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さて、報告を終えた後は、俺は一先ず執務室で待機することになった。
いつもはソファーでゴロゴロしているが、今日はまだもうひと働きする必要があるかも知れないので、寝転がらずにセリアーナの側で浮いたままでいた。
「……なんか人の出入りが増えてきたね」
騎士団や冒険者ギルドの人間じゃなさそうだが、普段ここを出入りしている者たちとは雰囲気が違う者たちが、先程から出たり入ったり。
入り口側の文官たちと話しているだけなので、内容まではわからないが……何かの手配かな?
念のため、小声でセリアーナに話しかけると、彼女も小声で答えてきた。
「商業ギルドじゃないかしら? 魔物の討伐は最優先だけれど、街の建物の補修作業も残っているでしょう? 彼等にはまだ外の件は知らせていないし、何が起きたのかの確認も兼ねて人を寄こしているんでしょう」
「なるほどねー……。今回はこのまま知らせないのかな? 1番隊の兵は街に残ることになるだろうし……」
住民に不要な情報を伝えて余計な混乱を起こさせるよりは、いっそ何も伝えず……ってのは割とよくあることだ。
今回の件の発端は外部の者だし、発覚したのは街の側だったとはいえ、時期と時刻が幸いして、住民で直接目にした者はいなかった。
それなら幹部陣はともかく、ある程度情報を制限してもいいだろう。
「アレクたちがバタバタしてるけど、今日も討伐任務に出てたしね」
「そうね。決して甘く見て良い事態ではないけれど、十分余裕をもって対処出来る範囲だし、知らせるのは片付いてからでもいいでしょうね。……あら?」
俺とセリアーナは、話をしながら互いに頷いていたんだが、ふとセリアーナが、部屋のドアに顔を向けた。
「誰か来た?」
「ジグハルトよ。任務を終えて帰還したようね」
俺の言葉に、セリアーナはさらに声を潜めた。
「セラ、お前が迎えに行って頂戴。まだ1階にいるわ」
「む。りょーかい」
ジグハルトがこの部屋を訪れるのは、そう頻繁にあることではないが、別にそんなに珍しいことではない。
ただ、任務完了の報告に騎士団本部に行っているのなら、そこで今何が起きているのかを説明されているはずだ。
この部屋では、外の人間がいる時にはその件に触れないようにと、口止めってわけじゃないが、一応口裏を合わせておいた方がいいだろう。
俺はセリアーナに返事をすると、すぐにドアへと向かって動き出した。
◇
執務室を出た俺はとりあえず階段に向かっていたんだが、その途中で通りがかった玄関ホールに視線を落とした。
この屋敷は、リセリア家の住居ってだけじゃなくて、リアーナの役所でもある。
だから、あの執務室以外でも仕事をしている部署があって、普段から人の出入りはあるんだが。
明らかに普段よりも多くの人が屋敷を訪れている。
それも、随分慌てた様子の者が多い。
雨季を間近に控えて……ってだけじゃないよな。
「……多いね」
人の多さに、ついつい【浮き玉】を止めていると。
「住民だって何かが起きているってことくらいは気付いているだろう。商人連中もだ。元からここに住んでいる連中なら多少は慣れているが……奴らは違うんだろうな」
いつの間にか2階に上がってきていたジグハルトが、横から声をかけてきた。
「ジグさん! ……どこから来たの?」
「下の訓練所から入って来たんだ。お前はこれから出るか?」
「いや……ジグさんの迎えだよ」
「俺の? 珍しいな。何かあったのか?」
その質問に答えようとしたのだが、何やら1階がざわついている。
玄関ホールのすぐ上というちょっと目立つ場所で、俺とジグハルトという目立つ人間が足を止めて話しているんだ。
まぁ……気付くよな。
「……む。ちょっと場所を変えよう」
「うん? ああ……そりゃ構わないが……」
「まぁ、大したことじゃないから」
何事かと訝しんでいるジグハルトに、俺は「気にしないで」と言うと、とりあえず1階に下りることにした。
2階に上がってきたジグハルトには申し訳ないが、警備の兵も含めて人が少ない場所で話をしたいんだ。
ちょっと遠回りをさせて貰おう。
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「そういえば……こっちの話の前にさ、ジグさんの方の討伐任務はどうだったの?」
移動を開始した俺たちは、すれ違う使用人や兵たちに適当に挨拶をしながら、間を繋ぐためにお喋りをしていた。
本館だと人が多いし、とりあえずこちらの話は南館に入ってからだな。
ってことで、ジグハルトの今日の討伐任務について話を振ってみた。
アレクたちの方は、多少は魔物を倒してきたそうだが、こっちはどうだったんだろう?
