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「セラ」


「お? ほいほい」


「お前の提案だが、リックは大分気にしていたぞ」


「む? 照明係? アレに関してはギルドの人たちがそれぞれ説明するって形になったって聞いたけど……」


 俺はアレクの言葉に首を傾げた。


 もちろん彼にもかかわりがあることだし、気になるのはわかる。

 俺も思っていた以上に大事になっている気がして、少々ビビりはした。


 だが、騎士団や1番隊が手を煩わせる機会が減るように、各ギルドに説明等を上手いこと振り分けていたし、そんなに気にするようなことはあったっけ?


 アレクは俺の表情を見て苦笑しながら口を開いた。


「討伐任務から街に戻って下の本部に向かう際に、部下が街の様子に違和感を覚えたんだ。俺は初めは気にならなかったんだが……中央通りで住民に声をかけられて、その対応をしている際に、普段は見えない位置に明かりが見えていることに気付いたんだ」


「俺も同行していた冒険者が気付いたんだが……俺もお前も屋根の上は意識していなかったな」


 ジグハルトの言葉に、アレクは「そうですね」と同意して、二人で笑っている。


 この二人の場合は周囲の人間に意識を向けることが多いだろうし、わざわざ何の騒動も起きていないのに、建物を見ることは無いのかもしれないな。


 二人が気付かなかったのはちょっと意外だが、理由を考えるとそれなりに納得出来るものではある。


 まぁ、それはそれとして、アレクに話の続きをしてもらおう。


「んで? 屋根の件に気付いてどうしたのさ」


 リックがどうしたのかも気になるが、まずは街の様子からだ。


「お? ああ……声をかけてきた住民やその周りの者たちに軽く聞いてみたんだが、今日の時点で住民には影響は無かったみたいだな。出歩くような時間じゃなかったってのもあるかも知れないが、1番隊の役割は別に隠しているわけじゃないし、それなりにウチの内部事情に詳しい者なら今回の件は緊急措置だってわかるだろう。雨が降る前に作業が無事完了しそうで良かったと喜んでいたよ」


 元々1番隊はいい意味でも悪い意味でも実績があるわけだし、たかが職人の作業の支援程度で、住民からの評価が大きくが変わることは無いってことだな。


「あら? 思った以上に落ち着いているのね。少しは慌てる者が出てもいいとは思ったのだけれど……」


 セリアーナは小さな声でそう漏らした。

 彼女も街の人間に少しは影響があるかも……と思っていたのかもしれないな。

 それが、予想以上に影響がなかったことに、驚いてるのかもしれない。


「セラの巡回も合わせて、ずっと続くようなら余計なことを考え出す奴らも出てくるかもしれないが……時期がよかったな。作業は長引いても明日明後日で終わるし、1番隊と接触しようにも、雨が降っている間はそれは不可能だろう。雨が止んだらまた元通りの活動に戻るだろうし、次にその機会が来るとしても、それは秋だ。その頃には他所から来ている連中の顔ぶれも変わるだろうし、仮に残っていたとしても、何ヶ月もここで暮らしていたら1番隊がどんな連中かってのもわかるだろう?」


 そう、セリアーナに説明するジグハルト。


 その彼を見て、アレクは深く頷いているし、どうやら二人の考えは同じってわけか。

 それなら……。


「リックはどう考えてたの? なんか気にしてたみたいだけど……」


「アイツも似たようなもんだな。一時的とはいえ、今までの自分たちとは違う行動をいきなりする訳だし、住民がそれをどう受け止めるかを気にしていた。わざわざアイツの部屋で、そこで働いていた者たちを下がらせてまで、住民がどう反応していたかを聞かれたな」


 アレクの話はまだ途中のようだが、セリアーナたちは彼の話に「当然のこと」と頷いている。

 何でもかんでも街の住民の反応に応えるのは間違っているが、それでもある程度は把握しておかないとな。


 俺も頷きつつ、それじゃー続きは……と、アレクを見るが、何やら先程までと違って言葉を迷っている様子だ。

 その彼を見かねたのか、苦笑しながらジグハルトが口を開いた。


「まあ……なんだ。要は、街で暮らす者にとって悪いことじゃないのなら、一々その程度の変化を気にしたりはしないってことだろう。リックもアンタたちも、ちと自分たちのことを重要視しすぎたな」


