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「む? ……アレは?」


 巡回場所を北街に移してしばらくの十字路に差し掛かったところで、兵の一人が何かに気付いたらしい。

 小声で呟いたかと思うと、馬を止めて辺りの様子を探るように見渡している。


 俺も同じく辺りをキョロキョロとしてみるが、特に変わりがあるようには思えない。

 まぁ……この辺りに来るのは、この巡回に付き合うようになってからだし、違いに気付けるほど詳しいわけじゃないから仕方がないと言えばそうだが……。


「何か見つけた?」


 他の兵たちはどうかも気になるが、とりあえずどうしたのか把握しておくかと、俺は十字路の方を睨んでいる兵に、訊ねることにした。

 彼の視線の先は、北門から繋がっている通りがあるんだが……。


「はっ……。いつもですと北門を利用する住民や警備の兵の姿があるはずなのですが、それが見当たらないのです」


「うーん……? そう言えば人気が無い気がするね……。いつもならもう少しいるはずだけど。どうかしたのかな?」


 もう間もなく雨季に入るし、例年通りなら他領から街にやって来る者の数は減っているだろう。

 だが、その分この領都やその近くの村や街に住んでいる者が、急いで領都での用事を済ませようとするから、結局人の出入りにそこまで差はないはずだ。


「まだこの時間なら、街の外から入って来る人は……いるよね?」


 上を見ると、まだ日は高く出入りを控えるような時間じゃない。


「ええ。すいません、ルートを変更しても構わないでしょうか」


「うん。オレは中に入るから、誰か前に行ってよ」


 隊列の真ん中に移動すると、念のため【妖精の瞳】を発動しながら俺はそう指示を出した。


 これが万全の状態なら、【祈り】も発動した上で一人で突っ込むんだけどな……。

 余程の事件でも起きているならともかく、今はまだただ人気が無いってだけだし【風の衣】だけでいいだろう。


「はっ。それでは自分が!」


 異変に初めに気付いた彼は、先頭に回ると「行くぞ!」と一声出すと、馬を一気に走らせた。


 ◇


「何も変わりはない……かな?」


「ええ。屋内にいる者たちにも変わりはありませんし……」


 北門に向かって通りを走っているが、もちろんただ移動しているだけじゃない。

 街の様子にも目を配らせている。


 んで、特に変わった様子は無い。

 確かに、通りには外から街に入ってきた者や兵たちの姿は見えないが、精々それくらいだ。


 建物の中から顔を覗かせている者たちがいるにはいるんだが、街中にもかかわらず集団で馬を走らせている俺たちがその原因になっている。

 ただ単に、たまたま人も兵も姿が見えないタイミングだった……ってだけの可能性も……。


 俺がそう考えていたその時、微かに男の叫び声のようなものが聞こえた気がする。


「うん? ねー……今さ、聞こえた?」


 馬の蹄の音が邪魔で、ハッキリとは分からなかったが、何か聞こえたよな?


「ええ……これは……っ!? セラ副長! アレを!」


 と、俺の問いかけに答えようとした兵の一人が、さらに何かに気付いたのか街壁の上を指した。

 俺も他の兵もそちらを見ると、うっすらと赤い煙のようなものが見える。


 俺も使ったことがある、フィオーラの研究室で作られている魔道具だな。


 俺が使うのは、外の狩場で魔物を倒しまくって死体の処理に困った際に、外を見回る兵たちに回収を依頼するためだが……一般的には魔物に襲われた際の救援依頼に使われている。


 ってことは……だ。


「……魔物だね!」


 北側は昨日アレクたちが一通り綺麗にしたはずなんだが、討ち漏らしでもいたのかな?

【妖精の瞳】にヘビたちも出しているが、流石にここからじゃ様子はわからないか。


 街の北に広がる森も一応一の森と繋がってはいるが、魔境ほど強力な魔物はそうそういないはずだ。

 それに、討ち漏らしがあったのかもしれないが、昨日アレクたちが討伐に出向いたエリアでもあるし、森の浅瀬にそんなのは出てこないだろう。


 それなら!


