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「セラ」


「うん?」


 フィオーラの肩を揉んだり叩いたりしていると、自分の席についているセリアーナが、ふと俺の名を口に出した。

 いつもより、少々低い声だし……これはそろそろ俺の出番かな?


「そろそろオレも出ることになりそう?」


「そうかも知れないわね。来なさい」


 何を見たのかはわからないが、どうやら俺の予想は当たりらしい。

 セリアーナは自分のもとに来るようにと、俺に向かって手招きをしている。


「はーい」


 俺はフィオーラの背中から離れると、セリアーナのもとへと飛んで行く。

 そのついでに窓の外を見るが、特に街に変わった様子は見えないし、街が襲われているとかそんな感じじゃなさそうだな。


「街に変わりはないわよ?」


「みたいだね。それでもオレを呼びに来るってことは……なんだろうね?」


「さあ? まあ、すぐにわかるわよ」


 そう言って、部屋のドアに顔を向けた。


 ◇


 間もなくドアがノックされたかと思うと、若干薄汚れた姿の兵が中に入ってきた。


 廊下は流石に走ったりはしないだろうが、ここまで随分急いでやって来たんだろう。

 屋敷には馬で来たんだろうが、まだ彼は息が整っていないようだ。


 そこまでのことなのかな……と俺たちは彼に視線を向けていると、息を整えもせずにそのまま口を開いた。


「失礼します! 2番隊の、アレクシオ隊長から報告です!」


 テレサじゃなくてアレクからか。

 ちょっと意外だ……と、セリアーナと顔を見合わせていると、オーギュストもそう考えたらしく、「テレサではないのか?」と訊ねるが、伝令の彼は首を横に振りながら答えた。


「はい。アレクシオ隊長からです。テレサ殿は冒険者たちの指揮を執っておりますが、あちらは指揮が上手く機能しておりました。森の外に広く布陣して、魔物を森から出さないようにしております」


「ふむ。まあ……妥当か。続けてくれ」


「はい。現在アレクシオ隊長が率いる隊が中心となって、森の奥に控えていた魔物の群れを討伐しております。魔物の群れは数こそ多いのですが、順調に減らせてはいます。ただ、どうしても群れを率いる個体を捕捉することが出来ずにいます。これ以上奥に行くと、森の外で事が起きた際に、察知することが出来るかがわからず、踏み込めない状況が続いています」


 戦闘自体は順調でも、相変わらずボスには辿り着けないか。


 もちろん、本気で追うことだけに専念したら可能なんだろうけれど、そもそも一番の目的は街を守ることだ。

 いくらテレサがいるとはいえ、あんまり奥まで突っ込んで行って街を危険に晒すのは駄目だよな。


「事情は分かった。それで?」


「はっ。森での活動にセラ副長を援軍に寄こして欲しいとのことです。戦闘は2番隊が引き受けますので、セラ副長には捜索と連絡役を頼みたい……と」


「なるほど」


 オーギュストは頷くと、こちらを見た。

 そして、その視線を受けながら俺はセリアーナを見る。


「いいわ。行って来なさい」


「りょーかい! アレクがいる場所は北の森の奥でいいんだね? 森の外にテレサがいるって言ってたし、そっちに聞いたらわかるかな?」


 俺はセリアーナに返事をすると、伝令の彼にアレクたちがいる場所を訊ねた。

 彼は頷くと「自分が案内する」と言ったが……。


「いいよ。オレは飛んで行った方が速いからね。君は少し休んでからおいでよ」


 場所さえわかれば、俺は真っ直ぐ飛んで行った方が速いしな。


「そうだな。休憩ついでに、もう少し詳しく魔物の情報なども聞かせてくれ」


 オーギュストはもう少し詳しく聞きたいようだし、彼のことはオーギュストに任せよう。


 俺の今の恰好は、昼間の見回りの時と同じだ。

 まぁ……防具くらいはどうにかした方がいいのかもしれないが、それで魔物を刺激してもいけないしな。

 戦闘はアレクたちに任せるつもりだし、俺には風がある。

 この恰好で問題無しだ!


「それじゃ、セリア様。ちょっと行って来るよ」


「ええ。まあ……上手くやりなさい」


 怪我とか加減の仕方とか色々かな?


