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「お、副長か!? どうしたこんな時間に」
地下通路から1階に上がってきた俺を見て、廊下を歩いていた兵が驚いた表情を浮かべている。
彼は2番隊の兵か。
「上からのお使いだよ。……オレがいるのって珍しいかな?」
夕方とかならともかく、昼過ぎに俺がこの辺をうろついているのは、そう頻繁に……ってほどではないが、狩りの帰りだったり、屋敷に戻ってから何かを申し付けられてだとかで割とよくあることだ。
「ああ……アンタ、昨晩遅くまで外で戦っていただろう? 大抵そういう時は何日か屋敷に籠っているからな……」
「……言われてみたらそんな気がする。まぁ、いいや。団長とかはこっちにいる?」
「いや、団長も隊長も……後1番隊のリックもだな。皆朝から冒険者ギルドの方に行っているな。こっちには冒険者ギルドからも商業ギルドからも伝令が来ないし、今日はもうずっとそっちにいるんじゃないか?」
「そっか……行ってみるよ」
別れを告げてその場を去ろうとしたが、ふと一つ気になっていたことを思い出した。
「そういえばさ、捕らえた商人たちってどうなってるの? 昨日の時点で色々聞きだしてたってのは知ってるけど……」
連中は昨晩既に牢に放り込まれていたが、その時はまだ穏便な取り調べを行っていると聞いていた。
だが、運んで来た積み荷の中からモロに今回の件に絡んだ物が出て来たんだし、処遇が変わっているかもしれない。
そして、そうなったらまた新しい情報が出てくるかもしれないし……ちょっとどうなっているのか気になる。
「あいつらか? 地下の牢に放り込んでいるな。……見に行くか?」
地下を示しているのか、彼は足下をダンダンと鳴らした。
「む……そうだね。ちょっと案内してよ」
「おう。こっちだ」
彼はそう言うと、地下牢への階段がある玄関ホールに向かって歩いて行った。
◇
「副長はここに来たことはあるか?」
「うん。ここが出来たばかりの時とか何回かね。でも、その時はまだ収監されている人とかいなかったからね……」
「まあ……この街はそもそも犯罪者自体滅多にいないからな。大抵牢屋は空っぽになってるぜ?」
階段を下りながらそう言って笑っているのは、1階で会った2番隊の彼だ。
そして、彼以外にももう一人同行者がいる。
地下牢の受付を務めている、1番隊の兵だ。
俺が収監中の商人たちを見に行くと言うと、規則だからと同行を申し出てきた。
まぁ、特に俺たちが何かやらかすのを警戒している様子でもないし、本当に規則なんだろうな。
その彼は、2番隊の兵の言葉に頷いている。
「この街は辿り着くことが難しいですし、わざわざ苦労して訪れたのに、犯罪を犯すような者はそうそういませんよ。時折住民や冒険者が揉め事を起こして、一時的に収監しますが……あえて罪人に落とすようなこともありませんし、罰金を払わせて解放しています」
「なるほどねー……」
つい先日の冒険者ギルドでの件もそうだが、この街はあんまり牢に人を入れたくないっぽいんだよな。
監視するために人を取られるのも厄介だし、それなら多少大目に見てでも、罰金程度で済ませた方がいいんだろう。
それに……いざとなれば街の外に放り出してしまえばいい。
よっぽどそっちの方が過酷な目に遭うだろうしな。
この街の住民も、苦労してやって来た外の者もそのことはわかっているはずだ。
だが、そんな中で収監された珍しい者たちが、あの商人と護衛の冒険者たちだ。
「うん? ……セラ副長!? どうかされましたか?」
階段を下りていき、廊下の両側に牢屋が並ぶ一画に出ると、すぐ手前の牢屋の前で座っている兵が、俺たちに気付いて慌てて立ち上がった。
「収監中の者たちの様子を確認に来た。変わりはないか?」
「ああ。変わりはない。暴れても無意味なことがわかっているのか、大人しいもんだ……。セラ副長、こちらの牢に商人を。反対のこちら側に、冒険者たちを一人ずつ収容しています」
「はいはい。ご苦労様」
牢を監視していた兵は、こちらにやって来るとそう説明した。
その彼に礼を言って、俺は牢の前に行こうとしたが……その前に。
「……よし」
【妖精の瞳】を発動して、ヘビたちを襟から出した。
これで、準備は完了だ!
