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「ああ、そうだ! フィオさん」


 リーゼルたちに一通りの報告をした俺は、最後に一つ付け加えることにした。


「なに?」


「フィオさんの研究所に、倒した魔物の死体を1体だけ運んでるんだよね。積み荷の検査で忙しそうだったけど、あそこの人に渡して保管してもらってるから、明日にでもフィオさんも見てもらえる?」


 フィオーラは一瞬だけ「うん?」と、不思議そうな顔をしたが、すぐに俺が何を伝えたいのかがわかったらしい。

 一度頷くと、フィオーラは「フッ」と笑って俺を見た。


「そうね。もう私がこの件で外に出ることは無いでしょうし、研究所の方も人手もいるでしょうからね。明日は朝から向こうに詰めておくわ」


「うん。お願い」


 さて、俺とフィオーラが話をしている間セリアーナもルイと話をしていて、その内容が耳に入ってきた。


「セラはもう戻ってくるようだけれど、ルイ、貴女はこれからどうするの?」


「はっ。私はもう一度外に向かいます。魔物の死体処理だけですが、作業の指揮を出来る者がいた方がいいでしょう」


「どうせアレクのことだからずっと前線に出ていたでしょうし、補佐は必要ね。テレサもいるけれど、彼女は1番隊も見るでしょうから……」


「ええ。幸い数日ではありますが、この街の冒険者たちとも面識を持てました。先程もこれから応援に向かう者たちに挨拶をしましたし、問題無くこなせます」


「そうね……任せるわ。オーギュスト?」


「はっ。一筆書いておきましょう」


 どうやらオーギュストがルイに指揮の代行権でも与えるんだろう。

 その旨を記した命令書を書いている。


 一時的とはいえ、他所から来たばかりの者に指揮権か……。

 もちろん、リックたちがいるから限定的な権限だが、なかなか思い切ったことするな。


 そう感心していると、命令書を書き終えたオーギュストが、それをルイに渡していた。


「これで失礼します」


 命令書を受け取ったルイはそう言うと、一礼して部屋から出て行った。


 ルイに代行権が渡されたことに驚いたのは俺だけじゃ無いようで、部屋にいる外部の連中たちも少々ざわついている。


 彼等もルイたちがどういう経緯でリアーナに来たのかとかは知っているだろうが、王都とは距離がありすぎて、まだまだ本格的な情報は持っていないはずだし、雨季の間は彼女たちとの今後の付き合い方に悩むことになるんだろうな……。


 まぁ、それはそれとして。


「……オレはどうしようかな。疲れたし、もうやることが無いようなら部屋に戻っても大丈夫そう?」


 俺は振り向きながら、リーゼルたちに向かってそう言った。


「そうだね。後は彼女が言ったように後始末だけだろうし、今日はもう君の力を借りるような事態は起きないだろう。部屋に下がってゆっくり休んでくれ。セリア、君はどうする?」


「……テレサがまだ表にいるでしょう? 私は残っておくわ。エレナ」


「なんでしょう?」


「セラを送って頂戴。ついでに面倒を見てあげて」


「ええ、わかりました」


「む」


 別に一人でも問題無いんだが……と唸っていると、エレナは俺の肩にポンと手を置いた。


「セラ、行こう」


「ふぬ……りょーかい」


 まぁ……どうせ部屋に戻るつもりだったんだし、別にいいか。


 俺は首を縦に振ると、皆に挨拶をしてエレナと共に部屋を後にした。


 ◇


 部屋に戻った俺は、一先ず風呂に入ることにした。


 基本的に【風の衣】で汚れはシャットアウトしているし、汗もかくようなことは無いんだが、あれだけ森の中を飛び回りながら戦闘もこなしていたんだ。

 ベッドに入る前に、ひとっ風呂浴びてサッパリしておきたい。


 俺がそう考えることはセリアーナにはお見通しだったようで、洗髪を含めてエレナがアレコレと手伝ってくれている。

 んで、そのついでに執務室では話さなかったことをエレナに話すことにした。


 ヘビとの戦闘やコウモリの追跡。

 そして……。


「……アレクの髪形が変わった? どういうことなの?」


 アレクの髪が焦げた話などだ。


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 アレクの髪が焦げた件で衝撃を受けていたエレナだが、話を進めるにつれて、想像以上に手こずっていたことがわかり驚いていた。

