629

1330


「テレサ、ヘビを落としたい。木を折れるか?」


「ええ。今すぐ落として構いませんね?」


「ああ。逃がしたくないし、増援も呼ばれたくない。頼む」


 テレサはアレクに頷くと、ヘビが巻き付いている木の中で、一番手前の一本に向かって駆けだした。

 俺が口を挟む間もなく決まった上に、即行動に移ったが……大丈夫なのかな?


 視線をテレサから上にずらすと、ヘビがテレサに狙いを付けているのがわかった。


 テレサに向けて「危ない」と声を出そうとしたんだが、その前にテレサの動きを援護するように、ルイが魔法をポンポンとヘビに向けて連続で撃ち始めた。


 風系統の魔法のようで、一撃で倒せるような威力は無さそうだが、当たる度に風が弾けてヘビが仰け反っている。

 これならテレサを攻撃する事は出来ないだろう。


 その間にテレサは木の根元に辿り着き、そして【赤の剣】を大きく振りかぶったかと思うと、幹目がけて叩きつけた。

 直径1メートルはありそうな太さの木だったが、その一撃で根本付近が砕け飛び、ゆっくりと倒れ始める。


 アレクはテレサに「木を折れるか」って聞いていたが……そんなもんじゃなかったな。


 さて、ヘビが巻き付いている木のうちの一本は見事倒せたが……。


「次に行きます。援護は任せましたよ!」


 残念ながら、倒れ始めた時点でヘビは巻き付けていた体を解いていて、その木から離れてしまっていた。

 何本にもまたがっているし、一本くらいじゃ落ちてこないようだ。


 それを察したテレサは、すぐに次の木に向かっている。

 巻きついている木を一撃で折ることが出来るのなら、そう時間をかけずにヘビを地上に落っことせるだろう。


 だが。


「アレク、オレは裏側に回っておくよ」


 自身がいる木を折られていき、攻撃も妨害されていき……おまけに、もう一匹は既に倒されている。

 あのヘビなら自分が追い詰められていることはわかるだろう。


 そうなって来ると、逃げの一手を打たれるのが面倒だ。

 裏に回りこんで、もし逃亡するようならそれの妨害を出来るようにしておきたい。


「任せた。無理はしなくていいぞ」


 アレクの言葉に「うん」と頷くと【祈り】を発動して、下手にヘビの注意を引かないように、大回りで裏側に向かうことにした。


 ◇


「三本目か」


 俺が丁度ヘビの背後に回り込んだタイミングで、三本目の木がテレサによって倒されていた。


 それに合わせて、今までいた木よりも後ろの木に尻尾をかけている。

 二本目までは動きは無かったんだが、そろそろ自分が落とされると危機感を持ったのかもしれない。


 しかし、地上にこそ落ちたくないようだが、逃げる気は無さそうだな。


「それなら、次に木が折られたらまた別の木にまたがるのかな? ……そこをやってみようか」


 ヘビの尻尾がユラユラ揺れているのが見える。

 次に移るための木を探しているんだろうが……狙うならそのタイミングかな?


 俺は【影の剣】を発動すると、ゆっくりとヘビの側面へ移動していった。

 それに合わせて、木を探していた尻尾は一旦その動きを止めて、俺に合わせて動いたが……すぐにまた元の動きに戻った。


 相変わらずヘビは地上のテレサを狙っては、ルイの魔法によって妨害されている。

 尻尾の動きから俺が側面に回ったことには気付いているようだが、大したダメージを与えてこない鬱陶しいだけの俺のことよりも、次に移る木の方が大事なんだろう。


 うむうむ。

 そのまま俺のことは無視していてくれよ……。


 俺は【影の剣】を構えながら、息を潜めてジッとしていた。

 そして。


「………………今だっ!!」


 テレサがさらに新たな木に剣を叩きつけてへし折ると、これまでと同様にヘビは後退するために、新たな木に尻尾を巻き付けようとした。

 俺が狙うのはそこだ!


「はっ!!」


 新しい木に尻尾を巻き付けるだけで、まだ別の木に移動しきれておらず、中途半端に伸ばし切っているだけの胴体の尻尾に近い箇所を、【影の剣】で斬りつけた。


 胴体真ん中あたりである太い箇所と違って、尻尾に近いここは細くなっていて、直径は30㎝ほど。

【影の剣】でも十分に切断可能だ!


