の経路が限られていたでしょう?」


「だよね。……まぁ、素材が何かは知らないけどさ」


「アレの素材の大半は、リアーナで倒せる魔物由来の物よ。もちろん、他所から入手している物もあるけれど、その気になればリアーナ産の素材のみでも作り出すことは可能ね。それに……」


 フィオーラはそこで言葉を止めて肩に手をやったかと思うと、そのまま首に動かした。

 首を揉めってことかな?


 俺は肩を叩く手を止めると、場所を首に移して揉み始めた。


「ありがとう。それに、昨冬はセラが外の狩りに出る機会が減っていたでしょう? アレを一番使っているのは貴女よ」


「そうなの!?」


「そうよ。昨冬は、貴女が大人しくしていた分、2番隊が外に出ることが多かったの。彼等は一人で狩りに出る貴女と違って人数を揃えていたから、死体を処理するよりも、街に運んで来ることを優先していたわね。お陰で素材がたくさん手に入ったわ。とは言え、別にアレを消費することが悪いわけじゃないし、気にすることではないわね」


「……ほほぅ」


 まぁ……アレは元々俺が冬に一人で街の外で魔物を倒した際に、処理に困るからどうにかして欲しいとか言って作って貰った代物だ。

 春夏秋の3シーズンなら、近くにいる冒険者や巡回の兵に頼んで街まで運んでもらうんだが、冬はちょっと難しいからな。


 ともあれ、俺がどれだけ使うことを想定していたのかはわからないが、それなら確かに在庫に余裕があるのも理解出来る。


「まぁ、在庫に余裕があることはわかったよ。それじゃー、出発する時にちょっと貰って行くね」


「ええ。別に少しじゃなくて、たくさんでも構わないわよ?」


「うーん……いや、ちょっとでいいよ。あんまりたくさん持っていても、暴発が怖いしね。それに、どうせ毎日戻ってくるだろうし、出発前に使った分を補充するってのでいいと思うよ」


 燃焼玉は魔力と水に反応するタイプだし、雨が降る中保管し続けるのはちょっと怖いんだよな。

 魔物の死体を灰にするまで燃やす性能が必要なだけに、燃焼玉は結構な高火力だし、取り扱いには気を付けたい。


 俺の言葉に、フィオーラは「そうね」と笑っている。


「そろそろジグが出発する頃だけれど、今日はすぐに人員選びはしないんでしょう? 後で研究所に行きましょうか? 改めて使い方や保管の仕方を教えてあげるわ」


「あぁ……それは助かるかも」


 今まで俺が燃焼玉を持ち運ぶ時は、ポーチに二つ三つ突っ込んでいただけだったが、これを機に改めてしっかり教えてもらうのも悪くない。


「セリア様、いいかな?」


「研究所でしょう? 構わないわ。もしリーゼルに呼ばれるようなことがあったのなら、そちらに遣いを送るわ」


「あ、助かるよー。その時はお願いね」


 俺はセリアーナに返事をすると、そのままフィオーラの肩や首を揉み続けた。


 ◇


 セリアーナの部屋での話は、あれからしばらくしてお開きとなった。

 セリアーナたちはそのまま部屋に残っていたが、俺とフィオーラは先程話したように、地下の研究所にやって来ている。


「まあ……一先ずこれくらいで十分ね」


 そこのデカい机の上には、燃焼玉が中に入った乳鉢やビーカーが複数並べられていた。


「一応聞くけれど、使い方はわかるわね?」


「うん。まぁ、ただ投げつける使い方しかしてないけどね」


「結構。なら始めるわ」


 その道具類を前に、フィオーラの説明が行われた。

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