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地図を前に、腕を組んだまま固まっているアレク。
何か考え込んでいるんだろうけれど、一体何を……?
そう訊ねようと思いつつも、邪魔になるかな……と迷っていると、向こうで受け取った書簡を読んでいたオーギュストがこちらにやって来た。
「どうだ?」
「アレクがなんか固まっちゃったね」
「ふむ……どこまで聞いた?」
「まだあんまり。北の森のどの辺まで見回りしたか……とか、騎士団と冒険者の誰を送るか……とか、それくらいだよ」
俺がオーギュストに答えていると、アレクは組んでいた腕を解いて顔を上げた。
「ああ、悪かった。オーギュスト……リック、そっちはどうだった?」
オーギュストだけじゃなくて、いつの間にやらリックもこちらに来ていた。
そう言えば、俺が来る前は彼等はまだ話をしている最中だったな。
「大したことではない。森に関しては我々に任せるそうだ」
「こちらも同じようなことを書かれていた」
アレクの言葉に、二人は揃って答えた。
だが、それにアレクは首を傾げている。
「地下牢の件があってもそのままだろうか? セラが上を出た時はまだ起きていなかっただろう?」
「どの道指示に変わりはないだろう。雨季の間に出来る範囲の森の捜索と調査だ」
肩を竦めながらオーギュストはそう言うと、またも三人揃って黙り込む。
俺が部屋に入って、皆に説明をした時と同じような光景だな。
急いでいるわけじゃないし、彼等が何か悩んでいるのなら、話を聞くのはそれが解決してからでもいいんだが……。
「んで? なんかあったの? 結局皆が何を話してたのかほとんどわからないんだよね」
アレクから簡単には説明をしてもらったが、あくまで状況確認程度でしかなかったからな。
三人に視線を向けると、オーギュストが口を開いた。
「ふむ……そうだな。私から話そう。君が来る前まで我々に届いていた情報は、地下牢での件を除けば君と大差は無い」
「まぁ、そうだよね」
牢での件を除けば、最新情報は多分フィオーラの研究所での結果あたりだろう。
「執務室でも話してたけど、何か川に薬品が流されていたみたいだね。とりあえず雨が止むまでは放置で大丈夫って言ってたよ。雨季が明けたら調査に向かうみたいだけどね」
「そうだな……。だが、フィオーラ殿たちにとっては、原因が判明しているし既に解決した問題なんだろうが、我々は違う。可能な限り速やかに現場を特定して調査を行いたいんだ。それに……」
「ほぅ?」
何やら歯切れが悪いが、オーギュストの言葉も理解出来る。
フィオーラたちにとっては、魔物が襲って来た原因を突き止めた時点で、ある意味目的は達成している。
だが、騎士団からしたらそうじゃないよな。
俺が頷いているのを見て、さらにオーギュストは話を続ける。
「ともかく、この雨の中ではあるが、北の森の調査を行う必要があるわけだ。そのための人員をどうするか……を話していたんだ。そこに、地下牢の件だな」
「うん?」
雨の中の北の森の調査をする人員の選定で悩んでいるってのと、さっきの件がどう関係しているんだろう?
「動いたのは商人ではなくて冒険者だったのだろう? それも、一人だけだ」
「うん。他は誰も怪しい素振りは無かったね」
牢に囚えられていた本人も、牢の中にも、あの最後の冒険者を除けばどこも異常は無かった。
最後のアイツだけがボロを出したって見方も出来るが、アイツ以外が深く関わっていないって可能性ももちろんあるよな。
「リアーナに活動拠点を持たない冒険者が今回の件に関わっているのだとしたら、協力者が他にもいる可能性が高いんだ。当然この街の者ではない、別の街にいるだろう」
「……雨季の間なら逃げるって事は出来ないだろうね」
「そうだ。そのためにも、領内北部の各街や村を捜索することになるが、そうなってくると、ますます人員が限られてくる。流石に我々が街を離れるわけにはいかないしな……」
この雨の中、外を移動しながら魔物の調査をして、さらに村や街に到着したらそこで聞き込みをする。
まず思い浮かぶのはオーギュストたち三人とジグハルトだが、彼等は街を離れるのは難しいし……そうなると、誰かいるかな?
