638

1348


「っ……ぬぉぉぉぉっ!!」


 と、雄々しく叫びながらベッドから体を起こした。


「あぁ……多分……よく寝たわ。ちとダルイけど、うん……疲れは残ってないかな?」


 頭をブンブンと振って目を覚ますと、今度はベッドの上で体を伸ばしたり反らしたりして具合を確かめる。

 続けて振り回した腕周りにはまだ少し痛みがあるけれど、これは筋肉痛かな?


「うっ……いたたたた」


 腕を振り回した反動で少し足に体重がかかったか、右足に鋭い痛みが走った。

 昨晩は何度か【祈り】を使ったが、あの程度なら流石に治りはしないか。


 俺は「いたた……」と小さく呻きながらベッドの下に転がしてある【浮き玉】に足を伸ばすと、それに乗って浮き上がった。


「お早う。君たちも変わりはなさそうだね。……おや?」


 襟元から体を伸ばしてきたヘビたちに、挨拶をしつつ様子を確認するが、異常は見られない。


 昨晩のアンデッドとの戦闘には直接は関わっていなかったが、あれだけしぶといアンデッドと長く接していたんだ。

 魔物同士何か影響でもあったら……と少し気になったが、何もなかったようで一安心だ。


 まぁ……そもそも、何か異常があったら俺の命が危ういかもしれないし、そうなっているのならセリアーナが気付くか。


「……って、セリア様は?」


 昨晩はエレナと別れてすぐに俺はベッドに入って、今起きるまで目を覚ますことはなかったんだが……セリアーナもこっちに戻って来たんだよな?


 セリアーナが戻って来ていたかどうかを確認するために、部屋の中を調べてみようか……としていると、寝室のドアがガチャッと開いた。


 そして。


「起きたわね」


「おや、セリア様」


 エレナを伴ったセリアーナが手前の部屋から姿を現した。

 そして、セリアーナが部屋に入って来る。


 恰好は……既に着替えているが、普段に比べると随分ラフな服装だった。


「セリア様が部屋にいるってことは……まだ早いのかな?」


 領都にいる時のセリアーナは、朝からリーゼルの執務室で一緒に仕事をしている。

 それなのに部屋にいる……となると、まだ仕事が始まっていないってことなのかな?


 首を傾げる俺に、一瞬呆れた様な顔を見せると「そんなわけないでしょう」と言いながら、クルっと踵を返して戻っていった。


「違ったか……」


 開いたままのドアを見ながらそう呟くと、出て行ったセリアーナに代わってエレナが部屋に入ってきた。

 彼女の恰好もセリアーナ同様に、普段よりラフな姿だ。


「お早うセラ。よく眠れたようだね? そろそろ旦那様方は仕事を始める時間だけど、私たちは今日は部屋にいるよ」


 そう言うと、「おいで」と手を伸ばしてきた。


 ◇


「ははぁ……雨が降ってたんだね」


 寝室の手前の居住スペースに出た俺は、そのまま部屋の窓に向かって外を見た。


 寝室ではカーテンを引いていたから気付けなかったが、外は大分強い雨が降っている。

 昨晩はまだその気配は無かったが、どうやら雨季に入ったようだ。


「今朝からね。まだ仕事はいつも通りあるでしょうし、私も執務室に行ってもよかったんだけれど、今日はこちらに残ることにしたわ」


 窓に張り付く俺に、セリアーナが声をかけてきた。


 雨季に入れば冒険者や騎士団絡みの報告は減るだろうし、リーゼルの仕事も減ることになるから、セリアーナは休暇期間に充てたりもする。

 ただ、雨が降り始めたのは今朝からだっていうのなら、普通に仕事はあるはずだ。

 何より、昨日は冒険者も騎士団も大動員していたしな。


「いいの?」


「ええ。どちらもリーゼルとオーギュストに纏めさせるわ。昨日お前がフィオーラに任せた件の報告もあるし、ここにいた方がいいでしょう?」


「それもそっか……。アレクとかテレサはどうしてるのかな?」


「それぞれ騎士団本部と冒険者ギルドに向かっているわ。確か、ルイたちとも合流する予定だと言っていたわね」


「ほぅ……昨日オレが戻って来てからも忙しかったみたいだね……」


 魔物の処理は昨晩のうちに終わらせたと思うが、それでも仕事が残っているんだろうな。

 朝食のついでに、あれからどうなったとか聞かせてもらおうかな?


