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セリアーナの思案はしばし続いたが、やがて目を開けると、「はあ」と小さく息を吐いた。
「冒険者は動かせないわね。騎士団も……」
「雨季の間は街から離すわけにはいきません」
テレサの言葉に再度溜め息を吐くと、セリアーナはゆっくり頷いた。
「わかったわ……調査は雨季明けね。リーゼルにそう伝えておきましょう」
「それがいいでしょう。あのヘビの魔物は確かに強力でしたが、今回のようなことが無ければ、我々の生息圏に出てくることはないでしょうし、無理に急ぐ必要はありませんよ」
これまであのヘビの魔物に襲われたって報告はなかったし、俺たちの方から首を突っ込まない限りは、そうそう出くわさないような場所で活動しているんだろう。
今回の魔物の大群は、結局はあのヘビに押し出されて来たって感じだし、ヘビへの不安が解消されれば、それはイコール魔物への不安も解消となる。
「そうよね。後は騎士団からの報告待ちね。フィオーラ、朝からご苦労だったわね」
「新しい発見もあったし中々楽しめたわ。気にしないで頂戴」
フィオーラはそう言って、気にするなと手を振った。
とりあえず、現時点での魔物に関する問題はここまでかな?
見ると、4人それぞれ座る姿勢を崩しだしていた。
どうやら、真面目な話はこれで終わりのようだ。
◇
さて、フィオーラたちの話が終わったところで、このまま解散とはならずに、彼女たちもそのまま部屋に残っていた。
テレサは皆の分のお茶を淹れて、その後はセリアーナたちとお喋りを。
そして、フィオーラは話を始める前に言っていた通り、セリアーナたちがいるソファーから離れた場所で、俺の恩恵品の手入れを行っていた。
ジグハルトもだが、やはり彼女も恩恵品を見たり弄ったりするのが好きなんだろうな。
フィオーラが今弄っているのは、【影の剣】だ。
丁寧に磨いて汚れや埃をとってから、魔力を通して異常が無いかも確かめている。
フィオーラは【影の剣】の発動は出来ないし、魔力を通したところで発動するようなことは無い。
あくまで、内部に異常が無いかの検査だろう。
「あら?」
「どこか悪くなってたりする?」
フィオーラの小さな呟きに、俺は彼女の背後から手元を覗き込みながらそう訊ねた。
ちなみに、俺はただフィオーラの背中に張り付いているだけという訳ではなく、ちゃんと彼女の肩に手を当てて【ミラの祝福】を発動している。
お疲れだろうし、リフレッシュしてもらわないとな!
ついでに【祈り】も出来たらなお効果があるんだが、流石に緊急事態という訳ではないし、セリアーナの目の前で使う訳にはいかない。
「今まで特に問題無く使えてるけど……」
フィオーラは、覗き込む俺に顔を向けると口を開いた。
「問題はないわね。ただ、これは一度強化されているのよね? 私が今まで触れてきた恩恵品よりも、魔力の通り方が違う気がしたのよ。それが強化されたことが原因かはわからないけれど、覚えておこうと思ったの」
「ほぅ……」
その知識を使う機会があるのかどうかはわからないが、見た目じゃわからない違いがわかるようになるのは大きいな。
「はい……これで終わりね。次は【緋蜂の針】だけれど……マーセナルの港で戦って以来発動していないのよね?」
フィオーラは【影の剣】を渡してくると、次の恩恵品を手に取った。
彼女が手にしたのは【緋蜂の針】だ。
「うん。右足がこれだったしね。左足でやってもよかったんだけど、わざわざ使い慣れてない足で使わないといけない機会ってのがなかったし……」
フィオーラからは見えないだろうが、俺は右足を伸ばしながら、港での戦闘以来使用していないことを伝えると、「そう……」と短く呟いて作業に取り掛かった。
まずは汚れをブラシで落としたりと、普通の手順で始めている。
雑な扱いをしているわけじゃないが、賊側の【ダンレムの糸】の一撃を受けたりしたし、普段の戦闘ではまず第一手に使うことが多い恩恵品だ。
使用頻度は【浮き玉】を除けば一番だろうし、【緋蜂の針】に関しては少々不安がある。
俺はドキドキしながらフィオーラの作業を見守っていた。
