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「待たせた、副長!」


「あれ? もう大丈夫なの?」


 俺が参戦した当初の位置近くまで下がって行くと、どうやら一息つけたらしく、先程よりは大分まともな様子だ。

 もう少し粘るつもりだったんだが……このまま任せてもいいのかな?


「ああ、とにかく明かりを確保出来ればあの程度の雑魚相手にやられやしねぇよ!」


 そう言って、魔物の群れに突撃していく兵たち。

 ちなみに、冒険者連中もいるにはいるんだが、彼らが後ろを守っていたりする。


 ……血の気が多いな。

 ウチの兵。


「ねぇ」


 戦闘はこちらが優勢だし、このまま今度こそアレクの下に飛んで行ってもいいんだが、その前にちょっと確認だ。

 俺は後ろの冒険者たちに声をかけた。


 そう言えば、なんで彼らは篝火の周りに固まっているんだろう?

 もっと広がった方がいいだろうに……。


「おう? どうした、姫さん?」


「いくら夜でこんな端にいるからって、あの程度の魔物に崩されるとは思えないんだけどさ。何があったの?」


 俺が訊ねると「ああ……」と苦い声で話し始めた。


「こっちに来た魔物がな……何度かぶつかりあったところで急に篝火を狙いだしたんだ。まさか火を狙うとは思っていなくて、俺たちも反応が遅れてな……」


「篝火を? あー……だからこの辺は暗かったんだね」


「ああ。それに何といっても火だろう? 魔物の相手も大事だが、火を放置するわけにもいかないからな。対処にもたついた隙を突かれたんだ。何とか跳ね返しはしたが……正直アンタが来てくれなきゃ危なかったぜ」


「……それは厄介だね」


 なんで篝火を守っているんだろう……と思ったが、そんな理由があったのか。


「だろ? まあ他を見たらそんなことはないようだし、俺たちがしくじっただけかもしれないがな……」


 急造パーティーで指揮官無しって考えたら、想定外の事態に対処出来ないのも仕方がない。

 ただ、それでもこっちの視界を奪うことを狙って来るあたり、なんとも嫌な感じだ。


 それに、他は対処が間に合ったってだけで、こっちと同様に明かりを狙ってる可能性もあるしな。

 気は抜けないな。


「姫さん」


「うん?」


 俺が気合を入れ直していると、篝火を守る冒険者の一人が俺を呼んだ。


「いつもやってる、明かりの魔法は使えないのか?」


「あー……」


 その言葉にちょっと返答に詰まる。


 普段ならこういった話を聞かされたら、俺がそこら辺に照明の魔法をばら撒くが、何もしないから不思議に思ったんだろう。


 ただ、それは俺が普段から【祈り】を使って、常時回復状態にあるから出来ることだ。

 今日のように【祈り】を使っていないまま既に散々魔法を使ってきた状況では、そろそろ魔力が乏しくなっているし厳しいな。


「今日もう魔力がどれくらい残ってるかわからないからね。ちょっと無理だね」


「そうか……いや、仕方ないよな」


 彼は肩を竦めると、周りの冒険者たちにしっかり篝火を守ろうと呼びかけていた。

 それに続いて、後ろで歓声が上がった。

 どうやら、魔物の群れを倒し切ったようだな。


 ◇


「突っ込むよ! 気を付けてーー!!」


 俺はデカい声でそう叫ぶと、前方の魔物の群れ目がけて【風の衣】を纏った体当たりを仕掛けた。

 もちろん、味方は巻き込んでいない。


 先程の戦闘では止めこそさせなかったが、この体当たりによるダメージが結構いい働きをしていたし、コレもアレクまでの間にいる兵たちへの援護代わりだ。


 森にはまだまだ魔物が控えているし、あくまで一時しのぎでしかないが、それでも一息つくだけの間が出来るしな。

 兵たちもそれで十分なのか、彼等の前を通過する際に「助かった!」とか言って来る。


 それにしても、端からアレクたちがいる中央に向かうにつれて、強い魔物の割合が増えて来ている気がする。

 真ん中に入っているのがアレクだから抑えられているが、場合によっては中央突破されていてもおかしくない。

 街に残っている戦力にはまだまだ余裕があるが……気を抜けないな。


 そんなことを考えながら魔物をはね飛ばしていると。


「むっ! アレクたちだ!」


 ようやくアレクたちに辿り着いた。


 大型の魔物たちと戦闘中で、何やら手こずっている様子。

 ここは俺が一気に決めてやるかな!


