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 騎士団本部で1番隊の隊員たちと合流した俺は、さっそく巡回へと出発した。


 ちなみに、今日もこれまでと同じルートを辿っている。

 まぁ……街の巡回で、そんな斬新なルートなんてあるわけないし、同じになるのは当然でもあるか。


 んで、3日目ともなれば住民にとってもそろそろお馴染みになって来るのかもしれない。

 それか、雨季に入る直前の最後のイベント的な扱いなんだろうか?


 昨日と一昨日よりも、俺たちを見ようと通りに出て来ている者たちの数はずっと多い。

 このペースだと、街の巡回が終了するのは昨日よりも遅くなるだろうな。


 さて……それはそれとしてだ。


「…………」


 今日も先頭にいる俺は、チラっと後ろを振り返り隊員たちに視線を向けた。

 そして、彼等に向かって声をかけた。


「君たち……緊張しすぎじゃない?」


「はっ……いえ、申し訳ありません」


 隊員の一人が、申し訳なさそうにそう言って来るが、その表情は随分と緊張している。

 昨日も一昨日も多少は緊張していたが……その比じゃないな。

 俺たちを見に通りに出てきた住民たちも、その緊張が伝わっているのか、ちょっと遠慮しているように見える。


 しかし……彼等のこの感じ。

 これはもしや?


「リック隊長から何か言われた?」


 リックは直接領内の政策に携わる身じゃないが……セリアーナたちよりも頭が固いもんな。


 昨日はセリアーナたちも色々考えこんでいたし、今日も時折何かを考えこむような姿を見せていたが、彼女の場合は気軽に相談できる相手がいる。

 だが、リックの場合は同格の相手と言ったらアレクくらいだ。

 一晩悩んで、変な方向に思考がひねくれたりとか……してないよな?


 大丈夫とは思うが、ついつい気になって聞いてしまった。


 聞かれた彼は、少々躊躇うような素振りを見せたが、俺が「うん?」と促すと口を開いた。


「この巡回任務に関しては、あくまで日常の業務の一環ですし、これまで特に隊長から何かを言われることはありませんでした。セラ副長が同行することになった初日だけ簡単な指示がありましたが、それくらいでした。ただ……今日は朝から住民相手に気を抜いた姿を見せるな等の注意があって……」


「あらぁ……。別に君たち普段から街を移動する時に気を抜いたりしてないのにね……」


 やっぱリックも色々気にしていたか。

 ただ、具体的にどうしていいかわからないから、とりあえず住民に隙のある姿を見せないように……とだけ指示を出したってところかな?


 まぁ、別にその指示は間違っちゃいないんだろうが、折角打ち解けつつあったのにまた溝が出来かねない。

 これはよろしくないよな。


「ふむ……。とりあえず、その指示は無かったことにしていいよ」


「は? よろしいのでしょうか……?」


「いいのいいの。今はこの巡回部隊の隊長はオレだし、オレの方針に合わせてよ。ほら、向こうの人とかこっち見てるし、手でも振ったら?」


 もし1番隊の動向を街中の人間が注目していたり……とかだったら、流石に俺もこんな指示は出さないが、幸いあんまり気にしていないっぽいし、それならこれくらいは別にいいよな?


 俺の指示に従って、慌てて手を振る兵たちを見ながら、俺はそんなことを考えていた。


 ◇


 街の巡回は滞りなく進んで行き、中央通りを通りながら東門が見える場所までやって来た。

 そして、そこから道沿いに北に向かうんだが、中央通りから離れたことで通りに出ている住民の数も減ったし、ようやく話をするだけの余裕も出てきた。


 ってことで。


「そういやさ」


「は?」


「昨日の職人の支援の件ってさ、君たち的にはどうなんよ」


 セリアーナたちからは直接話を聞いたし、間接的にではあるが、隊長のリックの反応も聞いてはいるが、肝心の当事者である1番隊の隊員たちの話を聞いていないことを思い出した。

 ちょうどいい機会だし、彼等にも話を聞いてみようと思う。


 今同行している連中の中に照明係に派遣された者がいるかどうかはわからないが、急に入ったイレギュラーな割に別に秘密の任務ってわけじゃないし、本部で話くらいは聞いているんじゃないか?


 彼等もリック相手ならともかく、俺にならあんまり気張ったりせずに、素直に答えるかもしれないしな!


