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 最初の交代が切っ掛けなのかどうかわからないが、各所から交代の要請が出始めた。

 リックが連れてきた兵はもちろん、初めからここに詰めていた兵たちも動員して、あちらこちらで兵の入れ替えが行われている。


「結構消耗するのが早くない? そんなに強い魔物はいないと思うんだけど……」


 こちらに下がってきた兵たちを見るが、目立った怪我をしている者はほとんどいない。

 魔物の強さを考えたら妥当ではあるが、それだとこの交代が早い状況はちとおかしい。


「別に押されてるわけじゃないよね?」


 俺が最初に戦った前線の端のように、イレギュラーが起きたりしているわけじゃないんだけどな?


 首を傾げていると、リックが溜め息を吐きながら答えた。


「本来魔物との戦闘はこういうものだ。視界の悪い夜間で、どれだけ数がいるかわからない魔物を相手に、領都にいる兵が今まで長期戦が可能だったのは、セラ副長の加護があったからだ」


「……あぁ。そう言えば大体いつも俺が飛び回ってるよね」


 リックの言葉に、「おぉ!」と頷いた。


 一度発動したら、30分ほど身体能力が少し上がり、体力と魔力もちょっとずつ回復し続ける。

 能力が劇的にアップすることはないが、それが全員に適用されるって考えたら、大分大きいだろう。


「前線にはアレクシオ隊長とテレサ殿がいる。一度安定さえすれば、兵の交代のタイミングを見誤ることはないだろう。あの冒険者たちもいるし、戦力面で不足はない。セラ副長は、まだここで待機でいい」


「ふぬ……」


 俺も前線にまた戻った方がいいかなと迷っていたが、その言葉にとりあえず引き続き、ここで待機しておこうかね。


 ◇


 さらに後方から前線を見続けること10分ほど。

 相変わらず交代を繰り返しながら戦闘は続いていた。


 ボスの姿は見えないものの、妖魔種に魔獣と……途切れることなくよく続くもんだ。

 浅瀬の魔物は昨日までに倒しているし、それより奥からごっそり来てるのかもな。


「リック隊長、遅くなりました!」


 俺が拠点上空で前線を眺めていると、下からそんな声が聞こえてきた。

 何事かとそちらに視線を落とせば、先程までここにはいなかった騎乗した10数人の兵が、リックの前に並んでいる。


 そして、その兵たちにリックが指示を飛ばす。


「ご苦労。前線の支援に向かってくれ」


「はっ」


 拠点を出て行く彼等を眺めながら地上に降りた。


「今のは? 1番隊っぽいけど、何か特別な指示でも出したの?」


「大したことではない。街で職人の作業を支援していた者たちだ」


「……照明の魔法の?」


「そうだ。篝火は設置しているが、炎が風で揺れるし、光も強くない。照明の魔法があれば大分戦いやすくなるだろう」


「なるほどー……」


 基本的に前線でメインに戦っているのは、2番隊と冒険者だ。

 その彼等と交代で入った1番隊の兵もいるにはいるが、あくまで交代で入っただけだ。


 交代するたびに戦場の環境が変わっちゃ逆にやりにくいだろうからか、照明の魔法を使うようなことはせずに、普通に戦っていた。

 そう言えば、テレサたちもそうだったな。


 新たな増援の兵は、他の兵たちの戦闘支援に専念するんだろう。

 これで大分消耗も減らせるだろうし、有利に進められるな。


 何だかんだ手こずらされたが……このまま勝てそうかな……と考えていたが、突如前線から悲鳴じみた叫び声が聞こえてきた。


「っ!? どうしたっ!」


 様子を確認しようと、慌てて拠点からリックが飛び出していった。


 俺もそれに続いて出て行き、前線に視線を向けた。


 先程までは篝火の明かりだけだったが、先程の兵が放った照明の魔法が地面のあちらこちらに有って、随分と明るく視界がよくなっている。

 お陰で、地面に転がっている魔物の死体だけじゃなくて、森の奥から飛び出してくる大型の魔物の群れもばっちりだ


「……いかん、今のを合図にしたか」


 苦々しげにリックは呟くと、すぐに「馬を!」と声を上げた。


 森の端に控えていたわけだし、そのうち戦うことになったんだろうが、それでもこちらが優位に立ったと思ったタイミングで来られると、流石に動揺もするだろう。


 休憩はもう十分だし、俺ももう一度前線に向かおう!


