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「エレナ」


 俺は恩恵品の手入れを。

 セリアーナとエレナは二人でお喋りをと、それぞれ時間を潰していたが、ふと二人の会話が止まったかと思うと、セリアーナがエレナの名を口にした。


 どうしたのかな……と、俺も手を止めてそちらを見る。


「はっ」


「テレサとフィオーラが来たわ」


「わかりました」


 返事をするとエレナは立ち上がり、二人を迎えるためにドアを開けに行こうとした。


 ただ、それは普段俺がやっていることだ。


「オレが行くよ」


 足元に転がしている【浮き玉】に足をかけたが、セリアーナは「必要ない」と制止した。

 さらに、エレナの言葉が続いた。


「ドアを開けに行くくらい大したことじゃないからね。君は座ってなさい」


「……ぉぅ」


 念を押されてしまったし、それじゃー……俺は大人しく座っておくか。

 俺は「ふむ」と頷いて足を引っ込めると、テーブルの上を片付けることにした。


 ◇


「お邪魔するわね……あら? 恩恵品の手入れかしら?」


 部屋に入ってきた二人はセリアーナに挨拶をしていたが、フィオーラはテーブルの上に纏められていた俺の道具が目に入ったようだ。


 いくつか並んでいる恩恵品の中から【足環】を手に取ると、鎖の部分を指で撫でたり弾いたりしている。


「……どっか壊れたりしてるかな?」


【影の剣】や【緋蜂の針】と違って【足環】はそこまで手荒に扱っていないし、壊れるようなことは無いと思うが、いざこうやってフィオーラにじっくり見られると緊張するな。


 だが、どうやらそんなことは無かったようで、フィオーラは笑いながらテーブルの上に【足環】を戻した。


「見た限り問題は何もないわね。でも、【緋蜂の針】は酷使したのでしょう? 後で見せなさい」


 そう言ってフィオーラは俺の隣に座り、向かいの空いた席にテレサが座った。


 それを待って、セリアーナは口を開いた。


「二人がここに来たと言うことは、何か結果が出たのよね? 昼を回ってからだと思ったのだけれど……早かったわね」


「ええ。昨晩遅かったから今日はゆっくりしたいの。先に用を済ませようと思って……頑張ったわ」


 フィオーラは溜め息交じりにそう言って、俺の肩に手を回してきた。


「……報告が終わったら、施療するね」


「期待しているわ。それじゃあ先に私から始めるわよ?」


 フィオーラの言葉にテレサは「どうぞ」と、先を続けるように手で促した。


「では……。まず、セラが持って来たコウモリの死体ね。種族自体は探せばどこにでもいるただのオオコウモリだったわ」


「あ、そうなの?」


 妙に怪しい素振りを見せていたし、てっきり何か特殊な魔物なのかな……とか思ったんだが、外れたか。


 予想が外れたことに肩を落としていると、フィオーラは「でも」と続けた。


「わざわざ調べたことが無かったから知らなかったけれど、オオコウモリはある程度アンデッドの行動を誘導することが出来るようね。回収したサルのアンデッドの腕で試したけれど、死体を通して魔力をぶつけてみたところ、小さいけれど反応があったわ」


「……それはアレクたちが倒したヘビにも影響があるのかしら?」


「コウモリもヘビも夜行性でしょう? アンデッドになる前から共生関係でもあったんじゃないかしら? アンデッドになったことで、習性は変わったかもしれないけれど、生態はそのままでしょう? 大雑把にでも行動を誘導出来ていたはずよ」


 セリアーナは、その言葉を受けてテレサの顔を見た。


「その可能性は高いと思います。あくまで進行方向や、仕掛けるかどうかを示す簡単なものでしょうが、思い当たる節がありました」


 俺がコウモリを仕留めたタイミングで、ヘビの行動パターンが変わった件だな。

 大雑把ではあったが、生きている魔物が指揮をしていたのに、それがアンデッドの自発行動に切り替わったんなら、そりゃー対応に苦労しただろうな。


 昨晩のアレクたちの苦戦ぶりに納得出来た。


「そう……まあ、とりあえずコウモリの件に関してはわかったわ。それで……貴女の報告はこれで終わりなの?」


「まだあるわ。危険は無いけれど、念のため騎士団本部に移動したけれど、商人の積み荷に厄介な物があったわ」


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「厄介な物? 昨年教会の連中が使ったような薬品でも運んでいたの?」


 井戸に流し込んでアンデッドを量産した薬品……。

 俺は直接見たわけじゃないが、そんな物騒な薬品が存在するようだし、今回の魔物の中には、俺が今まで外で見た事がないアンデッドが複数種もいた。


 もしかしたら……?


