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 いきなり人だかりのど真ん中に降下すると、いくらこの街の人間たちだって驚くかもしれないから、輪から少し離れた位置に降りることにした。


 東門のすぐ側で盛り上がる一団と、離れた所からそれを眺める者たち。

 さらに、そこから離れた場所で周囲が落ち着くのを待つ者たち……ザックリ分けると、中心から外に向けてその三組に分けられるが、俺が降りた場所は一番外側だ。


 だが、一番外側とは言え、それはあくまで人の輪のこと。

 さらにその外には、ここまで乗って来た馬車や馬が待機していた。


「これはこれは……セラ様。街の視察でしたか?」


 上からだと見逃していたが、どうやら待機している馬車にはまだ人が乗っていたようで、降下した俺を見て降りて来たんだろう。

 背後から声をかけてきた。


「うわぉっ!?」


 人だかりの中心が気になり、降りる最中もそちらばかり見ていたからな……人が近づいて来たことに全く気付かなかった。

 住民を驚かさないように配慮して外側に降下したんだが、俺が逆に驚かされてしまったじゃないか。


「こっ……これは驚かせてしまったようですね。申し訳ありません」


 俺が上げた悲鳴に、声の主は慌てたように謝罪をしてきた。

 声の感じから少々年がいったおっさんぽさを感じるし、商会のお偉いさんってところか。


「いや……大丈夫。ちょっと気を抜いてただけだから」


 返事をしながら振り向くと、そこには予想通りのおっさんが恐縮した様子で立っていた。


 俺はそのおっさんの全身姿をチラっと一瞬だけ見る。


 仕立ての良い服に靴。

 中々羽振りがよさそうな雰囲気だ。


 ちょっと顔に見覚えはないが、向こうは俺のことを知っている……それは当たり前か。

 俺への態度を考えると……どこぞの商会の重役かな?


 俺はとりあえず、彼が誰かわからない……ってことを隠して、前に回り込んできたおっさんへ話しかけることにした。


「ところでさ、アレって何があったのかわかる? オレはたまたま空を飛んでいる時に人が集まっているのが見えたから、何か事件でも起きたのかなって思って、ここに来たんだけど……どうも違うみたいだよね?」


 俺の言葉におっさんは小さく頷くと、人だかりに視線を向けながら口を開いた。


「門前に待機させているウチの者から、「2番隊が大物を仕留めた」との報告を受けて駆け付けたのですが、如何せん詳細はわからず……。他の商会の者もおりますが、彼等も似たようなものでしょう」


「なるほどねー……大物か」


 大物と言っても、強力な個体を指す場合もあれば、群れのボスを指す事もある。

 今回はどっちだろうな。


「まぁ、聞いてみたらわかるか。それじゃーね!」


 おっさんと喋っている間に向こうも落ち着いてきたようだし、そろそろ俺が合流しても大丈夫だろうと、話を切り上げることにした。


「はい。是非ともウチの商会をよろしく……と、お伝えください」


 おっさんは、その俺に向かってそう言って来るが……。


「あっ!? 私共もよろしくお願いします!!」


 それに合わせて、今まで俺に声をかけるタイミングを窺っていた他所の商会の者たちも、一斉にそう口にしだした。

 その声に適当に手を振りながら、俺はアレクたちのもとに向かうことにした。


 ◇


 さて、近付いたはいいが……恐らく魔物の死体が積まれている馬車には、布が被せられていて何を倒したのかはわからない。

 周りの者の表情から、結構な血の匂いがしていそうだし、それなりの激闘だったんだろうが……それも【風の衣】でわからないしな。


「アレク。お疲れ様」


「よう、セラ。向こうから飛んでくるのは見えてたぜ」


 アレクは俺が先程飛んできた方角を指しながらそう答えた。


 まぁ……街中で空を飛んでいるのなんて俺だけだし、障害物も無いんだ。

 注意さえしていたら離れていても上空に俺がいるかどうかはわかるよな。


 ともあれ、そういうことなら、俺が周りの興奮が落ち着くのを待っていたのがわかっているだろう。


「そんで、何を倒したの? 魔物の群れなんでしょう?」


 変に手順を踏まずに、俺はさっさと本題を切り出した。


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 何を討伐したのか……を訊ねると、アレクは「ああ」と短く答えて、魔物の死体を積んだ馬車のもとへと向かった。

