603

1278


 西から現れた騎士団の援軍の上に到着した俺は、とりあえず隊長らしき者の前に降りることにしたんだが、その面子を見て少々驚いた。


「あれ? ……わざわざリック君が来たの?」


 その隊長格らしき男は、正真正銘1番隊の隊長であるリックだった。


 何だって彼がこんなところに……と、その考えがついつい声に出てしまった。


 わざわざ救援に来てくれたのに少々失礼ではあったが、リックは相変わらずのムッとした表情のまま、何ともない様子で答えた。


「この時期に北の森から魔物が出たのだろう? 当然だ」


「……ぉぅ」


 うむ。

 いつも通りだ。


「昨日アレクシオ隊長率いる討伐隊が北の森を回った以上、討ち漏らしは無いだろう。それなら森の奥の魔物が出てきたか……。群れを率いる魔物はいたか?」


 ともあれ、伝令はしっかり役目を果たしたらしく、リックたちもなにが起きたのかは、簡単にだが把握出来ているようだ。

 走りながら、今の状況を訊ねてきた。


「複数種の群れが統制の取れた動きをしてるし、ボスがいるのは間違いないと思うんだけど……まだ姿を見せていないね」


 俺はリックの言葉に、首を横に振りながら答えると、先程までの戦闘の様子を伝えることにした。


「なるほど……」


 一通り伝えたところで、またリックが口を開く。


「セラ副長なら倒しに行きそうなものだが……それは不可能だったのか?」


「不可能かはわかんないけど、オレは今【祈り】も【緋蜂の針】も使えないからね。ちょっとコレだけでよくわからない相手を追う気にはならないよ」


【影の剣】を付けた右手の人差し指を伸ばしながら、リックに見せた。


「……確かに、それでは間合いが短すぎるか。となると……副長のヘビたちも同様だな? わかった。一先ず森から出てきた魔物を一掃する。指揮は私でいいな?」


「うん。お願いするよ。オレは冒険者たちの方に交ざって適当に動くから」


「ああ。2番隊での普段の動き方で構わん」


 リックはそう言い放つと、槍を振りかざして「行くぞ!」と叫び、兵たちが囲んでいる輪の中に突撃していった。


 それじゃー……俺も冒険者たちと合流するか。


 俺は戦場となっている場所を大きく避けるように南に回り込みながら、向かいの東側へと飛んで行った。


 ◇


「いやー……一気に減ってくね。巡回部隊の方はもう完全に包囲にだけしか参加してないし、この分なら余裕かな? そろそろ俺も降りるか」


 リックに指揮を任せた俺は、援軍の冒険者パーティーと合流した。


 合流してすぐに彼等から話を聞いたんだが、弓に加えて魔法もそれなりに使う者たちで、もちろん剣や槍と言った近接武器での戦闘も行えるが、遠距離中距離からの援護の方が得意らしい。

 詳しくは聞いていないが、どうやらメインで戦うのは騎士団だから、援護に長けた者たちを選んでくれたようだ。


 んで、リック率いる騎士団側の援軍は、魔物との戦闘用の装備をしているだけあって、包囲の中に入り込んで、直接魔物を倒していっていた。


 元からいた巡回部隊が、逃げようとする魔物を包囲の中に追いやって、増援の冒険者組が包囲の外から魔物に牽制を入れて、リックたちが止めを刺す。


 そのバランスが取れた連携で、ドンドンと魔物の数を減らしていっている。

 俺も戦闘に参加する気はあったんだが、何というか……出る幕が無い。

 ってことで、俺は上空で戦況を観測する役に徹していた。


 まさか俺が現場にいるのに戦闘に参加しないって事態が訪れるとは思いもしなかったな……。


「それにしても、リック君もやるもんじゃないか。あんまり彼が戦っているのを見たことは無かったけど……隊長を任されるのは伊達じゃないね」


 下の戦いを眺めているが、今のところ討伐数が一番多いのは、恐らくリックだろう。

 ゴブリンもオオカミも、槍でバンバン貫いていっている。


 連れてきた他の兵たちも悪いペースじゃないし……これならもう数分もせずに全滅させられるだろう。


 だが。


「……増援を出してくる気配は無いか。魔物が近くに止まっているのは何となくわかるんだけど、どうするかな?」


 森にはまだまだ魔物の気配はあるんだが、先程のように増援を繰り出してくる様子は無いし、群れのボスが現れる様子も無い。

 このまま終わるのかな?


