646

1364


 屋敷に戻ってきた俺は、まずは報告も兼ねて執務室へと向かった。


「ただいまー。色々回って来たよ……オレがさっき顔出した時より増えてるね」


 文官がメインだった執務室は、今では騎士団や冒険者ギルドの人間が同じくらい集まって、リーゼルを中心に何やら話をしていた。


 オーギュストの姿はまだないが、何があったんだ?


 部屋の中を見渡しながらリーゼルのもとに向かって行くと、彼は会話を止めてこちらを向いた。


「ご苦労、セラ君」


「うん……ただいま。人が増えてるけど、何かあったの? ……まぁ、オレの方でも色々あったけど、それかな?」


 新たにここにやって来た顔ぶれを考えたら、地下牢の件も関わっているはずだ。


「地下牢の件かい? 聞いているよ。オーギュストたちはどうしていた?」


「うん? えーとね……」


 さて、どうしたものか。

 この件は、北の森やリアーナ北部の探索に絡んで来るし、色々な所属の者が集まっているこの場で話すべきかどうか。


 一応今回の魔物騒動に対する執務室の方針は、雨季が終わるまでは様子見……だった。

 一方騎士団の方針は、各街や村も含めて捜査する……だったしな。


 それが、地下牢での件でどう変わったのか……だが、ちと読めない。

 それなら。


「向こうの皆で色々話してたよ。旦那様には、団長が自分で話しに行くって言ってたし、その時に詳しく教えてもらえるんじゃないかな?」


 大分曖昧な言い方になってしまったが、これでいいだろう。


 まぁ……今は外が雨で、この場にいる者たちも外に伝える事は出来ないだろうから、別に話してしまってもいいんだが、方針に違いが出ていることをどう受け止められるかわからないし、ここはオーギュストに任せてしまおう。


