627

1326


 アンデッドか……。

 突っ込んでみたはいいけれど、目潰しとかは通用しないだろうし、どうしたもんか。


 ここはやっぱり、普通に斬りつけるのがいいのかな?

 普通の魔物なら急所を狙うべきなんだろうけれど、こいつはそうじゃないし、とりあえず手が届く場所でいいか。


「とりあえずこの辺りを……っ!!」


 頭を狙うのはちと危ない気もするし、無防備な腹部辺りに狙いを付けて斬りかかった。


 接近してわかったが、このヘビは想像以上に体が太い。

 他の魔物のように、胴体を切断するのは厳しいだろう。


 とは言え、ダメージって概念がアンデッドにもあるかはわからないが、ザクっと大きく斬りつけたら、何かしら不具合が起きるんじゃないか?

 それを何度も繰り返したら、きっと倒せるはず!


 そう考えていたんだが。


「ぬぉっ!?」


【影の剣】が皮に触れた瞬間、ヘビの体が震えたかと思うと【影の剣】ごと弾き飛ばされてしまった。


 さらに、それだけじゃない。

 別に木に巻き付けていた尻尾が一瞬で解かれたかと思うと、胴体に弾き飛ばされている俺めがけて叩きつけてきた。


「……っ!? おわああっ!? くそっ!!」


 もちろん【琥珀の盾】も【風の衣】もちゃんと発動しているから、喰らったところでダメージにはならないんだが、その勢いで地面近くにまで吹き飛ばされてしまった。


 吹き飛ばされた場所は、地上に降りているヘビの側でちと危険な場所だ。

 俺は慌てて【琥珀の盾】と【風の衣】を再発動しながら、一先ずその場を離れた。


 飛び退いた先で一息ついていると、少し離れた場所の茂みの奥から、俺を呼ぶテレサの声がした。


「姫、こちらへ!」


「ぬ、了解!」


 先程まではもっと前にいたんだが、今の俺のやり取りの間に下がっていたらしい。


 俺は返事をすると、そちらに合流した。


「お怪我は?」


「大丈夫……びっくりしたけど無傷だよ。それよりも、さっき別れた場所から大分離れてるけど、そっちは大丈夫? 何があったの?」


 俺は二人に【祈り】をかけながら、俺が離れている間に何があったのかを訊ねることにした。


 これがただの冒険者なら、何となく……とかでも納得できるが、テレサたちだもんな。

 真っ直ぐ森の外に出る南に走るんならともかく、整備されていない足場が悪い東側に逃げるってのは、何か理由が無いとおかしいもんな。


 二人はヘビたちから目を離さずに、剣を構えたまま答え始めた。


「姫たちがオーガを追って行ってからすぐに、あのヘビたちが仕掛けてきました。ただ、襲ってくるのではなくて、西の水辺に追い込むような動きをしていて……」


 テレサはそこで話を区切ると、牽制の魔法を地上のヘビに向けて放った。

 威力は抑えめではあるが、顔に直撃したのに全く動じた様子は無い。


 俺が【影の剣】で斬りつけた際も、全くダメージにならなかった。

 それに、吹き飛ばされながらも尻尾を振り回して殴りつけたんだが……大きいゴムボールでも叩いたような感触で弾き返されてしまったし……随分守りが固いんだな。


 これは半端な攻撃をしたところで通じないだろう。

 一気に強力な攻撃を集中しないと倒せないかもな……。


「あの場にはまだ動いているサルの体もありました。とにかく一度離れた方がいいだろうと、移動先に余裕がある東側へ引いていくことにしたのです」


「水辺にか……。さっきオレたちがオーガを追ってる時に、あのヘビは川の上流から泳いで来たんじゃないかって話してたんだ。まぁ……泳げるだけで水中で自由に動けるのかはわからないけれど……それでも、こっちに来たのはよかったかもね」


「ええ。何とか隙を作って、大きめの魔法を使って合図をする予定でしたが、姫が先に動いて下さり助かりました」


 テレサはそう言うと、後ろに振り向いた。


「待たせた。アレの下を抜けてくるのはちと危険な気がしたからな……」


 そう言いながら、アレクとリックが木々を抜けながらやって来た。


 俺のすぐ後ろを走っていたのに合流が遅れたのは、同じルートじゃなくて、テレサたちの後ろに回り込むようなルートを通ったからだ。

 まぁ……俺がああも見事に叩き落されたし、警戒するのは当然かな?


