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 さて、地上のヘビは皆に任せて、俺は一人樹上のヘビと対峙していた。

 どこを見ているのかはわからないが、一応俺のことは認識しているようで、軽く左右に動いてみると、それに合わせて岩のようなデカさの頭を動かしてくる。


 普段なら戦闘中は飛び回っていて、一箇所に留まることは滅多に無いし、魔物とこんな風にじっくりと睨み合うってことが無いだけに、どうにも落ち着かないな。


 ……出来ればこいつの正面からはさっさと退散したいんだが、別に俺が今コイツを倒す必要は無いとは言え、引き受けた以上はしっかりと引き付けておかないとな。


 下手に動き回って俺を無視して下を狙われたら困るし、このまま……。


 そんなことを考えながら、ほんの少しだけ意識を下に向けたんだが、このヘビはその小さな隙を見逃さなかった。

 ヘビの頭が一瞬だけブレたかと思うと、矢のように突っ込んできた。


「っおわっ!? っと……危ない危ない」


 ただの頭突きではあるが、このサイズと硬さ。

 そして、それに速さが合わさると十分必殺技って呼んでいいレベルの攻撃になる。


 回避をメインに、このヘビをここに止めることが目的ではあったが、可能ならどこかで攻撃を仕掛けてもいいかな……なんてことを考えてもいた。


 だが……これは駄目だな。

 俺の今の手持ちの攻撃手段だと、半端に仕掛けたら逆に俺が大怪我をしてしまいかねない。


「……ふぅ」


「セラ! 大丈夫か!?」


 緊張を解すために深呼吸をしていると、先程の俺の悲鳴が聞こえていたのか、アレクが様子を訊ねてきた。

 ちょうど金属を強く叩くような音がしたし、ヘビの一撃を弾いたところで余裕が出来たんだろう。

 加えて、ドッカンドッカンとヘビが暴れていた音も聞こえなくなっているし、一旦仕切り直しになったみたいだな。


 ちょっとばかし、下の様子が気にはなるが……ついさっきやらかしたばかりだし、ヘビから目線を外すような真似はせずに、返事だけをする。


「大丈夫大丈夫! ただ、ちょっと今のオレじゃ手に負えないっぽいから、囮役だけしておくよ!」


「十分だ! 待ってろ。コイツはすぐに始末する!」


 アレクのその言葉をかき消すように、再び下でバカでかい音が響き始めた。


「……派手だねぇ。まぁ、あっちが頑張っている間は、邪魔をさせないようにオレも頑張るかね」


 下の戦況も気にはなるが、そっちよりも目の前のコイツから気を逸らしちゃだめだ。

 集中していこう。


 ◇


「……よっと!」


 俺は短く息を吐くと、ヘビの矢のような頭突きを上に躱した。


 通常の魔物との戦いでは、反撃することを考えると何でもかんでも上に躱すのはあまりいいことではない。

 上昇した分一度高度を下げないといけないからだ。


 上から下に突進すると、地面に衝突しないように一々気をつかわないといけないし、それなら高度は変えずに横の移動だけでどうにかする方が、よっぽど効率がいい。


 だが、今は別だ。


「おっとっと……」


 宙でフラフラ浮いている俺めがけて、ヘビは何度も頭突きを仕掛けて来るが、そのどれも余裕をもって躱せている。

 躱すといってもただ単に上昇するだけだもんな。


 最初は攻撃の鋭さに驚いて無様を晒してしまったが……そういう攻撃があるってことがわかってさえいれば、躱す事は簡単だ。


 それに、何度もその攻撃を見続けたお陰で、何となくだが予兆がわかるようになってきた。


 体を縮めることで反発する力をバネのように使って、頭突きを放っているようだ。

 息をしていないから文字通り呼吸が読めなかったため、何となくタイミングがわからなかったが、もう大丈夫だ。


 そして、攻撃に慣れてきたことで反撃する余裕も生まれてきた。


「よいしょっ!」


 俺はヘビの伸び切った体に、急降下しながらすれ違いざまに斬りつけた。

 その一発で俺のこのターンでの攻撃はお終いだ。


「効いてるかどうかはわかんないけど……少しずつダメージは与えられているな。十分十分」


 欲張りは厳禁!

 一発ずつでいいよな?