そりゃ、確かにあんな雰囲気になっちゃうか。
俺は「なるほどねぇ」と呟きながら頷いていた。
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「ジグさんとかはどうなの?」
悩む彼等に向かって、俺はジグハルトの存在を挙げた。
腕が立つし頭も回るし、領内の一般市民にも騎士団内部にも冒険者にも人望がある彼なら、この難しいと言うか……面倒な仕事も任せられるだろう。
街の戦力って意味ではジグハルトはずば抜けているが、何だかんだでウチの街は戦力に余裕があるし、彼が街を離れていても何とかなりはする。
何より、雨だからって大人しく屋内にいるよりも、外に出て行く方が性に合ってそうだし、適任だと思うんだ。
……そういや、ジグハルトはどこだろう?
屋敷にも研究所にもいなかったし、騎士団本部にもいなかった。
当然、冒険者ギルドにもだ。
自分の家にいるのかな?
そのことも付け加えようと思ったが、その前にアレクが口を開いた。
「ジグさんは、一の森にある開拓拠点に行ってもらう予定だ」
「一の森の……あぁ、あそこ?」
一の森を開拓するための拠点が領都と繋がっているんだが、そこに移動するのか。
「昨日の件で魔境の魔物は動かなかったが、あれだけ長時間戦闘を続けていたし、警戒は必要だろう?」
「一の森で人間が集まる場所はあの拠点しかないし、魔物が狙うとしたらそこだ。かと言って、あそこに留まる人間の数を増やし過ぎても、それが理由で魔物を呼び寄せかねない。少数で魔境の魔物と戦えて、尚且つあそこに十数日生活することが苦にならない者となると……大分限られてしまう」
「朝まで外の処理に付き合わせていたし、今日は自宅で休ませているが、数日以内に出発してもらう予定だ」
「なるほどね……よくわかったよ」
ついでに聞きたかった事まで答えてくれた三人に礼を言うと、俺も一緒になって悩むことにした。
この三人は動けなくて、ジグハルトも無理。
エレナやテレサも、晴れた日に街の周囲を見回りに……くらいならともかく、雨の中行ったきりってのは論外だ。
もちろん、フィオーラも。
他にも、能力だけなら1番隊や2番隊の連中でどうにかなりそうな者もいるが、実際に出来るかどうかとなると……。
街中と外の両方での活動だからな。
どちらに任せても、普段とは違う任務になってしまうし、かと言って、合同チームにしたらいいって問題でもないよな?
「ふーむむむ……」
どうするんだろうな……と唸っていると、オーギュストが軽い口調で話しかけてきた。
「まあ、こちらで適当に選んでおくさ。それよりも、セラ副長。君はこれで戻るのか?」
「ん? いや、後は商業ギルドにも顔を出す予定だよ。それで終わり。何か言付けがあるのなら聞いとくけど?」
「それなら商業ギルドに一つ頼まれて欲しい」
「はいはい。旦那様にはないのかな?」
「ああ。こちらが終わり次第、私が上に説明に向かうから不要だ。今したためるから、待っていてくれ」
「うん。急がなくていいからね」
俺の声に、背を向けたまま手を上げて、オーギュストは文官が集まっている机に歩いて行った。
◇
商業ギルドへのお使いは、行って渡して受け取って……と、すぐに完了した。
別に仲が悪いわけじゃないが、商業ギルドはリーゼル派閥だし、個人の工房や商店ならともかく、ギルド本部そのものにはあまり馴染みがない。
……それは、向こうにとってもかな?
下手に俺が行くと、お貴族様扱いされるんだよな。
俺の今の立場を考えたら、それは正しいのかもしれないが……どうにも窮屈で窮屈で。
用事だけを済ませると、さっさと退席してしまった。
もっとも、商業ギルドへのリーゼルやオーギュストたちの用件は、回収した素材の売却先やその額だったり、消費したポーション類の素材の在庫量だったり。
さらには、騎士団本部の地下牢に放り込まれている商人や、今もリアーナに留まっている可能性の高い商人の情報を揃えて貰ったりだ。
どれも俺が関わるようなことじゃないから、別にあの対応でも悪くはなかったんだが……少しは付き合い方に慣れておいてもいいかもしれないな。
「うむむ」
地下通路を屋敷に向かいながら、俺は一人反省していた。
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