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「セリア様なんか静かだね。どうかした? ……セリア様だけじゃなくて、テレサたちもだけど」


 報告会も終わり、俺たちは部屋へと戻ってきた。


 ジグハルトはフィオーラと共に自宅へと帰っていったんだが、アレクはオーギュストに話があるとかで、リーゼルの部屋へと向かった。

 んで、エレナは話が終わるまでここで待つってことで一緒に部屋にいるんだが……なんか三人とも静かなんだよな。


 別に普段から彼女たちがうるさいとかそんなことは無いんだが、それでも無言になることは滅多に無い。

 報告会の前はそうでもなかったんだが、何か彼女たちが黙り込むようなことってあったっけ?


「さっきの話で引っかかることでもあったの?」


 後はもう寝るだけだし、今日聞かなくてもいいのかもしれないが、折角エレナとテレサもいるんだ。

 この三人はなまじ頭がいいだけに、時間を空けると勝手に自己解決するかもしれないし、今のうちに聞いてしまうのもいいだろう。


 三人は俺の言葉にそれぞれ視線を交わしている。

 そして、セリアーナが小さく溜め息を吐くと、窓際を漂う俺に向けて手招きをした。


 俺がソファーに降りると、セリアーナは「セラ」と口を開いた。


「お前はさっきの……アレクとジグハルトの話をどう思ったかしら」


「アレクたちの話? あぁ……あの今回の1番隊のことに、住民はあんまり興味ないとかそう言うこと?」


 セリアーナは、俺の言葉に「そうよ」と頷いた。


「うーん……そんなもんじゃない? 今までもそうだったでしょう?」


「私たちと直接関わることのない者たちなら、上の動向を気にしていないことはわかっていたわ。ただ……今回の件は多少なりとも上の者とも関わる機会がある者たちですらそうだったのよ?」


 そして「はぁ……」と溜め息を吐く。


「ふむ……」


 どうやらセリアーナは、一般市民だけじゃなくて、住民の代表格ですら自分たちの政策に興味が無いんじゃないか……と受け止めたようだな。


 エレナとテレサの二人も一緒みたいだ。

 何だかんだで皆貴族階級の生まれだし、今までも何回か似たようなことがあったが、これが生まれの差か。


「ふぬ……何となく言いたいことはわかったよ。でもさ、今回のはジグさんたちも言ってたように、一時的なことだって皆もわかってるんでしょ? 他所から来てる人たちがどう動くかまではわからないけど、ギルドからも話があったらしいし、街の人たちにとってはそれで十分だったんじゃない? 信頼されてるんだって思おうよ」


 別にこれはお世辞だとか、ましてや話をはぐらかそうだとかそんなつもりで言っているんじゃない。

 本心で言っている。


「……そういうものかしら」


 だが、セリアーナたちは、そう言ってはいるがどうにも気が晴れないようだ。

 まぁ、中々自分たちに関する住民のアクションを感じる機会ってのは無いし、それだけに、想定していた反応と全く違ったことに戸惑っているのか。


 わからなくもないが……でもなー。


「そんなもんそんなもん。別に暮らしが悪化するとかそんなことじゃ無ければ、とりあえず見守ろうってなるよ。去年の戦争の時のが影響は大きかったはずなのに、結局元通りになってるしね」


 今回の件はその戦争の影響で資材の調達が遅れたから……ってのが発端ではあるが、それでも事態は解消に動いているし、リセリア家への信頼は揺らがないだろう。


 とは言え、彼女たちが気にしているのもわかるし……俺が「大丈夫大丈夫」って言っても、あんまり意味はないだろうな。


 そんなことを考えつつも、他に言う言葉が無いから「気にしない気にしない」と軽い口調で彼女たちに向かって言っていた。


 ◇


 さて、報告会なんぞがあった翌日昼。

 今日も1番隊の巡回に同行するため、騎士団本部に出向いていた。


 そして、本部前で出発の準備をしていた1番隊の兵たちが、俺の姿を見ていつも通りに挨拶をしてくる。


「セラ副長、本日もよろしくお願いします!」


 いつも通りの挨拶ではある。

 だが。


「はいはい。まぁ……いつも通りだよ。気負わず行こー」


 何となく、この2日間よりも彼等の言葉に力が込めらていることに気付いた。


 これはリックに何か言われたのかもしれないな。

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