 リーゼルも、一瞬「おや?」と目を丸くしたが、俺が言わんとしていることが伝わったらしく、一つ頷くと「そうか」と答えた。


「それじゃー、これを。商業ギルドからだよ」


 俺は商業ギルドで預かった書簡を机に置くと、クルっと踵を返してドアへと向かって行った。


 ◇


 雨季に入って早二日。


 例年だとこの時期の領主の仕事は、外から屋敷を訪れる者が減っているからか、同じく仕事量も減っている。


 だが、今年は先日の件が影響しているからなのか、仕事量が変わっていないようで、セリアーナも引き続き執務室での仕事を手伝いに行っている。


 と言うよりも、全員忙しそうだ。


 俺は手伝えることが無さそうだしってことで、部屋に残っているが、セリアーナだけじゃなくて、エレナやテレサたちも執務室に行っている。

 部屋には俺一人だ。


 昨日は色々見て回ったし、今日は部屋で大人しくしておこうかと思っていたが、俺も執務室に顔を出そうかな……なんてことを、窓の外を眺めながら考えていたが。


「うん?」


 屋敷の前の坂を馬が駆け上って来るのが見えた。


 雨避けのコートを羽織っていて武装をしているかどうかまではわからないが、シルエットはごつくないし、多分鎧を着ていたとしても軽装だろう。


 一瞬また魔物でも出たのかと身構えてしまったが、どうやら街の外で何かが起きたってわけじゃなさそうか。


 ホッとしながら眺めていると、坂を上り屋敷の門を抜けたところでそのまま横に向かって行った。

 その方向にあるのは、ジグハルトたちの家だ。


 フィオーラは今は研究所にいるはずだし、ジグハルトに用事なのか。


「……オレも行ってみようかな」


 俺はそう呟いて【風の衣】を発動すると、窓を開けて外へと飛び発った。


 ◇


 ジグハルトたちの家のドアをノックすると、ドアはすぐに開かれた。

 ドアを開けたのは、先程やって来た兵士だったが、ジグハルトも玄関に立っている。


「よう、セラ。降りて来たのはすぐにわかったぜ。どうかしたか?」


 改めてそう聞かれると「ただ気になったから」……とは答えにくいが、ここは正直に答えよう。


「この雨の中、随分急いでいたみたいだったからね。何かあったのかなって気になってさ」


 俺のその答えにジグハルトは小さく笑うと、「入れよ」と言って、奥へと歩いて行った。


1365


「アレは……準備してたの?」


 ジグハルトに続いてリビングに入ると、隅に置かれた装備類が目に入った。


 この部屋はフィオーラも使うし、ジグハルトの装備は普段は別室に置いているんだが、こっちに持って来ているということは使う予定があるんだろう。


 この雨の中だとダンジョンが妥当な線だが、昨日話していた件もある。


「……あっ!」


 俺はポンと手を打つと、振り向いて後ろを歩く兵に目を向けた。

 街の外で何か起きたのかと思ったが、彼はジグハルトへの出動要請にここへ来たのかな?


 再びジグハルトに視線を向けると、彼は「ああ」と頷いた。


「お前も冒険者ギルドで聞いていたらしいが、一の森の開拓拠点に向かうことにした。昨日話を持って来られた時点で向かってもよかったんだが……向こうに駐留している工員の交代人員が揃うのを待ってからになったんだ」


「ははぁ……」


 あそこの拠点は俺も何度か行ったことがあるが、大分拠点としての形は出来上がってはいるものの、まだまだ完成には程遠い。

 だから、あそこを拠点に活動する冒険者や、周辺の警備をする騎士団の他に、諸々の建築作業を受け持つ職人たちも一緒に行っている。


 ただ、大分形が出来てきたから、魔物も積極的に襲ってくることは無くなっているそうだが、それでも魔境の一画だ。


 周りには強力な魔物がゴロゴロいるし、いくら東部の人間だからって、戦闘が専門じゃない者が長期間滞在するのはストレスが大きいんだろう。

 定期的に人員が入れ替えられている。


 その入れ替えのタイミングで、ジグハルトも一緒に向かうのか。


「で、お前が来たってことは、その用意が出来たってことだな?」


 リビングのソファーにドカッと腰を下ろすと、ジグハルトは兵に向かって話すように促した。


「はっ。つい先日魔物の襲撃があったばかりなので、元々予定していた職人たちも不安がっていましたが、同じ時期にジグハルト殿も向かうということで、それは払拭出来ました。明日の昼には発てます」


「そうか……了解した。俺も準備は出来ている。雨の中ご苦労だったな」


「はっ。それでは、自分はこれで失礼します」


 そう言うと、彼はジグハルトとついでに俺にも礼をして家を出て行った。

 それを見て俺は口を開いた。


「随分慌ただしいね」


「そうだな……まあ、本来なら雨季前に入れ替えを行う予定だったんだが、今年はお前たちが領都を離れていたし、人を動かすのは戻って来てからにしていたらしいな」


「まぁ、まず無いだろうけど、王都で何かがあって方針転換とかするかもしれないしね……」


 簡単に連絡が出来ない以上は、大きい動きは出来なくても仕方がない。

 雨季前の魔物討伐はまだ騎士団の権限内だけれど、領地開拓に関する件は、リーゼルたちがいないと難しいんだろう。


「そういうことだ。一応……昨日この話を聞いた時に、会議で北の森の調査を俺に任せるって案が出たとは聞いているが……より俺が必要になるのはこっちだからな。そっちも悪くは無いんだが……断ったんだ」


 まぁ、いるかどうかわからない協力者の捜索や、とりあえず危険は無さそうな北の森よりも、確実に強力な魔物がうろついている一の森の方を優先するのは納得だ。


「ほぅほぅ。ジグさんの名前を挙げたのはオレだったんだよね。その時は団長たちも今のジグさんと同じようなこと言って、一の森の方を任せるってなったんだけど……向こうも迷ったみたいだね」


「……両隊合同でとなるとな。任せられる者が限られるのは確かだ。あの三人が動けるんならそれまでなんだが、今は難しいだろう?」


「そもそもこの時期は、何かあった時に備えて街で待機してるわけだしね。ちょっと街を離れるには理由が弱いかな?」


 ジグハルトに頷いていると、こちらを見ている彼と目が合った。


「どうかした?」


「ああ……まあ、任せられそうなのが一人いるな……と思ってな」


「オレ?」


 自分を指さす俺を見て、ジグハルトは肩を竦めている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る