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屋敷に戻ってきた俺はまずは報告を済ませようと、いつものように2階に飛んでは行かずに、玄関から入ることにした。
中に入り、警備の兵や使用人たちに挨拶をしながら、リーゼルの執務室の前へやって来た俺は、部屋のドアの前に立つ兵に声をかけた。
「む? これは、セラ副長」
「お疲れ様。旦那様たちは中にいるかな?」
「はっ。奥様とオーギュスト団長も中で執務を行っております。入られますか?」
オーギュストが来ているってことは、俺が街に遊びに……ではなくて、独自の視察に向かったことも聞いているだろう。
それなら、少し報告の順番を変えた方がいいかな?
まぁ、それは中に入ってから決めたらいいか。
「うん。お願い」
いつものやり取りの後、すぐに中からドアが開かれた。
セリアーナがいるようだし、俺が部屋に向かってきているのがわかればすぐに開けてくれるよな。
ドアを開けて、俺が中に入るのを待っている兵に一言礼を告げると、俺は執務室に入室した。
◇
執務室では、いつものメンバーがいつものように忙しそうに仕事をしている。
その彼等を横目に、俺はまずはリーゼルのもとに向かった。
机の上には、普段よりも多くの資料やファイルが積み重なっていて、その向こうからリーゼルが顔を見せた。
「やあ、セラ君。オーギュストから報告は受けているよ。何か街に変わりはあったかな?」
「変わりっていうほどでは……なんかすごいですね。机の上」
サッサと報告に移るべきなんだろうが、ついつい気になってしまい、机の上の惨状について訊ねてしまった。
隣のセリアーナの方も量は普段より多いが、それでもココまでじゃない。
1年近く領地を空けていたからこそなのかもしれないが、ここまで積まれているのは初めて見るかもしれない。
リーゼルは困った様子で隣のセリアーナに視線を一度向けた後、肩を竦めてこちらを向いた。
「僕は随分領地を空けていたからね。どうしても溜まってしまうんだよ。それに、東部の公爵領はウチだけだろう? ゼルキスの養父上もある程度は引き受けてくれるが、それでも僕が処理しなければいけない案件も増えていてね」
「東部の案件に関しては、貴方がいない間は私が……。そして、私がいない間はお母様が片付けていたのよ。戻ってきたのなら、貴方が処理して頂戴」
「もちろんだよ。最も、そこまで重要な案件はないし、そこまで手間取るようなことでも無いんだが……どうしても急いで処理しないといけないからね。纏めて持って来てもらったんだよ」
「あぁ……届けないといけないですもんね」
平時ならともかく、もうすぐ雨で各地の往来が厳しくなる。
そうなる前にどうにかこうにか片付けたい……ってところかな?
俺の足さえ無事なら、最悪の場合はひとっ飛びしてくるって方法もあったが、今の状態で街の外を出歩きたくはないし、ここは彼に頑張ってもらうしかないよな。
「それで……何か面白いことでもあったのかな?」
リーゼルは話を切り替えるためにひとつ手を叩くと、そう切り出してきた。
他所の領地からの仕事か……。
気にはなるが、今はそれは重要ではないし、サッサと俺の方を済ませてしまおう。
俺は「はいはい」と返事をすると、報告を開始した。
「面白いかはともかく……報告はいくつか。まずは外の討伐に向かっていたアレクたちが帰って来てます。それで、複数の魔物の群れと戦って、その死体を馬車数台分持ち帰ってきてます」
その言葉に、リーゼルはもちろん、部屋の中で仕事をしつつこちらに耳を傾けていた文官たちも、「おおっ……」と声を上げている。
幸いこれから雨季で、魔物の死体の処理をする時間はたっぷりあるし、素材の流通に期待しているんだろう。
そして、静かに沸いている彼等とは別に、事態の把握をしておきたいオーギュストが口を開いた。
「セラ副長、その複数の群れというのはどれほどなんだ?」
真面目な声なんだが……。
「うん? ええと……俺が見せてもらったぶんだと、あの辺の魔物の大半が揃ってたよ。まぁ、細かい報告はアレクが戻って来たら自分でやるって言ってたし、その時に聞いてよ」
「む……承知した」
領地からしたらこっちの方が大事なんだろうが、俺にとってはあくまで前座だ。
アレクに聞いてと伝えると下がって行ったオーギュストを見て頷くと、次の話題に移ることにした。
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領主にとっては魔物関連の方も大事かもしれないが、俺にとってはそちらが本題だ。
ってことで、直接俺が見聞きした作業の進捗具合や問題点を、身振り手振りを交えつつ説明した。
そして、どういうものが必要なのか……もだ。
それはリーゼルだけじゃなくて、部屋の皆も聞いていたんだが……。
「……職人の作業の支援?」
リーゼルは、俺の話にイマイチピンと来ない様子だ。
「資材の運び入れで道路を塞いでしまうかもしれない……とは、商業ギルドから通達が出ていますが、職人からは特に何か要望が上がって来たりはしておりません」
同じく文官たちもだ。
リーゼルに向かって、言葉を返しながら首を横に振っている。
領内のもっと小さい街や村の代官の下で働く文官ならそんなことは無いんだろうが、領都で領主直属ともなると、こんなもんかな?
