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「いっ……いまのなにっ!?」


 パシュッと言う音に驚きはしたが、【風の衣】がしっかりと防いでくれた。

 だが、正体がわからない。

 比較的柔らかい音だったし多分生物なんだろうが、アカメたちは何も反応しなかったし、危険な生き物ってことは無さそうか。


 それにしても……わざわざ自分たちが退けなくても大丈夫だと考えたのかもしれないが、少なくとも俺の目には接近を気付くことが出来なかった。


「……森に下りた方がいいかな?」


 捜索範囲は大分縮まってしまうが、上空での戦闘は出来れば避けたい。


【祈り】を使っていないし、照明の魔法を消しさえしたら一見目立たないように思えるが、魔物相手だしな。

 夜目が利いたり、そもそも視覚に頼らない種族の可能性もある。


「えーと……向かう方角はあっちでいいんだよな?」


 俺は向かう方角を確認すると、真下の森へと下りていった。


 何かに襲われた直後だし、降下中ももちろん周囲に気を配っていたが、特に何か怪しい気配を感じるようなことは無い。


「ふむ……とりあえず、周辺に生き物はいないか。……一応魔法を撒いとくかね」


 何事も無く地上に下りた俺は、一先ず周囲を見回して様子を確認した。

 そして、周囲にいくつも照明の魔法を撒く。


 今までは目印程度に一つしか置いていなかったし、コレを見た後続の連中は俺がここに下りたってことが伝わるだろう。


「後ろを待ってもいいけど、そうなると足が遅くなりすぎるもんな。それに、大所帯になるとまた逃げられるかもしれないし……」


 一人の方がずっと身軽だ……ってことで、俺は森の奥目指して移動を開始した。


 ◇


「うん? どうかした?」


 森に下りた俺は、何組かの魔物の群れを回避して奥へと進んでいたんだが、ふとアカメが体を俺の顔より前に伸ばした。

 他の2体と同じく、俺の死角を警戒していたんだが、これは……何か来るか?


 俺は【浮き玉】をその場で止めると、森の奥を睨みながら【影の剣】を発動した。

 そして、尻尾と腕で掴んでいた、先端に照明の魔法を灯した枝を前方に放り投げる。


 明かりに照らされて、森の奥が見えるようになるが……特に何かいる様子は無い。

 もちろん、俺の目にも何も見えない。


 アカメたちの気のせい……って可能性もあるが……と、前を睨み続けていると。


「……む」


 暗がりの奥から、うっすらとぼやけた光が見えてきた。


「アレかな……輪郭がはっきりしないし、獣かただの弱い魔物っぽいけど」


 さらに周囲を見回して、前方を注視する。


 先程よりはハッキリ見えるようになっているのは、大分足は遅いが、こちらに近づいて来ているからだろう。

 輪郭がぼやけて見えていたのは、複数が重なっていたからかな?


「全部でどれくらいだろう。姿がハッキリ見えてからでもいいけど……やれるかな?」


 アカメに向かって声をかけると、こちらを振り向いた。

 そして、またすぐに前を向くが……多分、この感じはやれるってことだよな?


 よし……それなら!


「ふらっしゅ!」


 混乱させられるかもしれないし、魔物が先に仕掛けてくる前に俺が先に仕掛ける!


 魔法を前方に放り込むと、俺は一気に前に突っ込んだ。

 俺の突撃に気付いた魔物は、叫びながら前に突っ込んで来る。


 視界を奪ったし、てっきり逃げ出しでもするかと思ったが、そう来たか!


 魔法と放り投げた照明の魔法を灯した枝の光で、10体ほどの魔物の姿が露になった。

 それぞれ、大人の腕ほどの長さの棒を手にしている。


「コボルトか……意外といるな」


 コボルト……小型の妖魔種で、腕力はゴブリンよりも少し上だが、投擲はしてこないし、俺にとってはやりやすい相手だ。


「せーのっ!」


 俺は気合いを入れると、コボルトの群れに向かってさらに加速した。


 目が見えないながらも、俺の気配を察したのか手にした棒を叩きつけて来るが、【風の衣】が跳ね返している。

 そして、その隙に俺の間合いにいるコボルトに斬りつけていく。


 1体2体と首を刎ねていき、届かない個体にはアカメたちが噛みついていき、数を減らしていった。


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「片付いたかな?」


 二度三度と突っ込んでは剣を振るって……俺が仕留め損ねた魔物はヘビたちがしっかりと仕留めてくれたし、最後の1体まで踏みとどまっていたから、逃げ出した魔物もいないはずだ。


