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「あれはっ!? ……いかんね」


 北の森のすぐ南側で冒険者たちから話を聞いた俺は、すぐにテレサがいる東側に向かって飛んで行ったんだが、森の東側から魔物がジワジワと這い出て来るのが見えた。

 上からだと種族まではわからないが、強さは大したことないし小型種が大半だろう。


 ただ、数が多い。

 そして、広範囲。


 昼間ならともかく、まともな明かりが篝火だけって状況で小型種の相手は厳しいな。


「となると……コレだ!」


 俺は下の冒険者たちに合流する前に、まずは上空から照明の魔法をばら撒いた。


 光量は抑えめで持続時間が長い、本来の使い方だ。

 冒険者たちと魔物の中間あたりを目がけて落としたし、戦闘の助けになるかもしれない。


 冒険者たちは、その魔法で上空の俺に気付いたらしい。

 一度上に顔を向けると、すぐに魔物に向かって突撃を開始した。


 明かりに照らされて魔物の姿が露になるが、上から見える分はどれも小型種のみで、【妖精の瞳】とヘビたちの目で見ても大したことはないものばかりだ。


「……よし。それじゃー、テレサを探すか」


 下の戦況に目を配りながら、俺はテレサを探して移動を開始した。


 ◇


「いた!」


 北の森の東側をうろつき始めてしばし。


 北の森と一の森とのちょうど中間あたりで、戦闘を行っている冒険者たちから少し下がった場所にいる一団が目に入った。


 彼等は戦闘を行っていないが、それでも明らかに他の冒険者たちよりも実力が上の者たちで、その彼等の中心にいる、さらに能力が上の者。

 近付かなくてもわかるな。

 テレサだ。


 今の状況だとテレサは特に指示を出すようなことは無いのか、馬に乗ったまま戦況を眺めているようだ。

 ついでに、俺が上にいることも気付いているようで、時折上空に顔を向けている。


 とは言え、地上と違って上空は暗いままだし、正確な位置はわからないようだ。

 さっさと合流するか。


「ほっ」


 左手に照明の魔法を灯すと、俺はテレサのもとへと下りていった。


 ◇


「お疲れ様、テレサ」


「はっ。姫は……アレクシオ隊長の要請ですか?」


 そう言って、テレサは森の方をジッと見た。

 どうやら、森の中の様子も多少はわかっているようだ。


「そうそう。んで、森に入る前にテレサに状況を教えてもらおうと思ってさ。どんな感じ? こっちはあんまり戦ってるって雰囲気じゃないけど……」


 改めてテレサを見るが……特に鎧に汚れが付いているわけでもないし、【赤の剣】は抜いているし戦闘はあったのかもしれないが……。


「はい。散発的に少数の魔物が森から出て来ており、そのうち初めの一度だけ私も参加しました。魔物の種類は、今と同じく小型種のみで被害は出ておりません」


「あ、テレサもやっぱり戦ったんだね」


「ええ。指揮を執るにしても、やはり一度は戦ってみせないといけませんからね。姫は森に入るのですよね?」


「うん」


 いつも通り「お気をつけて」とでも言うのかなと思ったのだが、テレサは少し考えこむような素振りを見せた。


「どうかした?」


「森から出てきた魔物は、昼間は街を目指していたとのことですが、今回は東側にばかり出て来ています」


 元々この魔物の群れは、商人を追って森の奥から遥々ここまで集団でやって来たはずなのに、人がたくさんいる街をスルーして、東側……一の森の方に出て来るってのはちょっとおかしいよな?


「……それは妙だね」


 俺の言葉に同意するように、テレサは頷いた。


「今のこの大量の魔物が現れたのは、こちらの隊から一部を森の奥に送り込んだタイミングでした」


「……こっちへの牽制なのかな? 魔物が?」


「ただ単に我々を混乱させようとしたのか、あるいは一の森の魔物を呼び寄せようとしたのか……。群れの魔物は大したことはありませんが、それでもお気を付けください。いざとなれば上空へ」


