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 1番隊か研究所の魔導士を、作業の照明係に派遣して欲しいと、執務室でリーゼルに頼んでみたんだが……中々どうして。

 建物の補修作業が、雨季に備えて必要なことなのはわかっているんだろうが、どうにも騎士団をその作業に派遣することに抵抗があるようだ。

 ……と言うよりも、多分直接作業を手伝うことが引っ掛かってるっぽいな。

 職人たちのことを下に見ているとかじゃなくて、相手の職分に踏み込まないように……とか、そんな感じかな?


 今までも護衛とか資材の搬入の際の交通整理だとか、騎士団の仕事内容と重なる分なら、都合が合いさえすれば兵を派遣していたんだが、あくまで作業の支援だとはいえ、少なくとも照明役は騎士団の仕事じゃないよな。


 リーゼルが返事を迷う理由もわからなくはない。


 とはいえ、そこまで時間に余裕があるわけじゃないし、リーゼルとオーギュストがいるから騎士団をメインに話をしていたが、派遣する人員を魔導士たちに変えるのも有りかな?


 リーゼルにそう進言しようと思い口を開きかけたんだが、俺が声を出す前に、今まで静観していたセリアーナが、リーゼルに向かって意見を口にした。


「いいじゃない。1番隊が街の人間と交流する機会にもなるでしょう?」


 小さく「ふむ」と頷いたリーゼルを見て、セリアーナはさらに言葉を続ける。


「騎士団は貴方の管轄だから決定は任せるけれど、1番隊と街の住民との間に随分深い溝があるのはこの数日でわかったでしょう? 別に騎士団として厳格に振る舞うのも悪くはないけれど、人手が足りていないのだし、使えるものは使ってしまえばいいんじゃないかしら?」


「…………それもそうだね。オーギュスト、リック隊長と商業ギルドに、雨季前の補修作業の支援として、1番隊から人員を送ると伝えてくれ」


 リーゼルは考え込むように一旦黙っていたが、セリアーナの意見を受け入れるらしい。

 すぐに指示を開始した。


「はっ。それでは、私も本部に戻らせていただきます」


 オーギュストも同様で、席を立つとすぐに部下に指示を出し始め、それを終えると足早に部屋から出て行った。

 そして、オーギュストから指示を受けた数名の文官も続いて行く。


 決断するまではちょっともたついたけれど、いざ決定したら早いもんだと感心していると、横から声がかかった。


「セラ」


「お?」


「これでいいんでしょう?」


「……ぬ? あぁ、うん。そうそう」


 一瞬何事かと思ったが、1番隊を派遣させたことについてだろう。


 一応一番の目的は、職人の作業の支援で、別に1番隊だろうがフィオーラのところの魔導士だろうが、いっそ適当に冒険者を雇ったりしても問題はないんだ。


 要は作業が続けられればいいんだしな。

 でも、ちょっと1番隊の人気向上というか……不人気解消も同時に出来たらいいなー……とかは思っていた。


 ここ数日で巡回を一緒にしたからわかったんだが、別に彼等も悪い奴じゃないんだよ。

 ただ、ちょっと対応の仕方がこの辺向きじゃないから、そこを変えるだけでも大分住民からの印象は改善されるはずだ。


 具体的には接点を増やす……とかだな!

 今回のも少しは効果があるといいな……と、考えながら頷いていると、リーゼルが済まなさそうな顔をしながら話しかけてきた。


「1番隊の問題で君の手を煩わせて済まないね。1番隊の役割を考えると、急がないで時間をかけて改善していければ……と考えていたんだが、活動に支障が出るようではその方針を改めた方がいいかもしれないか……」


「あー……まぁ、今回はちょっと状況が特殊だし、別に無理に変えたりしなくてもいいんじゃないかな?」


 リーゼルにフォローを入れはしたが、正直これは本心だったりもする。

 セリアーナもそう考えているんだろう。


 笑いながら口を開いた。


「そうね。今年は昨年の問題が繋がった結果だし、たまたまセラが巡回に同行していたからこうなったけれど、商業ギルドが動いてもよかった問題よね。貴方が街を離れていたことも関係あったし……。住民との関係を多少改善するのは構わないけれど、方針まで変える必要は無いわね」


 それを聞いたリーゼルは「それもそうか」と苦笑している。

 さらにセリアーナは、「それで良いでしょう?」とこちらを見て言ってきた。


 俺はその言葉に「うむうむ」と頷いた。


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 執務室での報告を終えた俺は、一足先に部屋に戻ってきた。