それに、まだこの街がこの体制になって数年だしそこまで手を広げられないか。
文官たちですら、思った以上に街の様子に疎いことに少々がっかりしつつも、多少は彼等の事情もわかるし、口には出さないことにした。
とはいえだ。
「職人さんたちも、あんまり要求は出しにくいんじゃない? 特に今年はね。例年なら十分終わらせられていたんだしね」
「……ふむ。作業の遅れは自分たちの怠慢が原因で……と捉えられることを恐れたのかな? 事情を話してくれたのなら、皆も理解を示すはずだが、遠慮があるのかな?」
「かもですねー……。まぁ、そんなわけで、彼等が日が落ちても作業を続けられるように何か支援は出来ません?」
「支援か。具体的にはどういうことが必要なんだい? 人手は……出せなくもないけれど、堤防や土塁の設置ならともかく、家屋の補修作業が出来る者はいるかな?」
どうやら前向きに検討してくれそうだな。
それなら……と、俺はチラッとオーギュストを見た。
「どうかしたか?」
「うん? いや……ね」
オーギュストもちゃんと話を聞いているが、彼もどうやらピンと来ていないっぽいんだよな。
リックよりは頭は柔らかいけれど、果たしてどう思うか。
色々考えてどう言うべきか……と、迷っていると横から声が飛んできた。
「セラ。言いたいことがあるのならハッキリと言いなさい。中央出身の者が多いから、そうでもしないと伝わらないわよ」
俺が何を言いたいのか、セリアーナは理解しているようで、「ハッキリ言え」と言ってきた。
「うん……それもそうだね。えーとですね、とりあえず明かりの魔法が出来て、それを作業中維持出来る人が欲しいと思います。具体的には、1番隊かフィオさんとこの魔導士たちです」
俺がそう言うと、一瞬室内に「?」と言った空気が流れた。
最初から理解していたのは、セリアーナとエレナくらいか。
テレサも、リーゼルたちと同じような反応をしているし……出身地の差もあるのかな?
ともあれ、言うことを言って返事を待つことにした。
微妙な空気が流れて数秒ほど。
まずはオーギュストが口を開いた。
「セラ副長。正規兵を補修作業の手伝いではなくて、照明を維持するためだけに出動させたい……ということか?」
「そうそう。魔法の明かりなら何かあっても火事にはならないでしょう?」
「む……それはそうなのだが……しかし……」
割と融通が利くオーギュストも、照明係のための出動は抵抗があるのか、話を聞き返してきたはいいものの、要領を得ない言葉を繰り返していた。
そんなオーギュストを他所に、今度はリーゼルが代わりに口を開いた。
「セラ君、君が動いて欲しいのは1番隊の兵なんだね?」
「お? そうですそうです。2番隊は人手が余っていませんし、そもそも魔法を使える人が少ないですしね」
「しかし……照明係のためだけにか」
そこで口を閉ざすと、何事かを考え出した。
1番隊も街道の整備だったり、それなりに住民の手伝いをしたりもするんだが……職人のサポートってのは余程想定外だったらしい。
俺からしたら、ただの作業の手伝いに過ぎないんだが……、リーゼルもオーギュストも、果ては室内の文官たちも眉根を寄せて、難しい表情をしていた。
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