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今のところ、新手の魔物の群れが相手でもこちらの戦線は破綻はしていない。
だが、今は破綻していなくても、この後がどうなるかがわからなかったんだ。
【祈り】は強化と回復の両方があるが、魔法やポーションほどの効果は無い以上は、切羽詰まってから使ってたんじゃ遅いし、まだ余裕があるうちに使うべきだ。
だから俺は【祈り】の使用に踏み切った。
まぁ……使用を控えていたのは怪我の治療方針が理由だし、使わずに済むならそれが一番なんだが、緊急事態だし仕方がないだろう。
ってことで。
「ふらっしゅっ!」
魔物の群れに向かって魔法を放つ。
今までは魔力を使い切らないようにセーブしていたが、【祈り】を発動してしまえばその心配はなくなるし、使用を控える必要は無い!
「よしっ! やっちまえ!!」
「動き出す前に仕留めるぞ!」
目が眩んで動きが止まった魔物に殺到する兵士や冒険者たち。
目潰しがあるってのも理由かもしれないが、先程までよりも動きが随分思い切りいい。
アレクのパーティーは俺と一緒に行動することもある連中が集まっているし、【祈り】の効果にも、俺の魔法の支援にも慣れているからだろうな。
「アレク。こっちは大丈夫そうだし、オレはまた別の場所に向かうね」
北門の正面に位置するここが一番危険な気がしたから、とりあえず様子を見に来たが、ここはアレクもいるし余程のことが無い限りもう大丈夫だろう。
俺も【緋蜂の針】こそ無いが、それでも先程までより戦えるし、安定している場所よりも他に移動した方がいいよな。
「ああ、任せた! もし、ここ以外でボスが出てきたら、その時は上に合図を出してくれ」
「了解!」
俺はアレクに返事をすると、今度は高度を上げずに真っ直ぐ東に向かって移動を開始した。
◇
前線で戦闘が行われている場所で、とりあえず魔物を見つけては魔法で目潰しをして……東西行ったり来たりしながらそんなことを繰り返すこと十数分。
俺は適当に戦闘の支援を行いながら、各パーティーに【祈り】の更新をしていた。
「よう、姫さん」
「うん? どっか怪我した?」
「いや、そうじゃない。……アンタさっき上を飛んだりしていただろう? ボスの姿は捉えられたか?」
ちょうど【祈り】をかけていると、そのパーティーのメンバーがそう訊ねてきた。
戦闘自体は有利に進んでいて余裕はあるんだが、彼等がアレクの兵かテレサが率いてきた兵かはわからないが、何だかんだでずっと戦い続けている。
その割に、魔物が小出しになっているからとは言え、まだまだ終わりが見えないし、焦りが出て来ているのかもしれない。
ここの彼だけじゃなくて、他のパーティーからもちょっと愚痴のようなものを零されたし、どこも同じような感じだ。
「見えないね。でも……」
相変わらず森の側を飛んで回っている俺ですら、この群れを率いているボスの姿を捉えることが出来ないでいた。
ただ……最初は感じることが出来なかったんだが、今の森の浅瀬には、俺ですら妙な気配を感じられるような、何かがいるのは確かなんだよな。
「まだどこにいるかはわからないね。逃げてはいないから、そのうちどこかが戦うと思うけど……」
「そうか……それなら……あん?」
話をしていると、ふと目の前の彼が妙な声を上げた。
「うん?」
「いや、アレはアンタにじゃないのか?」
そう言って俺の頭の上を指で指している。
彼が指す先を見ようと、俺は頭を真上に向けて……そして後ろを振り向くと、上空に赤い光が見えた。
爆発のように一瞬じゃなくてしっかり残っているあたり、アレは狼煙代わりの合図用の魔法だろう。
「あの位置はアレクの旦那が受け持っている辺りじゃないか?」
「そうだね。ならアレは……テレサか」
あの辺りでこんな魔法を使う者なんてテレサくらいだろう。
そして、誰に向けたかと言えば俺しかいないよな。
「このタイミングだと……ボスが出たかな? オレは行くから、こっちはお願いね!」
「おう! 任せろ!」
俺に応える男の声には大分ハリがある。
事態に進展があったのがよかったのかな?