「その薬品ではないけれど、似たような物ね。魔物を呼び寄せる薬や魔道具があるでしょう?」


「ええ。リアーナでは使用を禁止しているけれど、西部の冒険者たちが使うこともあるそうね。それと似たような物ね……なにかしら?」


「物自体は大したものじゃなかったわね。ただの照明の魔道具よ。でも、一つ中に仕込んでいた物があったの」


「仕込んでいた物?」


「ええ。魔道具の起動に必要な魔石から、本当に極僅かだけれど、魔素が垂れ流しになっていたの。セラ、貴女も気付けなかったんじゃないかしら?」


「む……確かに」


 俺が初めその商人たちを目にしたのは、【妖精の瞳】を発動した状態だったが、商人にも馬車にも特に何か異常を感じるようなことはなかった。


 昨晩研究所に立ち寄った際は【妖精の瞳】は解除していたが、アカメたちは活動していたし、もし漏れている魔素に気付いたのなら、何かしら合図を出していただろう。


 俺のヘビくんたちでも気付けないレベルの微量の魔素か……。

 たとえそのことを教えられても、俺じゃ気付けなかったかもな。


「まあ……アカメたちでも気付けなかったのならお前が気付けるわけもないし、街の兵たちも咎める事は出来ないわね。……それで、その漏れた魔素に釣られたのかしら? いくら商人たちが森の中を通ったからと言っても、確かにしつこ過ぎるとは思っていたけれど……」


 セリアーナの言葉に俺も頷く。


「結構森の広範囲にいる魔物が襲ってきてたもんね。んじゃ、それに引き寄せられて魔物が追って来てたってことなんだね?」


「少し違うわね」


「違うの……?」


 んじゃ、なんなんだ?


 首を傾げていると、少しイラっとした様子のセリアーナの顔が目に入った。


 順序立てて説明してもらわないと理解出来ないのかもしれないが、いまいち要領を得ないもんな。

 気持ちはわかる。


「経緯はいいわ。先に結論を教えてもらえないかしら?」


 フィオーラはセリアーナの言葉に肩を竦めると、俺の肩をポンポン叩きながら話を再開した。


「長引かせるつもりはないのだけれどね。まあ、いいわ。昨夜この娘たちが戦ったヘビのアンデッドは、川を利用して南下してきたようね。その川に、薬品が流されていたわ。森を移動中に魔道具から漏れた魔素がその薬品に反応して、川の上流まで遡っていったんでしょう。タイミングを考えたら、上流に薬品を仕掛けた者は商人とは違うと思うけれど……二手に分かれていたのかもしれないわね」


「……川を調べたの?」


 積み荷の調査は朝から始めたって言っていたし、この雨の中あの森に出かけたんだろうか?


 俺の言葉に、フィオーラは返事をする代わりに「フッ」と笑っていいる。

 これは、兵か冒険者に採取に行かせたな……?


「まあ……いいわ。薬品は、その場で流したのではなくて、何かを仕掛けたのね?」


「ええ。ただ流すだけならすぐに流れきってしまうし、薬品を満たした壺か樽か、あるいは固形物にした物を沈めたんでしょうね。その方が長時間効果を保たせられるわ」


「それを取り除かないと、魔物への不安は消えないのかしら?」


「それは大丈夫よ。今朝の時点ですら、もう反応しないほどに薄まっていたし、この雨で流されるはずよ。念のため上流の調査はしておいた方がいいけれど、それも雨季が明けてからで大丈夫じゃない?」


「そう……テレサ、貴女はどう?」


「ここに来る前に聞かされましたが、私もそれで問題無いと思います。事態が動くにしても、それは商人の尋問結果が出てからでいいでしょう」


「そうね……気になるのはアンデッドがこれだけ現れたことだけれど、それこそ現地を調査しないとわからないわね」


 セリアーナはそう言って目を閉じると、何事か考え始めた。

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