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「ふーむ……」
ジグハルトの家を出ると、セリアーナの部屋へ戻った。
窓からの出入りだが、【風の衣】の効果で俺には一切水滴は付いておらず、部屋の中が濡れるようなことはない。
分かり切ってはいることだし今更ではあるが、空から降る雨も足場の悪さも俺には影響はない。
窓を閉めて短く呟くと、先ほどのジグハルトとの会話を思い出していた。
魔物への備えだけなら、フィオーラたちの考えで問題無いとは思うが、やはり北の森で起きた件はしっかりと調査しておいた方がいいと思う。
そうなると……やっぱ俺が行くべきか?
1番隊にも2番隊にも指示が出せて、それだけじゃなくて、領内全般に顔が利く。
加えて、外の天候や足場を無視することが出来て、魔物の群れが相手でもどうとでもなるだけの力があるし、現状騎士団のトップ連中が動けるのならともかく、そうじゃない以上は、ジグハルトが俺を候補に挙げるのも理解出来る。
……と言うよりも、俺しかいなくないか?
どちらかと言うと、今回の件は騎士団の対処の仕方の方が俺の考えにあっている。
やっぱり問題の根っこは明らかにしておきたいし、出来るなら解決しておきたいもんな。
「ふー……むむむ」
部屋の中を漂いながら、再び俺は唸り声をあげた。
仮に俺が調査隊を率いるとして、その場合の問題点は何だろう?
身分も実力も問題はないと思うが……。
「とりあえず、執務室に行ってみるかな?」
ジグハルトが明日出発するってことも一応伝えておいた方がいいだろう。
そのついでに相談してみるのも悪くないはずだ。
「んじゃ、行くか」
クルクル回転していた【浮き玉】を止めると、俺は部屋を後にした。
◇
「セラ副長? 中に御用でしょうか?」
部屋を出た俺は、リーゼルの執務室がある本館に向かっている途中で、屋敷内を巡回している警備の兵とバッタリと出くわした。
「うん、そうなんだけど……そっちは? 珍しいね」
普段だと警備の兵がいるのは、玄関のドアだったり、リーゼルの執務室や彼の部屋。
後は、各館を繋ぐ通路くらいだろうか?
普通に廊下を巡回しているってのは、お偉いさんが来訪している時を除けば大分珍しい。
俺がそう訊ねると、彼は「ああ……」と苦笑しながら話し始めた。
「例年だと雨季の間は1番隊と2番隊のどちらの兵も、街の巡回を行うものを除けば、各々騎士団本部や自宅で待機をしているんです。ただ、今年は先日の件があって、いつでも動けるように屋敷に集まるようにしています。幸い今は何も起きていないので、手が空いた者たちが巡回をしているんです」
「なるほどねぇ……。2番隊もかな?」
「ええ。もっとも、彼等はこちらの屋敷ではなくて、下の通路などを見て回っています」
それを聞いて、再び頷く俺。
多分、堅苦しいのが嫌だったんだろうな……。
「そっか、ご苦労様」
彼は俺の言葉に頭を下げると、一言告げて巡回を再開した。
例年だと、他の場所で待機しているから目につかなかったが、今年は屋敷にいるから気付いたのか。
別に遊ばせているわけじゃないんだろうが、手が空いている者がいるってことだよな。
「ふむ……これなら大丈夫かな?」
俺は離れていく彼の背中を見ながら、そう呟いた。
◇
「セラ君が調査に?」
リーゼルの執務室にやって来た俺は、北の森や周辺拠点の調査をする隊を、俺が率いるのはどうかと伝えてみた。
「そうそう。ちょっとジグさんとも話したんだけど、自分でも悪く無いんじゃないかなって思ってさ。旦那様とか皆はどう思うかな?」
執務室の中は、雨季でありながら昨日同様に人が大勢集まって、忙しそうに仕事を行っていた。
昨日今日で片付くような仕事じゃないし、しばらくはこの体制のままだろう。
その彼等も、今の俺たちのやり取りが聞こえたのか、仕事をする手を止めたようで、部屋が急に静かになった。
たかが、森の調査に大袈裟な……と思わなくもないが、それだけ大事ってことなのかな?