 外での仕事を終えた後は、執務室でセリアーナが部屋に戻るまで、俺も執務室でゴロゴロしながら待っている……ってのがいつものパターンだったし、昨日もそうしていたんだが、今日は巡回が終わった後も街をウロウロしていた上に、先程の報告でちょっと頭も使ったからか疲れてしまったんだ。


 ってことで、セリアーナの部屋に戻った俺は、着替えを済ませると応接用のソファーの上で、ゴロゴロしながら本を読んで時間を潰していた。


 そんなダラけた時間が続いていたんだが、ゴロゴロしながらの読書も目に負担があるのか、眼と頭が怠くなってきた。

 今は【祈り】を使っていないし、普段とは勝手が違うんだろうな。


 気分転換と固まった体を解すために、少し部屋の中を歩くことにした。


「……いたたたた」


 歩いたりすることで、絶賛負傷中の右足に力がかかると、足全体にズキズキと痛みが走る。

 ただ、怪我を抜きにしてもどうにも動きも鈍い気がするし、これはやはり右足を全然動かしていないからだろう。


 あまり負担をかけるのは駄目だろうが、軽く歩くくらいはした方がいいよな?


「……おや?」


 パタパタゆっくり部屋の中を歩いていると、ふと窓の外に光る何かを見つけて、思わず呟いてしまった。


 窓に近づいてジーっとそちらを見てみると、どうやら貴族街じゃなくて、街の方の明かりっぽいな。


 外はもう薄暗くなってきているとはいえ、まだ屋内で明かりを灯すにはちょっと早い時間だ。


 街で見える明かりといえば、巡回する兵士のものくらいのはずなんだが、それにしては明かりの位置が路地より高いし、兵士のものとはちょっと違う気もする。


「……アレか?」


 路地より高い位置だけれど、建物内の明かりとも違う。

 ネオンなんてこの世界には無いし……そうなると、補修作業用の照明かな?


 1番隊に任せるとは言っていたけれど、俺が執務室を出る時には、まだ1番隊が行うかどうかはわかっていなかったが、上手いこといったみたいだな。


 しかし……どんな空気でやってんだろう。


 我ながら、リーゼルに作業の支援を進言したのはいい仕事をしたと思ってはいる。

 1番隊と住民の距離感が少しはマシになるかもしれないし、職人の作業も進むしいいことではあるんだが、如何せん1番隊と職人とが共同で……となると、職人側もだが1番隊の連中も気まずい思いをしてたりして。


 流石に揉めたりはしないだろうが……。


「明日の視察で聞いてみようかな……」


 リックもヒアリングくらいはするだろうけれど、向こうは上下関係がしっかりしていそうだし、あんまり不満とかは漏らせなさそうだよな。

 言い出しっぺの俺が聞き出しておくべきかもな。

 決して野次馬気分ってわけじゃないぞ!


 俺が窓の外を見ながら、明日の予定を立てていると、唐突に部屋のドアが開けられた。


「あら、珍しいわね」


 仕事を終えたセリアーナが、エレナとテレサを連れて部屋に入ってきたんだが、窓辺に立つ俺を見てそう呟いた。

 どうやら、俺が足で立っているのが珍しいようだ。


「お疲れ様。ちょっと窓の外を見てたんだよ」


 俺は窓から離れてソファーの側に転がしている【浮き玉】のもとに行くと、その上に座り込んで浮き上がった。


 セリアーナはソファーに座ると、浮き上がった俺を見て「フッ」と笑った。


「別に咎めたりはしないわよ。足の具合は?」


「ちょっと痛んだけれど、部屋の中をちょっと歩くくらいなら大丈夫かな。無理はしないよ」


「それは結構。それにしても窓の外ね……お前の提案の件かしら?」


「そうそう。普段見えない場所に明かりが見えたから気になっちゃってね。どうなったの?」


「どうもこうも……リーゼルが指示を出して引き受けた。それだけよ」


「あ、やっぱり……」


 指示とは言っているが、要は命令だ。

 俺は断ったりすることもあるけれど、基本的に上からの命令は引き受けるもんだよな。


「ふむ」と頷きながら、視線をセリアーナから窓の方に向けると、カーテンを閉めていたエレナと視線が合った。


「1番隊の隊員もこの街で暮らす身ですし、そうそう揉めるような真似はしないはずですよ」


 と、いつもと変わらない口調でそう言ってきた。

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