「はいはい」


 俺は返事をすると、部屋の皆に軽く手を振って窓から飛び立った。


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「ふむ」


 屋敷から飛び立った俺は北門を目指して、街の上空を飛んでいた。

 その際に街の様子が目に入るんだが、大通りに面している建物以外の屋根にチラホラと明かりが見える。

 補修作業の職人と、それを補佐する1番隊の兵だろう。


「街壁の上の兵がいつもより多いけど……この分だと街の人に情報が漏れたりって心配は無さそうだね」


 隠ぺいと言うと少々響きが悪いかもしれないが、その甲斐あってか、とりあえず街は平常通りだ。

 情報も漏れていないし、外の戦闘も……気付いていないのかな?


 見れば外壁の上だけじゃなくて、街中を巡回している兵の数も普段より多いが、日が暮れて外に出ている住民も減っているから、気付かれていないんだろうな。

 いいことだ。


「よし……それじゃー、街に外の様子が知られる前に、とっとと解決しましょうかね……」


 今はまだ気づかれていないが、時間が経てば普段とは巡回の様子が違うことに気付く者も出てくるかもしれない。


 俺は「うむ」と頷きながら、【浮き玉】を一気に加速させた。

【祈り】を使っていないから目立つ心配はないし、人目を気にせず飛ばすことが出来る。

 何が幸いするかわからないな……。


 ◇


 さて、一気に街の外に出た俺は、北の森の手前まで飛んで行った。


「……ぉぉぉ。夜にこっちに来ることは無かったけど、改めて見ると結構な迫力だね」


 危険度といった意味では一の森の方がはるかに上なんだが、その分あそこは安全を確保するために、街道だったり開拓拠点だったり色々人の手が加わっていて、真っ暗と言うことは無い。


 ところが、北の森は一の森ほど危険じゃないし、良くも悪くも街が近い分あんまり中の方は人の手が加わっていないんだよな。

 精々、間に通っている街道くらいで真っ暗だ。

 ただただ真っ暗な森が広がっているってのは、上空から見ていても中々威圧感がある。


 ……あそこに入っていくのか。

 別に北の森の魔物なら俺の敵ではないだろうが。


「ちと気合いがいるな……おや? アレは……テレサたちかな?」


 森の側に下りるのを少々躊躇していると、森のすぐ南側から、東側にかけて篝火のようなものが何本も立っている。

 そして、その明かりに照らされる人の姿がいくつも目に入ったが、装備に統一性が無いし、何より徒歩だからアレは冒険者たちだろう。


「……先にテレサと合流しようかね」


 いきなり森に入ってアレクを探すよりも、まずはテレサと合流して、情報を仕入れることから始めた方がいいよな?

 決してビビっているわけじゃないぞ?


 そう自分に言い聞かせながら、俺は篝火の一つの側に下りることにした。


 ◇


「うおっ!? ……って、アンタか」


 上から下りてきた俺に、すぐ側にいた冒険者たちが驚きの声を上げた。


「あぁ……ごめんごめん。驚かせちゃったね」


【祈り】を使わない状態は、街の上空だと目立たずに済んでよかったんだが、こういう場だと駄目だな。

 ついついいつもの癖で動いてしまったが、魔法を使うなり事前に声をかけるなり、やりようがあっただろう。

 よく攻撃されなかったもんだ。


 俺たちのやり取りに、周囲の冒険者も集まってきた。

 ちょっと不用心な気がしなくもないが、彼等やこの周辺の様子を探ってみても、戦闘が起きた痕跡は見当たらないし、手持無沙汰なのかもしれないな。


 ここにテレサはいないようだが、とりあえず彼等にも話を聞いてみるか。


「アレクに呼ばれて来たんだけど、どんな感じ?」


「アレクの旦那が? ああ……そういや一騎森から抜けてきたのがいたな……。まあいい。俺たちはテレサ様の指示で森の南側に配置されたんだ」


「うん。上から見たけど、東側まで広がってたね」


 俺の言葉に頷くと、彼は東の方角を指して話を続けた。


「話が早いな。こっちには魔物は飛び出してきていないな。ただ、向こうの方では何度か戦闘が起きている気配はあったんだが、俺たちはこちら側で街を守る役割があったから、離れられなかったんだ。向こうがどうなっているのかはわからない。流石に被害が出るほどだったなら、こちらにも救援要請が来るはずだし、上手く片付けているんじゃないか?」


「なるほどー」


 とりあえず、こちら側には魔物が現れていないこと。

 そして、テレサは向こう側にいることがわかった。


 ココでの話はこの辺で切り上げて、移動しようかな!

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