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「来たよ!」
アレクたちのもとにやって来た俺は、そう言いながら彼の前に降下した。
そこには、先程上空に合図を出したテレサはもちろん、ルイに加えてリックまでいる。
腕利き連中勢揃いだ。
「早かったな。急がせたか?」
「いいよいいよ。んで……どうしたの? みんな集まってるけど、別に戦ってるわけじゃないし……」
腕利き連中が勢揃いではあるが、その彼等が揃いも揃ってここで何もしていない状況ってのは、どういうことなんだろう?
他の場所ではまだまだ魔物との戦闘が行われているのに。
テレサたちも俺の後ろに回っていて、何かをする気配も無い。
ここに何かあるんだろうか?
「てっきりボスが出たから呼ばれたと思ったんだけど、違ったのかな?」
首を傾げながらそう訊ねると、アレクやリックが何やら渋い表情を浮かべている。
「どしたのさ」
「ああ……セラ。今ジグさんを呼びに行かせている。彼が到着したら俺たちは森に入るから、お前も来てくれ」
「お? ……いや、いいけど」
ジグハルトを呼んでいるのか。
それならジグハルトも一緒に森の中に入るんだろうか?
大火災とか起きやしないだろうな……。
そんなことを考えていると、アレクはこちらを見て一度頷いて口を開いた。
「よし。俺たちはまだ周りの指揮があるから、後はテレサに聞いてくれ」
それだけ言うと、リックを連れてこの場を離れていった。
何の説明にもなっていなかったが……とりあえずすぐに出発するわけじゃなさそうだし、今のうちにテレサに聞いておくか。
◇
「お疲れ。それで、森に入ることにしたらしいけど、何があったの?」
俺は振り返ると、後ろに控えているテレサたちに話を聞くことにした。
ずっとここで戦っていたかどうかはわからないが、あちらこちらに行っていた俺よりは状況を把握出来ているはずだ。
「はっ。私はここより東を、彼女は西に回っていました。そちらで魔物の相手をしながら、周囲の兵たちの指揮を執っていました」
「うん」
「姫の加護の力もあり、戦闘はこちらが優位に進めていました。ですが、ある程度討伐が進んだところで、ルイが見ていた西側で明らかに他とは違う質の魔物が現れたのです」
「他とは違う質……? 魔王種でも出た?」
テレサの言葉に、俺は首を傾げながら聞き返した。
「わかりません」
「あ、わからないんだ」
「はい。ですが、明らかに異様な空気を纏った小型の妖魔種らしき魔物が、オーガ種の背中にしがみついていました。発見したのはルイで、彼女が仕留めるために魔法を放ちましたが、躱されました。その後、リック隊長が追撃をしかけましたが、それも振り切り、森の中に戻っていったのです」
「ふむ……」
正体はわからないけれど、ルイの魔法を躱してリックの追撃も振り切る力がある小型の魔物か。
「ふむむ……? 確かにまだ浅瀬近くにいるような気はするけど……」
そこら辺にいるわけじゃないが、確かにちょっと奥まで行った所に、魔力なのか何なのかはわからないが、何となく妙な気配は感じる。
だが、先程からそちらを見続けているのに、【妖精の瞳】もヘビたちの目でも何も妙な物は見えていない。
「何かはいるんだよね……」
「はい。どうやら退がりはしましたが、逃げる気は無いようです。ですが、いつ気が変わるともわかりませんし、気配を捉えているうちに討ち入ろうと思います。戦力だけなら我々だけで問題無いのですが……」
「いざ逃げられた時には、オレが追いかけるんだね。いいよ」
森のような足場と見通しが悪い場での追跡は、俺が一番向いているだろう。
断るわけもなく、俺は引き受けると頷いた。
そして。
「んで、そうなると森の中で戦うんだろうけど、ジグさんも一緒に行くの?」
「いえ、彼にはこの場を任せます。森に入るのは、姫と私、アレクシオ隊長とリック隊長。それにルイの5人です」
「なるほど……ジグさんがいれば外で何が起きてもどうにか出来るだろうし、オレたちは森の捜索に専念したらいいんだね」
「はい。指揮を執れる者が一気に減ってしまいますから、森に入るよりかは、こちらで戦ってもらった方がずっと助かります……来ましたね」
テレサの言葉に街がある方を見ると、ジグハルトがお供を付けたりせず、一人でこちらに向かってきていた。
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