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1266 side アレク その5


 騎士団本部でのリックとの話を終えたアレクは地下通路を通って、屋敷へと戻っていた。


 報告をするために執務室に向かうが、その歩みは、通常の彼の歩く速度よりも遅い。


 そして、普段よりも多くすれ違う警備の兵や使用人たちに、律儀に挨拶を交わすついでに様子を見た。

 騎士団本部だと、1番隊の兵たちはどこか落ち着かない様子だったが、こちらではそう言った素振りは見せていない。


「……屋敷内は影響は無いか」


 廊下を歩きながら、アレクは呟いた。


 屋敷で働く者は、セリアーナの部屋がある南館を除けば、リーゼルの関係者や、商業ギルドから紹介された者がほとんどで、その中には1番隊の縁者も含まれている。


 だから、当然屋敷内でも今日のらしくない1番隊の活動も知られているはずなのだが……


「俺やリックの考え過ぎだったのかもしれないな……」


 気を取り直したアレクは、執務室へ向かう足を速めることにした。


 ◇


「……む? セラはいないのか」


 執務室に入ったアレクは、まずは部屋の中を見渡すが、セラの姿が室内には無かった。


 大抵の場合、セリアーナの仕事が終わるのを、ソファーで寝転がっているか、部屋の中を漂うかして時間を潰しているのだが……今日は違うらしい。

 部屋にいないのは昨日もそうだったが、昨日はセリアーナも既に部屋に戻っていた。

 今日はまだセリアーナはこちらで仕事をしているし、別行動をするのは珍しい……と、ドアのすぐ側で足を止めていると、奥から自分を呼ぶ声がした。


「やあ、アレク。ご苦労様」


 声がした方を見ると、何やら文官たちと打ち合わせをするために、自分の席から離れた場所にいたリーゼルが、こちらに向かって手を挙げていた。


「ただいま、昨日の任務の続きから戻りました。その報告なのですが……後で書面で提出しますか?」


 リーゼルがいる机を見ると、文官たちが資料を広げている。

 何の話かは分からないが、少なくとも「魔物を倒してきた」で終わる自分の報告よりは重要度は高いだろう。

 自分の分は後でも構わないし、そもそも報告するほどのことでもない


 アレクは一旦部屋を出ようとしたが、その様子を見ていたオーギュストが、席から立ち上がるとこちらに向かってきた。


「アレクシオ隊長、それは私が聞こう」


「うん? わかったが……場所を変えるのか?」


 オーギュストは「ああ」と答えると「行こう」と先に部屋を出て行った。


 ◇


「……部屋を変えるのはいいんだが、ここで話すようなことなのか?」


 二人がやって来たのは、執務室のすぐ近くにある会議室だ。


 他の部屋のように、資料が収められた棚なども無く、ただ机があるだけの簡素な部屋で、普段はここを使う者はおらず、それだけに、使用人も滅多にここには近づいたりはしない。

 内密な話をするならいい部屋ではあるが、たかが任務を終えた報告でここを使うだろうか。


 そのアレクの言葉に、オーギュストは肩を竦めている。


「2番隊の任務に関しては問題無い。君たちが帰還したと同時に執務室にも報告は届いている。ご苦労だったな。もう今日で完了か?」


「いや……まだ見れていない場所はあるな。もちろん、もう大半を見て回ったし、一の森に関しては魔物の心配は無いと思うが……」


「そうか。なら、明日も頼む」


 オーギュストはそう言って立ち上がると、窓へと歩いて行った。

 窓は東側に設置されていて、昼間なら街の景色がよく見えているが、夜になると窓から漏れる明かりが微かに見える程度だ。


 だが、今日は建物の屋根に小さな明かりがいくつも見える。


「アレに関しては聞いたか?」


「ああ。セラが要望を出して、アンタや旦那様も飲んだんだってな。リックから聞いたぜ。リックも気にしてはいたが……下の本部連中はともかく、屋敷の方は影響は無いようだな」


「たかが職人への支援だ。敢えて隠すようなことでもないし、彼女の発案であることは、屋敷の者たちに伝わっているからな。1番隊の変節に動揺するようなことはないだろう」


 オーギュストは笑っていたが、ふと表情を引き締めると、「住民の様子はどうだった」と聞いてきた。


1267


 俺がセリアーナの部屋に戻ってしばらくすると、仕事を終えたらしいセリアーナが、テレサとエレナを連れて部屋に戻ってきた。

 いつもよりも戻ってくる時間が遅かったが、何かあったんだろうか?