「オレは先に行くよ! 君たちも急いで来てね!」


 そう指示を出すと、俺は隊から離れて壁を越えるべく、【浮き玉】の高度を上げると、一気に街壁に向かって加速させた。


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「……あらまぁ」


 街壁を越えて外の様子を見た俺の口からは、まずその言葉が漏れた。


「強さはそれほどじゃ無いけど……数が多いな。倒すだけならオレだけでも可能だけど……」


 ダンジョンなら魔物は外に出ないし、その場で戦闘に専念することが出来るが、残念ながらここはダンジョンではない。

 呑気に魔物との戦闘に夢中になって、街に被害を出したら意味が無いよな。


「ここは……もうちょっと下の連中だけで耐えてもらうか」


 クルっとその場で反転すると、俺は来た時よりも速度を上げて、街に向かって移動した。


 ◇


「いた!」


 巡回に同行していた兵たちは、もう北門のすぐ近くにまで来ていた。

 これならわざわざ戻ってこなくてもよかったかな……って気がしなくもないが、直接この目で見てきたし、より正確な指示が出せる気がする!


 俺は「うむ」と頷くと、高度を下げて彼等のもとに急いだ。


「セラ副長! どうでしたか」


 先頭の彼は、隣に下りてきた俺に、まず何が起きたのかを訊ねた。

 どうやら、近付くにつれて徐々に聞こえてくる外の音から、何が起きているのかはある程度把握出来ているのかもしれない。

 街中ではあるが、既に剣を抜いている。


 剣より槍の方がいいかもしれないが……装備を替えに行く時間も無いし、仕方がないよな。


「魔物がいっぱい! あんまり強くはないけど、数がとにかく多いから人手が要りそう。何人か本部とかに行って人を集めて来て!」


 とりあえず、先頭の彼だけじゃなくて皆に聞こえるような大きな声でそう言うと、何も言わずに3人ほどスッと隊列から離れて、それぞれ違う方角へと走っていく。


 向かう先は騎士団本部と街のすぐ東にある訓練場と……後は冒険者ギルドかな?

 この街の対魔物組織全部に行ったか。

 騎士団側の主力である、アレクやジグハルト一行が街を離れてる今、冒険者ギルドにも向かったのは妥当な判断だ。


「……っと、それよりも。もう少し詳しく説明するよ」


 外に出たらすぐ戦闘になるだろうし状況を把握する余裕はないだろう。

 もう門は目の前だが、情報は無いよりはあった方がいいはずだ。


 俺は、見てきたことを伝えることにした。


 ◇


 領都の北には、間に草原を挟んで森が広がっている。


 その森は正確には魔境ではないが、それでも森の一部が魔境である一の森に繋がっていたりもして、そこそこ強力な魔物が生息していたりもするんだ。


 魔物の生息数も多いし、気を抜いて挑むとベテランでも危うくなったりもする、意外と危険な場所だ。


 ただ、そこには街道が繋がっていて、他所の街や村へ移動する際には、その森を通る事もある。

 危険ではあるが、リアーナ領ってのはそんな場所だ。


 だからこそ、アレクたちは念入りに魔物の討伐を行っていたんだが……俺が街壁の上から見たのは、やたら大量の魔物に追いかけられている馬車に乗った商人らしき一行の姿だった。

 まだ距離があったので正確な数はわからなかったが、とにかく数が多く、対処は面倒なことになるだろう。


 とは言え、魔物から逃げている者を見捨てるって選択肢は、騎士団には無い。


 門を守る兵たちは、その商人たちや魔物を見て独自の判断で動いたんだろうな。


 10人ほどの冒険者には見えない姿の者たちが、北門のすぐ脇で兵たちに囲まれていた。

 どうやら検問を後回しにして、とりあえず街の中に避難させたようだ。


 大量の魔物を前に、兵を分けるのはどうなんだろうって気がしなくもないが、去年の件を考えたら、街に身元が不確かなものを入れるのを避けたいって彼等の気持ちもわかる。

 昨日一昨日と、この時間帯に俺たちがこの辺の見回りをしていたし、あの狼煙に気付けば駆け付けるってわかっているだろうしな。


「…………っ!? セラ副長に、1番隊の皆さん!」


 駆け付けた俺たちに気付いた警備の兵は、ほっとしたような声を上げた。


「魔物だね? 状況は何となくだけどわかってるよ。とりあえずオレたちも出るから、門を開けて」


 その彼にそう指示を出すと、すぐに返事をして門を開けさせた。


 少しくらい話して落ち着かせた方がいいのかもしれないけれど……あんまり外も余裕はなさそうだし、ここは我慢してもらおう!

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