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他の恩恵品の時はそこまで興味が無かったのか、エレナやテレサとのお喋りに興じていたセリアーナも、【緋蜂の針】に関しては違うようで、先程から口を閉ざしてフィオーラの作業をジッと見ていた。
【緋蜂の針】は教会が勝手に違う名前を付けて、嘘を暴いて裁きを下す恩恵品……そんな使い方をしている。
今のところウチでは出番は無いが、昔王都でセリアーナも使用したことがあるし、何かあった際に問答無用で有罪に出来るコレの状態は気になるようだ。
「恩恵品ね……破損以外で壊れるようなことはあるのかしら?」
しばらく皆でフィオーラの作業を眺めていたが、ふとセリアーナがフィオーラに質問をした。
確かに、破損することで恩恵品が発動しなくなるってのはイメージ出来る。
ただ、破損することなく恩恵品が発動しなくなるようなことはあるのかとなると……ちょっとイメージしにくいな。
魔道具の場合だと、内部の回路が何かしらの理由で切れていたりだとか、あるいは必要な内部パーツが古くなったりだとか……色々思いつくんだが、それは、魔道具が複数のパーツを組み合わせて作られているからだ。
恩恵品ってのは、基本的に一つのパーツで出来ているもんな。
破損以外での故障か……そんなことあるのかな?
俺も首を傾げながら、フィオーラの言葉を待っていると、何でもないと言った様子で答え始めた。
「壊れると言っても色々なパターンがあるけれど、破損しないで壊れることももちろんあるわよ? 本来の目的から大分外れた使い方だったり、魔力を過剰に込め過ぎたりすると、恩恵品が上手く機能しないだとか……外から見ただけだとわからないような壊れ方をするわね。王都の魔導士協会の研究所に、研究用に壊れた恩恵品がいくつか保管されているわ」
「ほぅ……それって修理とかは出来るの?」
フィオーラは俺の質問に手を止めると、こちらを振り向いた。
どんな壊れ方をするのかとかがわかっているのに、眉間にしわを寄せているし……どうやら彼女は修理は出来ないっぽいな。
「現時点では、この国の技術では不可能ね。教会では壊れた恩恵品を修復する技術がある……って噂はあるけれど、私たちではまだ辿り着けていないの」
そう言うと、再び作業を開始した。
内部の検査のために、【緋蜂の針】を両手で包み込むようにして魔力を流している。
そして、そのまま口を開いた。
「でも、完全に壊れる前なら、修復は出来るところまでは来ているわ。修復素材に聖貨を使うけれど、傷も消えるし出現した時と同じ状態に戻せるわね」
「完全に壊れる前……って言うと、その上手く機能しない場合とかだね? 今のところ、オレが持ってる恩恵品はどれも大丈夫そうかな……全部ちゃんと動いてくれるしね」
手持ちの恩恵品を全部思い浮かべるが、どれもフィオーラが口にしたような不具合は出ていない。
大丈夫なはずだ……。
「………ええ。これも大丈夫みたいね」
フィオーラの言葉に、セリアーナは少しホッとしたような表情を浮かべた。
多分、俺もだろうな。
今回の魔物との戦闘でよくわかったが、俺の戦い方で【緋蜂の針】が無いのはあまりにも痛すぎる。
【浮き玉】【緋蜂の針】【影の剣】この三つは俺には必須で、もし壊れたとしたら、たとえどれだけ聖貨を費やしてでも直してもらいたいくらいだ。
とは言え、何事もなかったんなら、それはそれで助かる。
「フィオーラ殿、貴女が直せないようなレベルの破損の場合は、すぐにわかるのですか?」
俺がホッとしている間に、テレサがフィオーラに質問していた。
「そうね……小さい傷どころじゃなくて、もっと大きく欠損していたり、形状を変えるタイプの場合は、そもそもそれが出来なかったりするから、明らかに異常があるのはわかるはずよ」
壊れるってのは、文字通り壊れるんだな。
フィオーラは発動していない状態の恩恵品を見ていたから、それでわかるのかな……と思っていたんだが、そういうことなら納得だ。
俺は「そうなんだ」と呟くと、次の恩恵品に手を伸ばすフィオーラを眺めていた。
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