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 前線に戻ってきた俺は、上空をウロウロしながら押されている隊のもとに行くと、1体2体に攻撃してまた離脱する……そんな動きを繰り返していた。

 ちなみに、俺が主に狙っていたのは特に手強いであろう大型の魔物だ。


 少々間合いに不安があるから、一撃で仕留められる距離まで踏み込めないままだが、それでも上空からの攻撃は、それなりにダメージを与えることが出来た。


 対峙している兵たちには、それだけでも十分過ぎる援護だっただろう。

 初めは大型の急襲に混乱していた前線だったが、その繰り返しの甲斐もあって、戦場は大分落ち着いてきた。


 だが、落ち着いたとはいえ、それでもそこそこ強い魔物ばかりだし、その大型の魔物に交ざって接近してくる小型の魔物が面倒だったりもする。

 この魔物たちの突撃のきっかけにはなったものの、1番隊の兵があちらこちらに放った照明の魔法があるから対応出来てはいるが、数で押されているのはきついだろう。


 そして。


「…………未だにボスは現れないと。本当にいるんだよね?」


 次の場所を目指して移動しながら森の奥に視線を向けると、多種多様な魔物の気配は感じられる。

 大分数は減ってきてはいるものの、そうそう簡単に全滅させられない数だ。


 ……交代要員も引っ張り出したわけだし、このまま戦闘が続くとしたら、兵たちの体力はもつかな?


 まだ街には兵も冒険者も残っているし、ジグハルトたちだっているから、どうとでもなりはするだろうけれど、そこはもう最後の手段みたいなところがあるし、出来れば温存したままで終わらせたい。


「それじゃー……使っちゃうか」


 俺は「うむ」と頷くと、戦場の端を目指して【浮き玉】を加速させた。


 ◇


 俺が辿り着いたのは東の端で、一の森の陰が薄っすらと見える位置だ。

 とりあえずそっちから魔物が出てくる気配はないかな?


 こちらの戦況は、見た感じ他の場所よりも余裕があって、俺の援護は必要なさそうだ。


 戦っている連中も他の場所より強い者たちが集まっているし、一の森の側だから、万が一に備えて意図的にそういう風に配置しているのかもしれないな。


 ともあれ。


「さて……と」


 俺は下の連中を見ながら小さく息を吐いて気合いを入れると、【祈り】を発動させる。


 体の周囲が薄っすら発光して、何となく体がスッキリと。

 もちろん、【祈り】の効果は俺だけじゃない。

 下で戦っている連中も、しっかり範囲に入っている。


「っ!? これは……副長か!?」


「上だ! 加護は使わないとか聞いていたが……気が変わったのか?」


「必要と判断したんだろう。アレでもそれなりに冒険者として経験があるからな」


 ……あんまり感謝されていないような気もするが、とりあえずしっかりと効果は発動しているようだな。


「まだまだ魔物いるから、気を付けてね!」


 俺のその声を聞いた連中は口々に「おう!」と叫ぶと、魔物に向かって突っ込んで行った。

 先程に比べると、ずっと魔物を倒すペースが上がっているし、こっちは問題無しだな。


 それじゃー……次に行くか!


 ◇


 東の端から西に向かって【祈り】を使って行き、端まで行ったところで中央のアレクたちの元に戻ることにした。


 下の様子は、ところどころ魔物に押されている場所もあったが、【祈り】を発動するとすぐに押し返し始めている。

 先程も俺が大型の魔物を倒したりといった支援はしていたが、やっぱり強化ってのはシンプルだけれど効果は強力だ。


 ただの魔物相手なら、多少の数の差があってもそうそう後れをとることはないだろう。


 アレクが受け持っていた場所は、俺が到着した時に丁度戦闘が終わったようで、アレクたちは少し下がって息を整えているところだった。


「ってことで、全体に行き渡ったよ!」


 下に降りてそう報告をすると、アレクは少し考えるような素振りをしてから口を開いた。


「【祈り】のことだろうが……いきなり「ってことで」と言われてもな。お前が必要と判断したんなら必要だったんだろうが、使ってもよかったのか?」


「いいのいいの。これ以上後に回すと間に合わないかもしれないからね」

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