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「なんかいつもと手順が違うね」


 冒険者ギルドに到着した俺たちは、すぐにアレクたちがいる奥の会議室に案内された。


 普段だとよほど急用ってことでもない限り、受付で適当なお喋りをしてからなんだが……。


「今日は副長は仕事なんでしょう? それなら真っすぐ通しますよ」


 俺の呟きが聞こえたのか、前を歩く職員が振り向いて答えた。


「いつも仕事なんだけどな……? 君がいるからかな?」


 俺が横を向くと、職員もつられてそちらを見る。

 そして、「ははは……」と乾いた声で笑うと、目を逸らすように前を向いた。


 当たりっぽいな。


「もう少し肩の力抜いたら?」


 再度俺は横を向いて、隣を歩く1番隊の兵に声をかけたが、彼は「はっ」と硬い表情のまま短く答えるだけだった。


 今まであまり意識したことがなかったから知らなかったんだが、1番隊は2番隊と違って、隊長のリックを補佐するための副官を複数置いているらしい。

 彼もその一人なんだとか。


 まぁ……だから、正真正銘1番隊のお偉いさんだ。


 昨晩のことがあるからとはいえ、滅多にここに姿を見せない1番隊のお偉いさんが、硬い表情でやって来たんだ。

 職員の態度も理解は出来るか。


「皆は何してるの?」


「ウチの支部長と共に、雨季の間の北の森に関して話しているそうですよ? すみません、自分は詳しくは知らないので……」


 彼は申し訳なさそうに「すみません」と付け加えた。


 会議をしているのがアレクとカーンだけなら、多分職員にももっと内容が伝わっているんだろうけれど、今日はオーギュストとリックもいるし、そこら辺はきっちり締め付けているんだろうな。


「いいよいいよ。行けばわかるしね。んじゃさー……」


 これ以上のことは行けばわかるし、俺は話題を変えることにした。


 ◇


「こちらです。それでは、自分はここで……」


 そう言うと、ここまで案内してきた職員は廊下を引き返していった。


「んじゃ、入ろっか。お疲れさまー!」


 会議室に入った俺は、まず初めに中に向かってそう言い放ったんだが……。


「……おう。どうした? セラ」


「おや? みんなお疲れ?」


 アレクを始め、中の皆は返事を返してきたが、どうにも声に元気がない。

 廊下に声が漏れてもいなかったし、随分静かだった。


 戦闘に参加していた者もそうでない者も、昨晩から忙しかったのはわかるが珍しいな?


 俺の言葉に、アレクは苦笑しながら口を開いた。

 他の者たちも似たような感じだし、険悪な雰囲気になっていたわけじゃなさそうだが、どうしたんだろう?


「そんなことは無い……とは言えないな。まあ、こっちに来い」


「ふむ?」


 とりあえず、ドアの前で浮いているのもなんだし、言われた通りアレクたちの下に向かった。


 彼らの机には、毎度のことではあるが周辺の地図が広げられていて、その上に駒がいくつも置かれている。

 そして、騎士団や冒険者の資料も一緒に用意されているが、それ以外にも今まで見たことがない資料が置かれていた。


「なにそれ?」


「商業ギルドから提出された物だ。何か用があって来たんだろうが、向こうには寄ってこなかったのか?」


 アレクの言葉に、皆の視線が俺に集まっているのを感じた。


 どうやら会議が難航していたらしく、何かのきっかけになるかもと考えているんだろう。


 ……どうしようかな?


 どう切り出そうかと思っていると、俺の後ろに立っている彼が口を開いた。


「失礼します。オーギュスト団長、自分からよろしいでしょうか?」


「うん? どうした?」


 騎士団本部からここまでの俺の付き添いとでも思っていたのか、彼が口を開いたことに皆意外そうな表情を浮かべている。


 彼もそれをわかっているだろうが、構わず話を始めた。


「はっ。つい先ほどの騎士団本部での出来事なのですが……」


 話が進むにつれて、徐々に周りの者の表情が険しいものに変わってくる。


 やっぱり牢に囚えていた者が脱出しようと暴れたってのは、騎士団にとっては大事なのかもしれないな。


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 1番隊の副官が牢での出来事を話し終わると、会議室は静まり返っていた。

