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「うーむむむむむ。すぐ近くなら何とかなるけど、どうにも見えづらいね」


 上から探した方が見つけやすいと思って、いざ森の上空に出たはいいが、ちょっと考えが甘かったかもしれない。


 森の木が濃いし、何より魔物以外の獣も多い。

 さらに、自然が豊かだと喜ぶべきなのかもしれないが、半端な高さを飛んでいると普通に襲ってくる。

 なんか変な鳥とか獣が何度か襲って来たのを返り討ちにしたが、一々倒すのも面倒だし、今はもう高度も上げているんだ。


 お陰で安全に移動出来てはいるが、その分視認性が著しく落ちて……。


「うむぅー…………むっ?」


 下を睨みながら唸り声を上げて飛んでいると、ふと視界の端にいくつもの光点がチラついた。


「アレは……見つけた!」


 アレクらしき気配に、それに従う十数人の兵たち。


 加えて、その先にチラチラと見える魔物らしき気配。

 こっちは、全部で20体くらいかな?


 アレクたちが魔物の群れとぶつかる前に合流しないと……と、俺は樹上の生き物を無視して、一気に高度を下げながら加速していった。


 ◇


「アレク!」


「セラか? よく来てくれた」


 バサバサ音を立てながら木を突っ切って行くと、アレクたちは既に前方の魔物の群れに気付いていたらしく、戦闘の準備を始めていた。


「上から来たってことは……前にいる魔物の群れは見えたか?」


「うん。正確な数とか種族はわからないけどね。あんまり強いのはいないと思うけど、アレが追ってる群れなのかな?」


「……お前も気付いたか」


 俺の言葉に、アレクは苦々しい声で答えた。


「まあ……話は後だ。一先ず前方の群れを始末するから、お前は上にいてくれ。逃げる魔物がいても放っておいて構わないから、どちらに逃げたかだけ見ておいて欲しい。俺たちが追っていることは気付いているはずだが、それでも止まり続けているし、逃げるかどうかはわからないがな」


 どうやらアレクも、ここに来るまでの間に何かに気付いたらしい。

 俺が呼ばれたのは、魔物の捜索手伝いのためだろうが……それ以外でも出番はありそうだな。


「りょーかい!」


 俺はアレクに返事をすると、そのまま一気に上昇した。

 そして、上空から森の様子を見降ろした。


 先程の位置から、魔物の群れはほとんど動いていない。

 数にはほとんど差はないし、まず間違いなくアレクたちが圧勝するんだろうけれど……


「さてさて……引き受けたはいいけれど、どうしたらいいかな? 半端に動いて魔物に警戒されるわけにもいかないし……」


 俺に気付かれるだけならいいけれど、アレクたちの動きを悟られるのはまずいよな?

 念のため、奥の方に回り込んでおこうかな。


 ◇


「ぉぉぉ……強い強い」


 俺が北に回り込んだところで、アレクたちが魔物の群れに向かって突撃を始めたんだが、どんどん魔物を仕留めていっている。

 普通の魔物だってことを考えたら、当然と言えばそうなんだろうけれど……なんてことを考えていると。


「あ、全滅した」


 あっという間だ。


「妙な素振りは見せなかったし………とりあえず、下に合流するか。アレクー」


 俺は下で次の行動に備えての指示を出しているアレクのもとに下りると、上から見ていた先程の戦闘について伝えることにした。


「セラか。どうだった?」


「どうにも。あそこから逃げようとする魔物も、他所から集まろうとする魔物もいなかったよ。実はあの中に群れのボスがいたとか?」


 そんなことは無いってのはわかっているが、一応そう言ってみた。

 だが、その言葉にアレクは苦笑しながら首を横に振る。


「それは無いな……流石に手応えが無さ過ぎた。あの程度でこの数の魔物を動かす事は出来ないだろう。さっき少し話したろう? 別の群れだな」


「別の群れかー……。ルイさんたちの時もそうだったんだけど、どういうことだろう?」


「まあ、あくまで予想だが、恐らく今倒したのはこの辺りの魔物だろうな。商人たちを追って奥からやって来た魔物に怯えて逃げた先で、適当に組んだ即席の群れってところだ」


「……他のところのもそうかな?」


「全部が全部ってことは無いだろうが、時間がかかっていない割に数が多すぎるだろう? 大半がそうだろうな」


 そう言って、アレクは「面倒になるかもな……」と、溜め息交じりに呟いた。


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 アレクは何やら考え込んでいるし、その間に彼の言葉の意味を少し考えることにした。


 面倒になるか。


 ボスが違う群れをここまで動かすだけの力があるってことかな?