 激化する下の爆音を聞きながら、俺は上昇してヘビの正面に回り込むと、【影の剣】を突き付けた。


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「ほっ……たぁっ!!」


 突っ込んで来る頭を上に向かって回避する。

 そして、降下しながらすれ違いざまに斬りつける。


 何度も繰り返したパターンだしこれはもう、全く危なげなく決めることが出来る。


 さらに、それだけじゃない。


「行動パターンに変化は無いけど……ダメージは着実に溜まっていってるみたいだね」


 ヘビの頭突きは相変わらず迫力満点ではあるが……それでも初めに比べて明らかに速度が落ちている。


 アンデッドがどんな仕組みで動いているのかは知らないが、体自体はヘビのままのはずだ。

 俺が何度も斬りつけたことで、少しずつではあるが筋肉にダメージを与えていって、出せる力が減っているんだろう。


「まぁ……それでも倒せる気がしないのはおっかないけどね」


 あまり近づき過ぎるのも怖いし、ちゃんと確実に大丈夫な距離から攻撃をしているため、精々10㎝程度しか斬れていない。

 これじゃー倒すことは不可能だろう。


 もっと大きく斬りつけることが出来るんなら話は違うのかもしれないが、また弾き飛ばされても困る。

 このまま地道にチクチク……。


「おっと」


 懲りずにまたも仕掛けてきたヘビの攻撃を躱すと、すかさず反撃を加えた。


「ふん……。木に巻き付けてるから使えないだけかもしれないけど、尻尾は無しか。頭突きだけじゃオレは倒せないってのはわからないのかな?」


 体を動かす仕組みもだが、どんな思考をしているのかもちと謎だよな。


 俺の距離とか関係無しに仕掛けてくるから、本能……ってセンは無さそうだし、アンデッドになっても考える頭があるのかな?

 その割にはこの無駄な攻撃を繰り返しているし……何か狙いがあるってわけじゃなさそうだ。


 わからん。


 ◇


「……うぉっ!?」


 樹上のヘビと、互いに決め手にならない攻撃をチクチクチマチマとやり合っていると、下から辺りに轟くようなひと際大きな音が届いた。


 これは何か大技でも決めたのか!?


 視線をヘビから外すわけにもいかないし、どうしたもんか……と迷っていると、下から今度はアレクの声が飛んできた。


「セラ! 退がれっ!!」


「りょーかいっ! ……おぉぉっ!?」


 意図はわからなかったが、退がれというアレクの言葉に従い即後退した。


 そして、退がり始めて間もなく、下から舞い上がったらしき土煙がこの高さにまで広がってきた。

 テレサの一撃が起こした物なんだろうけれど、どれだけの威力だったんだろうか……。

 この分なら、俺がさっきまでいた場所まで広がっていそうだ。


 さらに後退を続けて土煙を突っ切った俺は、周囲の確認をした。


 とりあえずこの音に引き寄せられる魔物はいなさそうだし……アレクたちと合流するか。

 これだけ離れたら、樹上のヘビを気にしても仕方がないしな。


「あっ……おぉぅ。わかってはいたけど……派手にやったみたいだね」


 合流した俺は地上での戦闘跡を見て、そう呟いた。


 先程まで戦っていたであろうヘビは、大穴の真ん中で頭部がゴッソリと消し飛んでしまっていた。

 頭部だけじゃなくて、他の箇所も大きく抉れていたりと、【赤の剣】の威力の高さがよくわかる。


 俺の攻撃とは大違いだな。


「うん? 降りて来たか」


「うん。いくら距離をとったからって、あのまま上に止まり続けるのは怖いからね。それよりも、無事こっちのヘビは倒したみたいだね」


「はい。少々手こずらされはしましたが、これだけ潰せばもう動けないでしょう。無事誰も深手を負うことなく倒すことに成功しました」


 テレサは周囲の土煙を吹き飛ばすように風系統の魔法を放ちながら、俺の言葉に返事をした。


「セラ、上のヘビはどうだ? 上手く戦えているようだが……」


「強いね。そこのヘビも強かっただろうけれど……上のも手強いよ。オレが何ヵ所も傷を負わせたけど大して堪えていなかったしね」


 俺の言葉にアレクたちは頷くと、アレクが中々悩ませることを訊ねてきた。


「下から俺たちが援護をしたら仕留められるか?」


 相手をしていて、俺がやられる気はしないけれど、どんな援護を受けたところで、リーチが足りない俺がアレを倒せるとは思わない。


「………………無理!」


 俺はしばし考えこんだが、一言で答えた。

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