1331


 尻尾を別の木に巻き付けるために体を伸ばし切っていたヘビは、俺の斬撃に対処出来なかった。

 俺が最初に仕掛けた時は、刃が触れてから斬りこむ前に、体を震わせて弾き返されてしまったんだが……今度は完璧だ!


「尻尾切断したよ!! もう退がれないはず!!」


「よくやった! セラ、お前はそのままだ! 俺たちは前に出る。一気に決めるぞ!」


 俺の報告を受けたアレクはすぐに次の指示を出すと、盾を構えて突っ込んで行った。

 間髪置かずに、テレサが木に剣を叩きつける音がする。


 その一撃は他の木と同様に一発で幹を砕き、ゆっくりと倒れていく。

 ヘビは、引っ張り落されないようにその木に巻き付けていた体を解くと、空中で何とか体勢を維持しようと踏ん張っている。


 今まで巻き付いている木が一本倒れたところで、他の部分で体を保持していたが、尻尾の部分が無くなったため、バランスを大きく崩して……。


 ズドンッと、大きな音を立てて地面に落下した。


 俺は宙に浮いているからわからないが、その落下の影響で辺りの木も揺れているし、相当な重さだったんだろう。

 そんな重さの巨体に暴れられたら、生半可な力じゃ耐えられないだろうが、アレクは見事に盾でその体を弾いている。


「……上手く弾いているけど、それでも近付くのは簡単じゃなさそうだね」


 ヘビの攻撃はアレクが防いでいるが、暴れる体が危険すぎて他の三人は近付けないでいる。

 テレサと、その反対側にリックとルイが回っているが、遠巻きにウロウロしている状況だ。


 もう一匹の方はどうやって倒したのかはわからないが、折角地上に降ろすことが出来たのに、戦闘に持ち込む事すら出来ていない。


 樹上にいた時と違って俺も援護は難しいし、これはしばらくアレクに耐えて貰わないといけないかな?


 それか。


「テレサー! 弓使う?」


 連発は出来ないとは言え、威力は文句なしの【ダンレムの糸】を渡して、離れた場所から狙い打つってのがいいんじゃないか?


【ダンレムの糸】はちょっと威力が強すぎるし、迂闊に森の中で使ってしまおうものなら森を荒らしてしまい、魔物の活動に大きな影響が出かねないから、中での使用は控えた方がいいが……今の森の状況を考えたら今更だよな。


 そう思い、上からテレサに向かって声をかけた。


 彼女は今、仕掛ける隙を探してヘビの側面をウロウロしていたが、一旦距離をとって上を向いた。


「いえ、もし仕留めきれなかった場合の隙が大きすぎます。時間はかかりますが、このままで構いません!」


「りょーかい!」


 確かに反対側の二人は、その場を離れないといけないし、テレサ自体も足を止めなければいけない。

 そして、アレクもヘビをその場に縫い付けるために、さらに無理をする必要が出て来る。

 ピンポイントで高い威力を出せる【赤の剣】があるのなら、この敵はそっちの方が向いているんだろう。


 俺は返事をすると、ヘビの全身がよく見えるように周囲に魔法をばら撒いた。


 ◇


 ヘビを木の上から落として数分が経っただろう。


 相変わらずヘビは暴れているが、徐々に動きが小さくなってきた。

 アレクたちが慣れてきたんだろうな。


 両側から魔法を撃って、ヘビの体が大きく跳ねそうになる直前にその動きを潰すという、対処の仕方が出来上がってきている。


 この分なら、さらにもう数分もしたらテレサが仕掛けられるようになるだろう。


 何も出来ない状況は歯痒いが、俺はこのままここで観察に……。


「うん?」


 下の状況をより把握出来るようにと、ヘビの真上から少し離れることにしたんだが、森の奥の木の上に、今までいなかったはずの魔物の姿が見えた。


 たまたま目を向けた先にいたから気付けたが、普段なら見落としていてもおかしくないレベルの、ハッキリ言って雑魚と言っていいレベルの魔物だ。


 だが、その程度の魔物が、この修羅場に近づいて来るかな?

 アカメたちは反応をしていないし、相手にするまでもない程度の魔物なんだが……ちょっと気になるな。


 俺はそいつを刺激しないように、ゆっくりと少しずつ接近していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る