 この数日の討伐任務でポッカリ空いていたところに入り込んだとはいえ、森が荒れた気配は無かったし……声か臭いか魔力か。

 俺たちじゃ気付けない方法を使っているんじゃないか?


 てっきりオーガとかその辺の大型の妖魔種だと思ってたが、これはマジで違うかもしれないな。


「……ジグさん呼んで来る?」


「いや、この様子だとどうなるかわからないしな。あの人は街にいてもらった方がいいだろう。それよりも……」


 アレクはそこで話を止めると、周りの兵たちに「お前たち!」と声をかけた。


「どうした? アレク」


「魔物は全て仕留めたぞ。移動か?」


 アレクの声に集まってきたウチの兵たちは、見たところ全員怪我は無いな。

 あの程度の魔物なら、彼等なら余裕か。


「ああ、さらに奥に向かう。だが、その前に少し聞きたいことがある。お前たち、今の群れと戦っていて何か気付いたことはあるか?」


「気付いたこと……?」


 アレクの言葉に、皆不思議そうな表情を浮かべている。



 そして、首を横に振った。


 倒すことを優先していたし、比較的あっさりと倒しきれたから、あまり魔物の様子まで見れなかったのかもしれないな。

 仮に何か異変があったとしても、そうそう気付けなかっただろう。


 俺とアレクは、無理もない……と頷いていたのだが、ふと奥の一人が「いいか?」と手を挙げた。


「どうした?」


「ああ。異変ってほどじゃないかもしれないが、俺が倒したゴブリンが何度か逃げようとしたんだが、そのたびに踏みとどまっていたぞ? ボスが撤退の指示を出さないからそうだったのかと思ったが……」


「森の奥か……それだな。どの方角だったか覚えているか?」


「うん? ああ……向こうの、丁度折れた木の方を見ていたな」


 そう言って彼が指を伸ばした先には、何本かの木が纏めて折られていた。

 立ち枯れというよりは、獣か何かがぶつかって折れた感じかな?


 ともあれ、どうやらあの方角にゴブリンが気にするような何かがいるってことだろう。

 何がいるかはわからないが、とりあえず見当がついたのはありがたい。


 森の中に入るにせよ上空から捜索するにせよ、当てもなくフラフラするのは、いくら俺でも時間がかかりすぎるもんな。

 それじゃー……早速!


「アレク」


「そうだな。先行して偵察を頼む。何が出るかわからないし、念のため空から行ってくれ。俺たちもすぐに追う」


 俺は「了解」と返事をしてすぐに飛び立とうとしたんだが、兵の一人の声が耳に入り、それをストップさせた。


「よう、隊長。テレサさんも外にいるんだろう? 合流しなくていいのか?」


 このメンツだと、少々遠距離面で不安が出て来る。

 テレサやルイのように、魔法が出来る者がいた方が安心は出来るよな。


 だが。


「確かに魔導士が中にいるのは有難いが、それ以上に、もし突破された際に後ろを固めてくれる方が助かるだろう?」


「む……違いないな」


「だろ? セラ、行ってくれ」


 アレクたちの話に、飛び立とうとした恰好のまま頷いていると、再度出発を促された。


「ほいほい。それじゃーお先に。適当に目印を付けてくからね!」


 ◇


「……奥に来ると、流石に浅瀬より魔物の数は増えてるね」


 アレクたちと別れた俺は、森の上空を通常よりも速度を落として飛んでいた。

 奥に行くにつれて、あちらこちらに魔物や獣の姿は増えてきたが……どうもこいつらは、たまたまそこにいるだけって感じだ。


 上から何組も見てきたことで、何となくわかってきた気がする。

 森の奥にも外にも関心を向けていない群れが、そこで生息している魔物たちだ。


 俺はその魔物たちを避けるように、後続への目印代わりに照明の魔法を落としていっている。

 これなら、アレクたちも迷わずついて来れるだろう。


「さて……それよりも、いい加減本命がどこにいるのかー……って、おわっ!?」


 森の様子を見ながら飛んでいると、【風の衣】が何かを弾く音に、俺はついつい大きな声を上げてしまった。

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