 その後をついて行くが、その途中で討伐に参加していたウチの兵や冒険者たちの姿が目に入るが。


「……アレクは大丈夫そうだけど、結構皆ボロボロだね。そんなに手強かったの?」


 冒険者は魔境で狩りをするには、ちょっとばかり腕が足りない連中も交ざっているが、それでもウチの兵を始め、それなり以上の者が揃っているんだ。

 数と装備が充実しているのなら、少なくとも日帰りで行き来出来る範囲の魔物に後れを取るような連中じゃない。

 にもかかわらず、治療は済ませているようだが、明らかに深手を負った跡がある者が半数近くいる。


 自分で言うのもなんだが、俺抜きだったってことを考慮しても、かなり手強い相手だったんだろうな。


「俺たちの連携が甘かったってことはあるが、強かったな……。それに何より面倒だった。まあ、時期が悪かったな。おい、布を取ってくれ」


「おう」


 アレクの指示に、兵の一人が一番前に停車した馬車に被せられた布を除けた。

 それと同時に、野次馬連中からの悲鳴と歓声が混ざったような声が上がる。


 布の下から現れた魔物の死体は1体だけじゃなくて、何体もあった。

 馬車は1台だけじゃないし、加えて、現場で処理した魔物だっているはずだ。

 そう考えたら、中規模か大規模相当の魔物の群れだったんだろう。


 ただ。


「……なにこれ?」


 俺はそれを見て悲鳴を上げたりはしなかったが、代わりに疑問の声を上げた。


 俺が知る魔物の群れは、上位の種族が下位の種族を従えるような形を採ったりすることもあるが、それは稀なことで、基本的に同一種で構成されている。


 だから、外での狩りの獲物は大抵1種類で、後は精々お零れを狙った魔獣って形が多いんだ。


 だが、これは……。


「面倒だっていった理由がわかるだろう? オーガにコボルト、ゴブリン。妖魔種3種類に、クマこそいないが魔獣各種。それに加えて、今日見回った辺りじゃ滅多に姿を見せないヘビやトカゲもだ。原形が残っている物は出来るだけ回収したが、コレ以外にもまだ数がいたな。流石に訓練の時間が足りなかったし連携の甘さはあったが、それでもタイプの違う魔物の群れ相手に、よく戦えたと我ながら思うな」


 アレクはどこか他人事のように、感心半分呆れ半分と言ったような声でそうぼやいた。


「本当だよね……。それにしても、何でまたこんなことに?」


「雨季前に餌を求めたり、住処を変えようと移動している最中に出くわしたってところだな。コイツ等も、慎重に移動していたからか、気配を上手く読み取ることが出来なくてな。発見が遅れて避けることが出来なかった。最初は俺たちだけじゃなくて、魔物同士も警戒し合っていたが、すぐに俺たちを排除するような動きに変わった。人間は共通の敵ってことなんだろう」


「なるほどねぇ……まぁ、仕方がないよ。みんな無事だったんだし、気にしない気にしない」


「油断したな」とボヤくアレクを慰めるように、俺はことさら軽くそう言った。


 同行する冒険者たちに気を配っていて、魔物の索敵に全力を注ぐことが出来なかったからだろう。

 この魔物のごった煮具合だって、偶然に過ぎないんだし、そうそう再現するようなことも無いはずだ。


「それよりも、向こうで商会の人たちが交渉の機会を待ってるよ。何か言って来たら?」


 俺の言葉に、アレクは魔物との戦闘について話していた時よりも、さらに面倒臭そうな表情を浮かべた。


「……そうだな。お前はどうする?」


「オレは帰るよ。報告もあるしね。このことも伝えとこうか?」


「ああ……いや、魔物の群れを討伐したとだけ伝えておいてくれ、詳細は後で俺自身で行う」


「りょーかい。それじゃー、頑張ってね」


 流石に俺を交渉の場に出すようなことはしないだろうが、このままここに留まっていると、商会の人間たちに捕まりかねないし、アレクたちに任せてさっさと退散だ。


 俺はアレクの返事を待たずに一方的に話を終わらせて、一気にその場から飛び立った。

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