「お疲れ様。忙しかったの?」


 その俺の言葉に、セリアーナは答える代わりに苦笑している。


「……どしたのさ」


 結局何も答えずにソファーに座ったセリアーナに、再度何かあったのかと訊ねると、彼女の代わりにテレサが口を開いた。


「姫が提案した、1番隊の職人への支援の件ですよ」


「支援……アレのこと?」


 テレサの言葉に「はて」と首を傾げた。


 職人の夜間の作業の照明係として、1番隊か魔導士の派遣出来ないかをリーゼルに言ってみたんだ。

 街の住民相手の好感度のアップにもつながるし、可能なら1番隊がいいとは思っていたが、今までの1番隊の活動を考えるとそれは難しそうだし、多分魔導士たちが引き受けることになりそうだな……と思っていたんだが、意外にもリーゼルとオーギュストの二人が許可を出してしまった。


「出してしまった」って言い方はちょっと違うか。

 ともあれ、その1番隊の支援活動が何かあったんだろうか?


「リック隊長の方針で、1番隊は領都の住民だけではなくて、領民全体と不用意に近づき過ぎないようにコントロールしていました。その結果、少々溝が深くなりすぎてはいましたが……それでも、お陰で不正問題などからほど遠い組織です」


「新興の家だと、どうしても統制が緩みがちらしいからね。彼等が厳しく律してくれているお陰で、リアーナの経営は健全だよ」


 テレサの言葉にエレナも続いた。


 2番隊の隊員は元冒険者って経歴の者が多いから、手続きとかちょっとスルーしたり甘く処理したりってのもあるが、その分1番隊が厳しく見てくれているから、冒険者界隈も基本的にクリーンに保たれている。


「もしかして、下手に住民と関わらせない方がよかった……かな?」


 ただでさえ街の巡回に俺が同行するようになったし……リーゼルたちが即答しなかったのもそこら辺が理由だよな?


 改めて考えてみると、だんだん不安になってきた。

 だが。


「今更その程度でどうこうなる組織ではないわ。私たちも1番隊の者たちもそれはわかっているはずよ。問題は、今まさにお前が考えていたように、外の者が勝手に考えすぎてしまうことよ。今まで1番隊と関わる機会が少なかった者……特に他所から来た者たちが、どう受け止めるかよね」


「む」


「1番隊が乗らない以上は問題が起きることは無いのだけれど、それでも、そんな連中の相手をするのは面倒なの。だから、商業ギルドや冒険者ギルドの者たちを呼んで、作業について説明をしていたの。もしかしたら、秋や来年以降も任せるかもしれないでしょう?」


「ギルドのお偉いさんたちに説明を任せるんだね」


「ついでに監視もよ」


「なるほど……」


「それとは別口で、アレクが討伐任務の帰りに、住民やリックともその件について話をしたそうだし、聞きたいことがあるのなら夕食後にでも聞いてみなさい」


 そう言うと、セリアーナは着替えをするのか、席を立って寝室へと歩いて行った。


 ◇


 さて。


 夕食も終えて風呂も入り後はダラダラするだけの時間になったが、今日は1階の談話室に皆で集まって、今日のそれぞれの話をしていた。

 俺たちの話はすぐに終わり、


 アレクとジグハルトは、それぞれ別の隊を率いて魔物討伐を行っていた。


 アレクは冒険者ギルドで騒動を起こした冒険者たちと共に東の一の森から北に回り、ジグハルトは若手の冒険者と共に南から西にかけてグルーっと周って……。


 戦力を考えたら逆の方がいい気もするが、下手に強力な魔物が襲ってくる可能性のある一の森にジグハルトが行くと、場合によっては大惨事になりかねないかららしい。


 ……森が燃えちゃうと大変だもんな。


 そんなスケールの大きい理由に納得しつつ、彼等の話を聞いていた。

 そして、討伐任務の進捗は順調で、ほぼほぼ完了しているんだとか。


 一応備えはしていたが、人手が足りずにギリギリかも……とか話していた割に、何だかんだでしっかり間に合ったな。


 そして、感心する俺を他所に、アレクは次の話題に移っていた。

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