 聞いてみたところ、魔物の群れを追い詰めることには手を焼いたが、戦闘自体は順調だったと報告を受けていたらしい。


 まぁ……確かに死者も重傷者も出ていないっぽいし、その報告は間違ってはいないんだが、ピンポイントで見ると意外と大変だったんだよな。

 エレナもその件はもう少し詳しく聞きたいようで、風呂を出て髪を乾かして貰いながら話を続けている。


「……アンデッドとの戦闘経験は私もあるけれど、そこまでしつこいのとは戦ったことがないね」


「だよね。オレはあの持って帰って来たコウモリを追ってその場を離れていたから、動き始めたところは見ていなかったんだけど……」


 あのウネウネ動いているヘビの死体の破片が頭の中に浮かんで来て、一度言葉が途切れた。

 いやぁ……アレはよくよく考えると、大分気持ち悪い光景だったよな。


「だけど?」


 頭の上から、エレナの声が続きを促してくる。


「あぁ……うん。オレも途中からヘビの方の戦いにも参加したんだけど、なんか凄かったね。斬っても叩き潰しても動いてたし。流石に体をズタズタに切り裂いたら動きが鈍っていったけど……しぶとかったね……」


「テレサたちの魔法で仕留めたんだよね? ヘビの魔物自体がしぶとい生き物だし、それがアンデッドになったらそうなるのかな?」


「なるなる。そもそも最後倒したアレって、お腹に大穴空いてる状態だったからね。それが死因なのかもしれないけど、その状態であれだけ動き回るんだから……」


 そう言って「はぁ」と溜め息を吐くと、エレナはドライヤーの魔法を止めて、タオルを頭の上に置いた。

 髪は乾いたのかな?


「少なくともこの辺りでは見なかった魔物だね。死体を確保出来ていたのなら、フィオーラや冒険者ギルドが調べてくれたかもしれないけれど、危険すぎるか……」


「だろーねー。倒すだけならジグさんとかフィオさんなら可能だろうし、他の人でも【ダンレムの糸】を使えば十分出来ると思うけど……アレを運び出すのは危ないよ」


 頭を潰した方ですら動いていたんだ。

 たとえ細切れにされていたとしても、アレを街の中に入れるのは止めて欲しいな。


 せめてもっと弱い……。


 と、そこで一つ思い出した。


「あぁ、でもサルのアンデッドならバラバラにしたら運べるかな?」


 あっちはバラバラにして放置したままだ。

 もしかしたら、それでも動いたりするかもしれないが、ヘビに比べたらサイズはずっと小さいし、ちゃんと監視していたら持ち運んでも大丈夫じゃないかな?


 今からそのことを伝えに行けば、処理をする前に回収が間に合うかも。


 そう思い椅子から立ち上がろうとしたが、その前に肩をエレナに抑えられた。


「テレサたちがいるのなら大丈夫だよ。それよりも、君は途中休憩していたけれど、昼間から動きっぱなしでしょう? 無理はせずにゆっくり休みなさい」


 俺が思いつくようなことなら既にテレサたちが動いているか。

 それに、いい加減休もうって決めて風呂に入ったのに、上がってそうそうにまた出て行こうとするなんて、俺っぽくないにもほどがある。


 久々に長時間外を飛び回りながら戦っていたから、ハイになってるのかな?


「ふぅ……それもそうだね」


 俺は大きく息を吐くと、もう一度椅子に座り直した。

 その代わりに、背後でエレナが椅子から立ち上がった気配を感じた。


「さて、終わりだね。今の話は執務室の皆に伝えるけれど、構わないかな? もちろん、まだ外部の者が残っているから、話せる内容は選ぶけれどね」


「うん。それはお任せするよ」


 テレサたちが戻って来てからも報告はするだろうけれど、事前に情報をある程度知っている方が話は早く進められるだろう。

 俺はエレナの言葉に頷いた。


「さて……と。それじゃあ、私はこれで戻らせてもらうよ。お休み」


 そう言って、エレナは部屋から出て行った。


 そして、部屋に一人になった俺は【浮き玉】に乗ると、寝室へ向かうことにした。


 森の中で戦闘を行ったし、恩恵品の手入れもしたいが……今日はもう寝よう。

 話し相手がいなくなったら眠気が襲って来たし、手間がかかることは明日だ!

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