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牢屋は鉄格子ではなくて、石の壁に厚い木の扉が付いている。
その扉の部分に覗き窓があって、中の様子はちゃんと確認出来るようになっている。
「……んー」
俺はその覗き窓の側まで寄ると、そこから中を覗き込んだ。
牢屋の中は照明が無いようで、中の様子は碌にわからない。
一応、覗き窓から差し込む廊下の光で、少しは中が見えるようになっているが、それは精々扉の前の少しのスペースだけだ。
だが、【妖精の瞳】とヘビたちの目を使えばまた違ってくる。
「……中にいるのは、ただの一般人って感じかな?」
薄っすらと輪郭が光って見えるが、あまり……と言うよりも、ほとんど見えないくらいだ。
かと言って衰弱しているって感じでもないし、素の状態でこれなんだろう。
「まあ……商人ですしね」
俺の言葉に、横に立つ監視の兵が合わせて来るが……コイツはよくわかっていないな!
1番隊はリアーナ以外の土地の者もいるが、どうやら彼はそっち側らしい。
彼の勘違いを訂正しようとしたが、俺が口を開く前に2番隊の兵が突っ込みを入れた。
「リアーナで各街を移動する商人なら、最低限は鍛えているもんだ。副長が言っているのはそういうことだろう?」
「そうそう。全く鍛えている感じがしないし、ただのおっさんだね。ついでに……」
再び牢の中に視線を戻すが、牢の中は何の魔力も感じない。
もちろん捕らえた際に身体検査はしているだろうが、所持品以外は隠されるとわからない。
だが、牢に繋がれているこの状態で何もしていないってことは、このおっさんにそんな隠し技は無いってことだ。
……よし。
「大丈夫みたいだね。んじゃ扉開けてよ」
「はっ」
俺の言葉に、兵が重そうな扉をゆっくりと開け始めた。
◇
牢の中では、昨日見たおっさんがぐったりと粗末な木のベッドに座って、俯きながら壁にもたれかかっていた。
馬車から降りた後に地面に転がったりしていたし、着替えもせずにここに連れてこられたから汚れているのはわかるんだが、それでもたった一日で随分とうらぶれた姿になっている。
まぁ、廊下から差す明かりだけじゃ、光量が足りないからそう見えるってだけなのかな?
「ほっ」
とりあえず暗いままじゃ何もわからないし、照明の魔法を放った。
その明かりで照らされたおっさんは……うん。
さっきの印象と変わらない。
そして、今まで真っ暗な中急に明るくなったっていうのに、全然動きもしないし……眠ってるのかな?
そう思ったんだが、兵がおっさんを軽く蹴りながら、恫喝するように大声を出した。
「おいっ! 起きているんだろう! 顔を上げろっ!!」
「……ひいっ!?」
寝たふりなのか疲れ果てていたのかはわからないが、どうやらおっさんは起きていたらしく、小さな悲鳴を漏らしながら顔を上げた。
何気にこのおっさんの顔をまともに見るのは、今が初めてだが……。
「別に殴ったりはしてないんだね」
疲労の色は濃いが、顔も体も怪我をしているわけでもないし、別に殴られたりしていたわけじゃなさそうだ。
厳しく尋問したとかなんとか言ってたし、てっきりボコボコに……と思っていたんだが、これは違うっぽいな。
「まあ、殴りつけて聞き出したところで、嘘を吐かれても困るしな。……どうなんだ?」
「ええ。厳しく問いただしてはいますが、正しい情報でなければ意味がありません。ですから、基本的に手を上げることは無いですね」
「それもそっか……」
騎士団が警察と検察と裁判所を兼ねているようなもんだし、後々のことを考えたら、下手に手を出すよりは丁寧に聞き出す方が効率がいいんだろう。
改めて、マジマジとおっさんを観察するが、俺を見てビクビクしている。
どう考えても、よからぬことを企んで領都にやって来たとは見えないし、俺が何か聞き出せるようなことは無いか。
「んじゃ、こっちはいいや」
「なっ!?」
俺のその言葉に、驚いたような声を上げるおっさん。
俺はおっさんたちが魔物に襲われている現場を見ていたし、もしかしたら、何か弁護の言葉でも言ってもらえるとでも思ったのかもしれないが……申し訳ないね。
それじゃー、反対側に放り込まれている護衛の冒険者たちも見ておくか。
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