俺は首を傾げつつ、リーゼルの次の言葉を待つことにした。
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「確かにセラ君なら、隊を率いての調査は問題無くこなせるだろうけれど……」
リーゼルは困り顔でそう言った。
「調査隊を送る以上は、10日から2週間程は向こうに留まって調査を行ってもらうことになると思うんだ」
「ふぬ」
まぁ……手が空いた者たちとはいえ、わざわざ騎士団から兵を派遣するんだ。
何かしらの成果は欲しいよな。
んで、この天候と雨季に入ったタイミングを考えると、あの冒険者に協力した者はまだまだどこかの拠点に留まったままの可能性が高い。
そうなると、こちらの調査には住民の協力も必要だろう。
何も物証は無かった……ってのも、それはそれで成果にはなるが、何かしら発見が無いと、協力してくれた者たちに示しがつかないよな。
そのためには、ある程度時間をかけて調査をする必要が出てくる。
もっともだ……とリーゼルの言葉に頷いていると、さらに彼は続ける。
「そうなると、君も隊長として留まってもらうことになるだろう。だが、今の君の立場を考えるとそれはなかなか難しいね。テレサ殿やエレナがどうこう出来るならまた別だが……今彼女たちに街を離れられるのは痛いからね」
リーゼルのその言葉を聞いて、部屋の中に視線を向けると、セリアーナとエレナは一緒にいるが、テレサは部屋にはいなかった。
ここに来るまで彼女を見なかったし、冒険者ギルドか騎士団本部に足を運んでいるんだろう。
二人とも忙しいし、俺について来るのはちょっと無理だろうな。
リーゼルが危惧しているのは、リアーナ領以外の貴族家の女性が一人で外泊することだ。
実際に起きるかどうかはともかく、もし俺が一人でいる時に何かしらの事件に巻き込まれると、リアーナ領の問題になりかねないからな。
だが、その二人以外の女性でついてこれそうなのと言えば。
「ルイさんたちはいるけど、ちょっと無理だよね」
主に女性貴族の護衛をしている彼女たちなら、この任務にもついて来れるだろうが……。
「彼女たちか。難しいだろうね」
「あ、やっぱり? 流石にリアーナに来て日が短かすぎるよね……」
首を横に振るリーゼルに、俺も同意した。
いくら身分が高くても、腕が立っても、彼女たちはまだリアーナに来たばかりの余所者だ。
冒険者には顔が利くし、騎士団にも俺やセリアーナの後ろ盾がある上に、先日の魔物との戦闘でも活躍したから、冒険者とも騎士団連中ともそれなりに上手くやっていけるだろうが、街での聞き込みなんかには不向きだろう。
それなら、外の調査を任せる……ってのも、この雨の中女性を外に出すってことで、騎士団連中が住民から否定的に見られるかもしれないし……タイミングがちょっと悪かったな。
だが、そうなると……やっぱり俺が行くのは難しくなるかもしれないな。
「恐らく纏め役はリック隊長の副官の誰かになるだろうね。1番隊と2番隊とでバランスを取れるようにするには、少々人数が必要になるだろうが……オーギュストが上手く調整するだろう」
「そっかぁ……」
纏め役が1番隊の兵になる以上、1番隊の人数が多くなるだろうがそうなると、外の調査をメインでする者の数が少数側になってしまうかもしれない。
両隊とも仲が悪いわけじゃないが、方針が違い過ぎるし上手く行くかな……?
俺は「うーむ……」と再度唸っていると、横から「リーゼル」とセリアーナから声がかかった。
「うん?」
「セラを隊長に就けて送り出しても構わないんじゃないかしら?」
「む……だが、彼女の立場を考えると、それはあまりよくないだろう? かと言って、無理に人を揃えて連れて行かせても、活動の妨げにしかならないよ?」
予想外のセリアーナの言葉に、一瞬言葉が詰まるもすぐに返すリーゼル。
だが、さらにそれにセリアーナは返してきた。
「セラ、お前ならリアーナ北部に存在する街や村のどこからでも、さほど時間をかけずに領都に帰って来れるでしょう? 昼間は外の調査をして、夜には領都に帰還。それでいいじゃない」
俺はそのセリアーナの案に、思わずポンと手を打った。
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