1327


「揃いましたね。さて……どう戦いますか?」


 アレクとリックが合流したところで、テレサがどう戦うかの確認をしてきた。


 二匹のヘビは一応こちらを見ているようだが、襲ってくる気配は感じられない。

 まぁ……ずっとこちらの動きを観察し続けているし、戦う気が無いかって言うと、そんなことは無さそうなんだよな。


 アンデッドどうこう抜きにしても、この巨体だし相当タフだったんだろう。

 加えて俺が斬りつけた時のあの動きを考えたら防御も固いし……相手の攻撃を受けてから、カウンターで仕留めるってのがこいつらのスタイルなのかもしれない。


 ってことは、俺たち待ちかな?

 それならそれで、じっくり考えさせてもらおうか。


「セラが迎撃されたのを見ていた。他のデカい魔物のように、小さな傷を与えていきながら隙を探す……ってわけにはいかないからな……どうする? リック」


「まずは地上のヘビからだな。半端な攻撃は通用しないだろう? アレクシオ隊長、正面は任せた。私とルイが側面から牽制役だ。止めは……」


 リックはそこで言葉を止めると、チラリとテレサを見た。

 テレサはその視線を受けると、小さく頷く。


「止めは私ですね。妥当なところでしょう」


 あのヘビには強力な一撃が一番だってのは間違いないし、このメンツで確実にそれが出来るのは【赤の剣】を持つテレサだけだ。

 ただ。


「テレサでいいの? 剣をアレクにでも渡して、テレサは下がった場所から魔法で牽制とかでもよさそうだけど……」


 彼等が考えた上で言っているのはわかるんだが、安全さで言うならこっちの方がいい気もするんだよな。


「アレが一匹だけならそれでもいいんだがな……。もう一匹、それも頭上に構えているとなると、攻撃役は離れた場所にいてもらった方が、いざって時にどちらにも対処出来るだろう?」


「あー……まぁね」


 地上のヘビの側に立っている場合だと、どうしてもそこから移動し辛くなるしな。

 かと言って、盾役を無くすのも危ないし……となると、やっぱりテレサが適任か。


 俺が「わかった」と頷いていると、リックが「セラ副長」と呼んだ。


「確かに両方に備えはするが、分けられるならその方がいいだろう。上のアレを引き付ける事は出来るか? 無理はしなくていいが、下が片付くまで出来れば邪魔をされたくない」


「ああ……まあ、セラが引き受けてくれるんなら大分楽になるが……」


「うん。気を引くくらいは出来ると思うし、回避に専念すれば、なんとかなると思うよ」


 倒せと言われたらちと厳しいが、回避しながら注意を引き続けるってだけならなんとかなりそうな気はする。


 俺は二人に向かって頷いて見せた。


 ◇


 方針が決まったところで、戦闘開始となった。


 下では、先程話した通りアレクがヘビの正面に立ち、盾を構えている。

 テレサは仕掛けるタイミングを計るように、ヘビの側面に立つルイのさらに後ろに控えていた。


 下のヘビに関しては一先ず彼等に任せるとして……。


「よいしょ!」


 木の上でウネウネしながら俺たちのことを観察していた、もう一匹のヘビ。

 下が片付くまで、コイツは俺が相手をしよう。


 ってことで、とりあえず周囲の木に向かって照明の魔法をばら撒いた。

 周囲を明るく照らすことで、ヘビの姿もはっきりと見えて来る。


 体の太さは50㎝以上はありそうだし、長さは10メートル近くはあるだろう。

 立派な化け物だ。

 そして、腹部から背中に抜ける死因らしき傷が見えている。


「…………うわぁ」


 露になったヘビの姿を見て、ついついそんな呟きが漏れてしまった。


 デカい魔物の相手はそれなりに慣れているんだが、コイツの場合アンデッドだってこともあって、また異様な雰囲気を放っているんだ。

 目は開いているが、正面に浮いている俺を見ていないし、口も開いているが呼吸をしている気配は無い。


「照明は使わない方が良かったかもな……」


 我ながらヘビの見た目にビビっていることを自覚して、思わず弱気な言葉が出てしまった。


「……いかんいかん。まぁ、別に注意を引き付け続けたらいいわけで、こいつはオレが倒さなくてもいいんだよな」


 首を横に振って気を取り直すと、改めて目の前のヘビに集中することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る