1349


 昨晩の魔物の処理は、無事夜のうちに完了したらしい。


 魔物の死体の処理は、まずボロボロで素材に出来ないような場合だと、火で焼いて灰にするから、どうしても雨だと屋外でやるには難しい。

 簡易的なものであれ、屋根を用意しないといけない。

 素材に出来るような綺麗な死体はちゃんと回収するが、雨の中それを運ぶのも大変だもんな。


 雨が降り始めたのは今朝早くらしいし、何とか雨が降る前に終えることが出来て良かったよ……。


「んで、結局その作業が終わるまでアレクたちは残ってたの?」


 俺が別れた時は、適当なところで切り上げるって雰囲気を出していたんだが、どうも彼等は最後まで残っていたようだ。


 代理権を渡されたルイたちもいるし、何よりリックも残っていたんだ。


 確かにルイたちはまだリアーナに来たばかりだし、リックも魔物との戦闘はともかく、冒険者を指揮することは不慣れかも知れないが、作業内容は魔物の死体処理だ。

 彼等だけでも十分過ぎるくらいだし、アレクたちは戻って来ても問題無いんだけどな。


 そのことを訊ねるとセリアーナは肩を竦めてカップを手に取った。

 そして、セリアーナの代わりにエレナが口を開いた。


「執務室に戻ってから、しばらくの間仕事を片付けて待っていたけれどね。最後まで残ると報告があって、私たちは先に休むことにしたんだ」


「あらま……外で何かあったのかな?」


 あの辺り一帯の魔物がいなくなったから、どこからか流れ込んできたりとか……?


「何もなかったそうよ。逆に何もないからこそ残ったらしいわ。商人が街道以外を通って、森の奥から魔物を引っ張ってきた……わかっているのはそれだけでしょう? どうしても離れる気になれなかったようね」


 エレナの言葉に「ほぅほぅ」と頷く。


 確かに何もなかったんならそれが一番なんだけれど、本来いるべき場所に魔物がいなくなるってのは、それはそれで異常事態なんだ。

 にもかかわらず、何も起きていないってのは確かに気になるよな。


「死体の回収ついでに森の捜索もさせたけれど、何も発見はなかったし、商人の尋問とフィオーラの調査結果を待つしかないね」


「結局それかぁ……」


 そう俺が答えると、セリアーナは手にしたカップをテーブルに置いた。


「昼過ぎには、フィオーラがお前が預けた魔物を調べた結果を持って来るそうよ。それまでは部屋で待機よ。子供たちはお母様に任せているし、何かやりたいことがあるのなら好きにしていいわよ」


 部屋に誰かが来るってことは無いのか。

 つまり、【隠れ家】を使ったり恩恵品の手入れとかもやって構わないってことだな。


「はーい」


 俺は頷くと、セリアーナに返事をした。


 ◇


 朝食を終えた俺は、使用人が片付けを終えて部屋を出て行くのを待って、【隠れ家】から恩恵品やそれの手入れ道具を引っ張ってきた。


 セリアーナとエレナはお喋りをして、俺は恩恵品の手入れをする。

 この部屋では割とよくある光景だな。


 王都から帰って来るまでゆっくり手入れをする時間もなかったし、折角時間があるんだ。

 綺麗に掃除してやらないとな……と、俺は黙々とブラシや布を使って手入れをしていたんだが、その俺にセリアーナが話しかけてきた。


「そう言えば、お前昨晩は【祈り】を使ったそうね」


「ぉぅっ……」


 そう言えば昨晩はもう疲れていたし、帰って来てから何も説明していなかったな。

 俺は手にしたブラシを置いて、どう説明しようかを考えた。


 だが、セリアーナは「フッ」と笑うと、言葉を続けた。


「別に説教をしたりはしないわよ。お前が必要だと感じたんでしょう? アレクがエレナに伝えたのよ。それと、念のためお前に異常はないか診てやってくれとね。テレサも気にしていたそうよ」


「むぅ……心配させちゃったかな? 多分何ともないよ。相変わらず朝起きた時痛かったしね」


「そう。まあ……もうしばらくは不便をするかもしれないけれど、あの医者の言葉に大人しく従っておきなさい」


 どうやらお説教はなしか。


 セリアーナが言うように、緊急事態で必要になったから使ったんだし、当然だよな……!


 そう考えつつも、セリアーナに気付かれないようにこっそり大きく息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る