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「リック隊長が、1番隊を住民と距離を取らせている理由はわかっています。商業ギルドと繋がりの深い我々が、任務中に住民と交流することでの、余計な勘ぐりを避けるためでしょう」


「みたいだね」


「はい。確かに我々の活動方針だと接する機会がありませんし、住民からも恐れられているのかも知れませんが、セラ副長が所属する2番隊が冒険者と共に活動することで補えています」


 俺たちの会話を聞いていたらしく、さらにもう一人加わってきた。


「そうですね。どのような形であれ、領民の役に立てるのならば本望です」


「ふむ」


 模範的な言葉を口にする彼等に、とりあえず頷いたが、どうやらまだ続きがあるらしい。


 彼等は何となく互いの顔を見て、ついでに後ろからついて来ている兵たちを見ると、「ですが……」と呟くと。


「正直なところ、我々もこの街で暮らす身ですし、あまりにも住民と距離が開きすぎていることが気になってはいました。1番隊全員の顔が知られているわけではありませんが、住民同士の噂等でそれとなく伝わったりもしますしね」


「それは……そうだよね」


 リックを始めとした幹部陣は騎士階級でお貴族様だし、住んでいる場所がそもそも違ったりもするし、大半が使用人を雇っていたりもするから、普段の生活で街の人間と接する機会は滅多にない。

 ところが、彼等のような一般兵だとそうはいかない。


 もちろん彼等だって、街の中でも貴族街よりのちょっといいところだったり、あるいは騎士団の宿舎だったりに住んでいるしで、多少は距離があるが、それでも幹部陣のように使用人に全てを任せたり……なんて暮らしぶりじゃないし、街の住民とも接することもある。


 そうなって来ると、どうしても住民間でその情報は広まったりもするよな。


 んで、そうなって来ると比較されるのは2番隊とだが……なんと言っても2番隊は街のアイドル的存在だ。

 多少なりとも並べるのは、冒険者のトップ連中くらいだろう。


「ウチと比べられたらキツイよね……」


 一応俺もその一員ではあるが、とりあえずそれは置いておくとして……俺は彼等に向かって労うような声でそう言った。


 それを聞いて「ハハハ」と笑うと、明るい表情でこちらを見た。


「そこは役割の分担だと納得しています。我々では2番隊の代わりは無理ですからね。ですが、今回のように好意的に見られる仕事で役に立てるのも悪くはありません。自分たちは参加しませんでしたが、昨日作業の支援に参加した者たちも、そう言っていました。……もちろん、隊長たちには言えませんが」


「あ、やっぱり隠しておいた方がいいの?」


「わかりません。ただ、どうしても職人の下働きに見えなくもないですし、まず無いことでしょうが、1番隊が軽んじられるようになるかもしれないと、隊長たちは警戒しているようです」


「なるほどねー……」


 リック辺りがどう考えているのかは昨日の話で何となく予想は出来ていたし、それに関しては俺が関わることじゃないから気にしなくてもいいんだが……意外と1番隊の隊員たちの考えが柔軟なんだよな。


 今までのことを考えると、彼等もリックみたいに厳格な連中なんかじゃないか……って思っていたんだが、誤解してたかな?

 今回の件は、今日明日にでも終了するだろうけれど、意外と住民サービス的なことも1番隊に任せてもいいのかもしれないな。


 もちろん、リックが懸念しているように、1番隊の格というか立ち位置が変わったりしないように気を付ける必要もあるが……意外と住民は1番隊の動向とか気にしていない可能性が高いってのが今回の件でわかったりもしている。


 慌てて何でもかんでも話を進めるのもよくないだろうからすぐにってことはないが、それでも雨季の間に一つか二つくらい考えてもらえないか……って提案するくらいならいいかもな。


 住民からの支持が分散して、2番隊の人気や住民からの支持が下がったりもするかもしれないが、2番隊が受け持っていた、頭を使うような不慣れな仕事を1番隊に投げられるかもしれないし、騎士団的にはマイナスにならないだろう。


 そもそも排除されたりってことはないし、割とこの考えは有りかもしれない。


「……ふむ」


「どうかしましたか?」


 別に隠すようなことでもないが……彼等にまたリックからのプレッシャーが増すかもしれないし、ここははぐらかしておこう。


「お? いや、何でも無いよ。さ、次のところに行こう!」

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