「ふぬ……りょーかい。気を付けていって来るよ」


 魔物の強さは大したことないようだけれど、どうにも面倒そうだね。

【風の衣】と【琥珀の盾】があるし、そうそうヤバいことにはならないだろうけれど……気を付けないとな。


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「むぅ……マジで暗いな」


 テレサと別れて、いざ森に突っ込んでみたはいいが……思ったよりもずっと真っ暗だ。

 加えて静まり返っている。


 俺も昼間なら森に入ったことはあるが、夜はいつも上空を通過するだけで中に入ったことはなかった。

 チラッと上を見ると、木が生い茂って塞いでしまっている。


 月も星も見えないし、そりゃー……真っ暗だよな。

 一応手のひらの上に出した照明の魔法は維持したままだが、コレだと片手が塞がってしまうし……。


「よし。それじゃー……何か良さげな棒切れでも……」


 適当な枝でも拾って、その先に明かりを灯せばいいか。

【猿の腕】か【蛇の尾】を使えば両腕が空くしリーチも広がるもんな。


「えーと……棒切れ棒切れ…………むっ!?」


 地面を照らしながら枝を探していると、少し離れた位置の茂みからガサリと音がした。


 そちらに視線を向けると、何やら小さな光点が三つほど。


「ゴブリンかな?」


 右手の【影の剣】を発動して前に構えると、ヘビたちも裾から体を伸ばしている。

 臨戦態勢だな。


 魔物の強さは大したことないし……やってしまうか。


「………………ふらっしゅっ!」


 ガサガサ近づいて来ている足音が、茂みから出た瞬間に俺は魔法を放った。

 着弾と同時に響く汚い悲鳴。

 さらに続けて、通常の照明の魔法を地面に放つと、辺りが明るくなる。


「やっぱゴブリンか。最初から攻撃を仕掛けてもよかったかな?」


 万が一、足音の主が人だった場合を考慮して目潰しから入ったんだが、考え過ぎだったか。

 もちろん、同士討ちよりは良いんだろうけれど、今森に入っているのは皆俺のような素人じゃないし、合図もせずに迂闊に近寄って来るような真似はしないだろう。


「ふぅ」


 それじゃー、魔物たちの視界が戻る前にサクッと片付けてしまおうか。


 俺は小さく息を吐くと、魔物の群れに突撃した。


 ◇


「……あれ?」


 一先ずサクッと3体のゴブリンを始末したんだが……握っていた左手に違和感を感じた。


「聖貨だ」


 手を開いてみると、中には聖貨が一枚握られている。


「……おかしいな? コイツ等なんだったんだ?」


 俺も仕組みを把握出来ているわけじゃないが、大体デカい集団との戦闘の際は、聖貨を得られるのは全体での戦闘が終わってからだった。

 だが、この3体との戦闘は終了したが全体ではまだまだ継続中だ。


 にもかかわらず、聖貨をゲットか。

 全く歯ごたえの無い相手だったし、もしかしたら無関係のただ単に森に生息しているゴブリンだったのかな?


「今の森の状況だと考えにくいけど……まぁ、いいか。それよりも……っ!」


 落ちている棒切れを探すのはもう止めだ。

 俺は木の枝を切り落とすと、丁度いいサイズに【影の剣】で1メートルほどのサイズにカットした。

 そして、【猿の腕】を発動すると、その腕で枝を掴んで持ち上げだ。


 重さも取り回しも邪魔にならないし、これでいいだろう。


 掴んだ枝を何度か振り回して具合を確かめると、俺は先端に明かりを灯した。


「ほっ……と。うん、十分明るいね」


 大体10メートルくらいは視界が確保出来ているかな?

【妖精の瞳】とヘビたちがいるから、生き物の有無自体は把握出来ているが、やっぱり視界が広い方が安心出来るし、これで森の中の移動も捗るってもんだ!


「よし! 行くぞー!」


 俺は気合いを入れ直して、アレクを探して森の奥へと進んで行った。


 ◇


 森の奥目指して、時折遭遇する魔物を蹴散らしながら突き進んでいるが、中々アレクたちの痕跡が見つけられない。


 多分、下手に森の中を騒がさせないように、敢えて音を立てずに行動しているんだろうけれど、このレベルで静かにされてしまうと、俺が見つけることが出来ないんだよな。


 アレクからの要請では、森の中にいるから来てくれってだけだったし、テレサも森のどこにいるかまでは把握出来ていなかったんだよな。


 まぁ……俺なら見つけること自体は難しいことじゃないし、だからこそ俺を呼んだんだろうけれど。


「とりあえず、うろつきながら森の奥を目指すか。どうしても見つからないようなら、その時は上空から捜索だな」


 どう捜索するかの方針を決めた俺は、【浮き玉】の速度を一気に上げた。

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