「さっきアレクたちが倒したのとは、ちょっと様子が違うかな……?」


 そうなんだよな。


 アレクたちが倒した群れは、俺は見ていないが逃げる素振りを見せていたらしいんだ。

 だが、こいつらは明らかに先制で不意打ちを食らった上に、圧倒されているってのに、逃げようとしなかった。


 それに。


「10体で聖貨はゼロか」


 数体はアカメたちが倒したとはいえ、半分以上は俺が倒している。

 もちろん、倒したら必ずゲット出来るようなもんじゃないが、それでも……どうにも終了した感が俺にもないし、これはまだここ以外にいるかもしれない。


 10体の魔物を別動隊に出来る規模の群れとなると……いくら北の森がデカいとはいえ、そんなにいくつも無いだろう。

 今度こそ、ボスの群れかもしれない。


「死体を置いたままにしておけば、ここで戦闘があったことはわかるだろうけれど、どうしようか?」


 下に降りてきた以上、アレクたちと別行動をする必要はあまりないし、未だにボスの正体がわからないし、一緒に行動するのも有りだろうけれど……。


「後ろとはまだ距離はあるか」


 振り向いて俺が来た方角を見るが、まだまだ追いついてくる様子は無い。

 ここでこのまま待っているってのもひとつの手ではあるが、一箇所に止まり続けるってのも、もし俺のことを気付かれてたらよくない気がするし……どうするか。


「ふむ」


 しばし考えこんでいたが、とりあえず俺は魔物の死体やその周辺に照明の魔法を撒き始めた。


「うん。これくらい明るければ遠くからでもわかるよな」


 魔物の死体もはっきり見えてしまうし、大分グロイ光景ではあるが、何発も放った照明のおかげでちょっとしたキャンプファイヤーくらいの明るさはある。

 これだけ明るければ、離れた場所からでもわかるだろう。


 アレクだけじゃない。

 俺もだ。


「よし……それじゃー行ってみるか!」


 俺はコボルトたちが使っていた棒切れを尻尾と腕で拾うと、先端に明かりを灯した。

 そして、気合いを一つ入れて、森の奥目指して出発した。


 ◇


「こっちは何も無しだね。魔物はいたけどどっか行っちゃったし……」


 俺は先程の戦闘があった場所を中心に、西側から捜索を開始した。

 高速で移動して、明かりが見えない場所まで来たら戻る……それを繰り返しているが、今のところはまだ怪しい気配は無い。

 魔物もいたにはいたが、さっさと逃げていってしまった。


 森に入ってから出くわした魔物と同様で、小型ばかりではあったが……違う群れの魔物なんだろう。

 仮に、ボスの群れなら逃げ出したりはしないだろうしな。


 逃げた方角が南側だったのは若干不味いような気がしなくもないが……アレクたちならあの程度の魔物なら、問題無く倒してくれるはずだ。


「さて、それじゃー……」


 振り返ると、明かりが随分小さくなっているしそろそろ戻っていいだろう。


「大体もう半分くらいは見て回ったかな。今はもうほとんどあの場所の正面くらいにいるよな?」


 距離は限られているが、そろそろ西側半分は見て回ったはずだ。

 後は反対側が残っているが、東側だしな……。


 ここから東側となると……一の森が近くになっている。

 間にはテレサもいるし、群れのボスが潜むにしては、ちょっと向いていないような気がするんだよな。


 このまま北に真っ直ぐ奥まで行った方がいいのかもしれない。

 それかいっそまた上空に……。


 どうしようかなと考えながらその場で静止していると、小さい光がこちらに向かって飛んで来ていることに気付いた。


「ふっ!」


 俺は尻尾で掴んでいる棒を振り回してソレを撃ち落とすと、草の上でしばらく痙攣して、やがて動かなくなった。

 光りも見えないし……死んだか。


「何だ……コイツ? コウモリ? 上空で飛んできたのもコレだったのかな?」


 直撃したとはいえ、大した力を込めていないただの木の棒の一撃だ。

 それで死んだとなると……魔獣じゃなくて、ただの獣かな?

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