「あん? ああ……問題無く完了したな。昨日と同じく南側を見て回ったが、途中でルバンが率いる部隊と合流して、南への街道沿い一帯を見て回ったが……こちら側は昨日までで片付けられていたし、戦闘はほとんどなかった」
もしかしたら不完全燃焼だったのか、ジグハルトはどこか退屈そうな声でそんなことを言ってきた。
「あー……そんなもんかー」
まぁ、南側は北側ほど森が広くないし、魔物の生息数も少ないからな。
森の魔物を全滅させるわけにもいかないし、ここ数日狩って回った分だけで十分だろう。
「まあな。アレクの方はそれなりに魔物との戦闘があったんだろう? 冒険者ギルドに、あっちに同行していた連中が魔物を運んでいたぜ?」
「うん。荷物は彼等に任せて、先行してアレクたちだけ戻って来たんだよね。……っと、そろそろだね。おつかれさまー」
お喋りをしながら移動していると、本館と南館との間にある扉が見えてきた。
その前に立つ警備の兵に挨拶をすると、彼女はすぐに返してくる。
「お疲れ様です。セラ副長、ジグハルト様。談話室をご利用ですか?」
「うん。ちょっとね。すぐ向こうの執務室に行くから、もし誰か訪ねてくるようならそっちに通しておいて」
そう言うと、俺たちは彼女が開けた扉を潜り、南館へと入った。
◇
「それで」
南館に入って廊下をしばし歩いたところで、ジグハルトが口を開いた。
「このまま入り口で言っていたように談話室に行くのか?」
「いや、すぐ終わるしこのままでいいよ。ジグさんは北の森に、奥の方から魔物の群れが来てるってのは知ってるんだよね?」
「ああ。他所の商人が引っ張って来たんだろう? お前も討伐に出たんだってな」
うむ。
ちゃんとリックたちから説明を受けているようで、とりあえず今の状況は把握しているな。
「そうそう。オレはあんまり戦いには参加しなかったけどね。んで、その情報はどうも街の住民にはまだ伏せておくみたいなんだよね」
「下手に騒いで街の者を混乱させてもしょうがないし、妥当ではあるな」
「うんうん。ただ、それでも街の様子から何かを察したのか、執務室に商業ギルドとかから人が来てるんだよね。さっきの玄関のところにいた人たちは、そこまでは入れない人たちだったけど……」
「執務室にまで通される連中か。それで商業ギルドの幹部陣ってわけじゃないんだな? 確かに情報を伝えるには半端な位置だな」
ジグハルトは、苦笑いを浮かべながら答えた。
「そうなんだよね」
例えばこれが商業ギルドの幹部陣なら、リーゼルたちと繋がりが強いし実質彼の部下みたいなもんだから、情報を伝えたところでちゃんとこちらの言う通りに動くだろう。
なんといっても、リーゼルに従っておいた方が利益が大きいもんな。
ただ、それ以外の者の場合は、別に敢えて指示に逆らったりはしないだろうけれど、絶対に指示に従うかっていうとちょっと微妙だ。
リーゼルは上の連中はしっかり従えていても、それ以外は大分自由にさせている。
その方が手間はかからないし、結局商業ギルドの幹部陣を押さえている以上問題なんて起きやしないんだが、平時やそれこそ街の存亡にかかわるような緊急事態ならともかく、今回のようにそこそこの規模の緊急事態の場合はな……。
問題への対処中に、何かの弾みでそいつらから住民に情報が洩れでもしたら、余計な手間をかけさせられるかもしれない。
ってことで。
「一応ジグさんには、その辺のことを気を付けてもらおうと思ってさ。執務室にいてもらうけど、ジグさんは目立つでしょう?」
「聞き耳をたてられるか? まあ、否定は出来ないな」
俺は「うんうん」と、肩を竦めながら言うジグハルトの言葉に頷いていた。
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