 皆なにやら時折「むぅ……」と呻きながら深刻な顔をしているし、ちょっと俺が思っていた反応と違うな。


「はて?」と首を傾げつつ、誰かが口を開くのを待っていると、こちらを向いたアレクと目が合った。


「セラ、お前は戦ってどう感じた?」


「……また範囲が広い聞き方するね。そうだね……あんまり大した強さは感じなかったよ? 相手が警戒していなかったからってだけかもしれないけど、尻尾で叩き落とせたしね。脱走を優先していたからってことを考えても……うん。弱かったかも」


「お前の【蛇の尾】をまともに受けたか。昨日は……戦っているところを見たはずだが、無警戒だったのか?」


 アレクが少し意外そうな顔をして聞き返してきた。


「うん。強さはともかく動き自体は悪くなかったんだよね。それでも簡単に叩き落とせたし……。牢に捕まってる人はオレの二つ名は知ってたみたいだけど、尻尾のことは知らなかったみたいだね」


 俺たちに気付かれずに木枷を壊したことも、その後のヘビたちの不意打ちを躱したことも、牢から逃げ出そうとした動きも、どれも中々良かったと思う。

 その割には、情報が古かったりと色々お粗末なところがある。


「あ、そう言えば捕まっている商人を見たけど、全然鍛えていない感じだったね」


 オーギュストは、俺の話を聞いて何度か頷く。


「ふむ……西部の者なのは確実か。それならセラ副長の情報が古いままなのも無理はないな。まあ、いい」


 そう言うと、副官に向かって「ご苦労」と下がるように命じた。


 彼は意外そうに「は?」と一言漏らしたが、リックが「構わん」と続けたことで、大人しく下がって行った。


 しかし……。


「あっさり帰しちゃうんだね、別に、オレも彼等が手を抜いていたとかは思わないけど、彼を残すくらいはするかと思ったよ」


「まさかあの場所から脱走を図るとは思っていなかったが、連中に関してはおおよそ絞り込みは出来ている。逃さずに捕らえることが出来たのなら、今はそれでいい」


「そんなもんか……。そういえば皆は何してるの? オレは上から伝言とか書簡を預かって、色々回ってるんだけど……」


 とりあえず、俺はリーゼルたちから預かって来た物を、オーギュストたちに渡した。

 オーギュストが受け取ったそれを机に置いて、先に俺に説明をしようとしたが。


「説明は俺がやるよ。アンタは先にそれを読んでおいてくれ。セラ」


 自分宛ての書簡が無かったアレクが、説明は自分が引き受けると言って、俺を机の向こう側に行くように示した。


 地図を改めてよく見ると、北の森を横断するように何本も色分けされた線が引かれている。

 さらに、その上に駒がいくつも置かれている。


「これは、調査を終えた範囲とかかな?」


「そうだな。死体処理と回収のついでに見て回った場所だ。元々俺たちが雨季前の討伐任務で回っていたから、魔物がほとんどいなくなっているしな。雨季の間、冒険者ギルドにも要請して共同で見回ることが決まった」


「ふん……まぁ、そうなるよね」


 それ自体は、まぁ……やるかなって思っていたことだし、わざわざあんな深刻そうな顔で決めることじゃないと思う。


 確かに大雨が降っている中森を見回るのは、いくらこの辺りの行動に慣れている連中だとしても、好んで引き受けたいことじゃないだろうが。


「ちゃんと普段よりも手当は多いんでしょう?」


 魔物がいないのは、この辺から逃げ出したわけじゃなくてウチの兵たちが倒したからで、その死体から採った素材がちゃんとある。

 必要な素材があれば優先して回すことが出来るし、それを売却した費用から、普段の騎士団の依頼よりも割がいいはずだ。


 人員に困るってことは無いだろう。


 俺の言葉にアレクは頷くと話を再開した。


「まあな。そこは問題とは思っていない。ただ、結局あの魔物たちがああも大挙して襲ってきていたのは何だったのかってのがな……。研究所から商人の積み荷を調べた結果を聞いてはいるが、それでも相変わらず狙いがわからないだろう?」


「うん」


「いっそ偶然ならまだわかるんだが、脱走を図るような理由があるのなら、何か狙いがあって動いていたって考えるべきだよな」


 アレクはそう言って、腕を組んで地図を睨みつけた。

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