1305


 近付いていくと、アレクたちが戦っている魔物の姿も見えてきた。


「……オーガ?」


 大型の妖魔種で、体力があって力も強いし頭も悪くない。

 普通に戦ってもそこそこ強力な油断出来ない魔物だ。


 加えて、視界や足場の悪さまである。

 手こずるのも仕方がないだろう。


 コイツらにはここに来るまでにいた魔物のように、体当たりでダメージを与えるのは難しい。


 だが!


「せーのっ!」


【浮き玉】をさらに加速させた俺は、まずは大きく曲がってオーガの群れの後ろに回り込んだ。

 何体かは俺の接近に気付いたのか、動きを止めて背後を振り向くが……。


「ふっ!」


 まずは1体目の腕を切り落とし、さらに2体目は通り過ぎ様に胴体を斬りつける。

 続けて3体目。


 初めの2体は俺の攻撃に備える前だったし、不意打ちで傷を負わせることが出来たが、コイツは俺を敵として捉えている。

 他の魔物たちへの呼びかけなのか、足を止めて両腕を振り上げながら、デカい口を開けて叫び声をあげた。


 迫力だけなら大したものだが、ちと隙だらけだね!


「ふらっしゅ!」


 大口を開けているオーガの眼前に魔法を放った。

 悲鳴を上げながら顔を押さえているオーガ。


 俺はその裏に回り込むと、ガラ空きの首に狙いを付けて右手を振り抜いた。


「よし!」


 前に向かって倒れていくオーガを見ながら、俺は小さくガッツポーズをした。


 今までずっと【祈り】に頼って戦ってきたが、このレベルの魔物相手にも【祈り】抜きでも通用する……これは結構大きいことじゃないか?

 これなら……。


「セラ、新手だ!」


 狙い通り上手く倒すことが出来て、少々油断していたらしい。

 一瞬ではあるが、他にも魔物がいることを忘れていた。


「ほ? ってぇぇ!?」


 背後から聞こえてきたアレクの声に振り向くと、俺に向かって突進してくるオーガの姿があった。


 ボスに率いられているとはいえ、一応通常のオーガだし、【風の衣】と【琥珀の盾】を破る事は出来ないだろうが、まだまだ何体も残っているし、地上に落とされて何発も攻撃を食らってしまえばどうなるかわからない。


 大慌てで回避行動に移った。


 真上に上昇すると、そのままオーガたちの群れを飛び越えてアレクの後ろにまで行き、大きく息を吐いた。


「ふぅ……びびったぜ」


「気を抜いていたな。だが、いい援護だ。行くぞ、お前たち!」


 アレクは振り向かずに俺のボヤキに突っ込むと、周りの兵たちに指示を飛ばし、自身もオーガの群れに突っ込んで行った。


 ◇


「お疲れ様。一息つけそうだね」


 アレクたちが攻めに転じたことで、正面のオーガの群れはあっという間に全滅した。

 周りにいるのは2番隊の中でも腕利きの連中だし、妥当なところかな?


 だが。


「ああ……助かったぜ」


 俺の言葉に、大分くたびれたような声で返って来た。


「……お疲れみたいだね。確かに弱くはないけど、そんなに消耗するほどだった?」


 足場や視界の問題を考慮しても、このメンバーで苦戦するほどだろうか?


 確かに上から見た時、アレクたちは手こずっているように見えたが、てっきりアレはカバーする範囲が広いから、後手に回っていたからだと思っていたんだが……周りを見ると、座り込んだりはしていないが、武器を杖代わりにしてもたれかかっている者たちまでいた。


「オーガ自体はそこまでじゃないんだが……」


 アレクはそう言うと、「ふう……」と大きく息を吐いた。


「魔物を引き付けて森から抜ける間に馬を潰されたんだ」


「……馬を?」


 アレクを始め、皆徒歩だったが、てっきり動きを合わせるために馬から降りていたんだと思っていた。

 だが、馬を潰されたか……。


 いくら殿に回って魔物を引き付けていたからって、やすやすと馬を潰されるとは思わないんだが、何があったのだろう?


「コウモリの群れ……アレを馬にけしかけられた。馬が潰れてからは、足で走っていたからな……。引き付けるだなんて余裕はなくて、ただ単に魔物を躱しながら森の外まで走り続けていたんだ。で、休む間もなく戦闘だ。……流石に疲れたな」


 そう言って、大きく息を吐いた。

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