1279


「生き残りは!?」


 槍に刺さったゴブリンの体を、ふるい落としながらリックが叫ぶと、包囲の東側で戦っていた兵の一人が駆け寄っていった。


「……隊長! こちらは全て片付きました。残りも」


 上から見ていたが、リックはずっと先頭で走り回りながら目につく魔物に仕掛けていて、止めは他の者に任せていたからな……。

 そこらへんは、聖貨や素材の獲得にこだわる必要が無い騎士団ならではの戦い方だ。


「冒険者たちはどうか?」


「はっ。包囲から抜けた魔物はおらず、外への被害は出ておりません」


「そうか……。セラ副長!」


「はいはい。聞こえてるよ」


 リックの声に答えながら、俺は彼等のもとに下りて行った。


「いやー……オレが戦闘に参加する隙が無かったね」


「構わん。我々だけで手が足りていたのに、無理に参加する必要は無いだろう。その代わり、上から見ていたな? 討ち漏らしはないはずだが、どうだ?」


「うん。まだ息があるのはいるけど、どれも瀕死だよ。包囲からは抜けていないし、とりあえず森から出てきた魔物は全部倒してるね。それで……」


 俺はそこで言葉を中断すると、ジッと北の森を見た。


 戦闘時には森の端にチラホラ見えていた魔物たちが、今はすっかりいなくなっている。

 ボス共々引き上げたか。


「森に潜んでいた魔物たちは下がったか?」


「うん。戦闘が終わりそうになった頃に纏めて森の奥に下がって行ったよ。……追う?」


 今から追えば、まだまだ間に合うかもしれない。

 相手がよくわからない状況で、魔物を追って森に入るのは少々危険ではあるが、これだけの戦力が揃っているのなら、まぁ……大丈夫だろう。


 だが、リックは首を横に振ると、後ろを振り向いた。

 リックの視線の先には、避難していた連中の姿がある。


「いや、まずは死体の処理と、あの連中を尋問することが先だ」


 そう言うと、リックは兵たちに指示を出し始めた。


 尋問って言葉はあまり穏やかじゃないけれど、それでも連中が何か知っているかもしれないし、ここはしっかり聞き出して貰わないとな。

 俺はリックの背中を眺めながら、そんなことを考えていた。


 ◇


「よう、副長」


 リックたちの作業を眺めていると、横から俺を呼ぶ声がした。


「うん? やー、お疲れ様。急な要請でごめんね。助かったよ」


 声をかけてきたのは、救援に駆け付けた冒険者たちだ。

 見た感じ……多少の疲労の色はあっても、傷を負った様子は無い。


 まぁ、俺が見た限り魔物は包囲を抜けていない。

 彼等はその輪の外からの遠距離攻撃がメインで、直接魔物とぶつかることは無かったし、当たり前か。


 ともあれ、話しかけて来た冒険者は、俺の言葉に笑って答えた。


「大したことねぇよ。騎士団の連中が魔物を抑え込んでいたしな……アンタが一緒にいるが、アレは1番隊だよな?」


「うん。街の巡回していた部隊と、そっちと一緒で救援に来た隊だけど、どっちも1番隊だよ」


「……アイツら魔物相手も動きは悪くないな」


「ね。まぁ、訓練自体はいつもしてるし、アレくらいなら余裕なのかもしれないね」


 彼は「それもそうか……」と肩を竦めると、打って変わって真面目な表情で話しかけてきた。


「ダンジョンも使ってるしな……。まぁいい。それよりも、追わないのか? アレだけの群れなんだ。率いているのがいたんだろう?」


「そうだな……俺も牽制をしている間森を見ていたが……何かが潜んでいた気配はあったな」


 どうやら冒険者の中には勘がいい者もいるようで、潜んでいることに気付いた者もいた。

 それに、元々この辺で活動している冒険者だ。

 あの魔物たちを見て、どんな群れなのかって想像出来るんだろう。


「うん……と言っても、オレもなにかがいるってのしかわからないけどね。リック君にはそれを伝えたけど、とりあえず、事態の把握を優先するって」


 先程のリックの言葉を彼等に伝えていると。


「セラ副長!」


 兵の一人が、俺の名を呼びながらこちらに駆け寄って来ている。


「リック君からかな……? ちょっと行ってくるね」


 リックたちは商人たちを尋問していたんだが……何かわかったのかな?

 とりあえず、冒険者たちに周囲の警戒を任せて、俺はリックたちのもとに急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る