591

1254


「よいしょっ!」


 騎士団本部から出た俺は、警備の兵たちに挨拶をしつつ、その場で上昇を開始した。

 そして、そのまま一先ず貴族街へと向かうことへ。


「まぁ……ここは変わらないか」


 フラフラと一回りした後、上空に滞空しながら貴族街を見下ろしてみるが、貴族街の通りも建物もその様子に変化は無しだ。


「雨季に備えての準備はこの辺りが優先的に行われるし、こうなるのも当然かな? 時間的にもそろそろ人は出歩かなくなる頃だろうし、ここにいても見るもの無いし……この辺りはもういいか」


 貴族街でこれ以上見るものは無いだろう。

 それじゃー、そろそろ街の方に向かうか。


 ◇


「ふむふむ……下を移動していた時は気付けなかったけれど、まだまだ屋根とか壁の補修作業が続いてるんだね。 ……大丈夫なのかな?」


 雨季に入ると2週間近く毎日雨が降り続けることになる。

 嵐ってわけじゃないから、何かが風で飛んで来て壁や屋根を壊すってことはないが、それだけの期間豪雨が続くとなると、どうしても家屋へのダメージも溜まっていく。


 ただ、豪雨の中職人に外で修理をさせるなんてことは出来ないから、雨季に入る前に、家屋の補修はしっかりしないと大変なことになるんだ。


「…………」


 街のあちらこちらの建物の屋根で作業している職人たちを見てから、俺は頭を上に向ける。


「まだ天気はいいけど、もうすぐ雨季になるよね? このペースで間に合うのかな」


 適当な作業中の職人を捕まえて話を直接聞いてみたらわかるのかもしれないけれど、邪魔しちゃいかんよな。

 もう少し街を見て回るか。


 ◇


 リアーナの領都は、辺境だけに土地だけは余っていたからなのか、元々結構な広さを持っていたんだが、それに加えて、壁を取り壊しての拡張工事も行ったことで、今のこの街は王都よりもデカい街になっていた。

 だから、基本的に高層建築物は無く、どれも2階や3階程度の高さで揃っている。


 うむ。

 屋根が同じような高さだからなのかもしれないが、職人たちがドタドタと屋根の上を走り回っていた。


 上から見ていた時はわからなかったが、同じ刺繍が入った作業着を着ているし、同じ工房の職人なのかな?


 どうやらこの一画を纏めて引き受けているようで、互いに声をかけては一緒に一つの建物の補修を行っている。

 これなら個別にやるよりずっとスムーズに行くだろう。


「ふむ……ねー! ちょっとー!」


 邪魔になるから声をかけるのは止めておこうと思ったんだが、これなら今作業を行っていない者になら声をかけても大丈夫だよな?

 俺はちょうど今作業を行っていない者を見つけると、その彼のもとに声をかけながら突っ込んで行った。


 ……サボりとかじゃないよな?


「うおっ!? なっ……ああ、アンタあのお屋敷の姫さんか……」


 俺が声をかけた職人は、自分は屋根の上にいるのに、そのさらに上から声をかけられたことに驚いた様子だったが、声をかけてきた者が何者かは一目でわかったようだ。


「そうそう。作業中にごめんね」


 男は俺の言葉に辺りをキョロキョロと見まわしてから、小さな声で答えてきた。


「あ……ああ、いや、俺は作業監督だし問題無い。どうかしたのか?」


 なるほど……この男の役割は監督だったのか。

 どうやら、何も作業をしていないのは決してサボったりしているわけじゃなかったらしい。

 軽くしゃべる程度の余裕はありそうだが……あまり長々と話すのは止めた方が良さそうだな。


 手短にいくか。


「ここだけじゃなくて他の場所でも、結構な広範囲で作業してるけどさ、間に合いそう?」


「お……おお、普通のことを聞いてくるんだな。何か事件でもあったのかと思ったんだが……」


 男は何故か声を潜めていると思ったら、俺がやって来たのは、事件の調査か何かかと思っていたのか……。

 とりあえず「違う違う」と否定してから、続きを促した。


「そうだな……例年通りならとっくに終わっているんだが、今年は資材の調達で少し手間取っちまったから、その分取りかかりも遅れてしまっているんだ。それでも何も問題が起きなければ、ギリギリ間に合うはずだ」


 そう言いつつも、男は苦い表情をしていた。


1255


「……いやはや地味に色んな所で問題って起きてるけど、意外と気付けないもんだな」


 建物の補修を行っていた職人との会話を切り上げた俺は、独り言をつぶやきながら、街の空を移動していた。


 その途中で、街の区画が変わったことに気付き視界を下に向けると、先程の区画と同じく、建物の屋根の上で作業をしている職人たちの姿が見えた。

 彼等も屋根の上を行ったり来たりして、一緒に作業をしているようだし、この辺は同じ工房で引き受けているんだろう。


 ってことは。


「多分彼等も同じような問題があるんだろうし、これはちょっと旦那様に伝えておいた方がいいかな? 一応間に合う予定だって言ってたけど……」


 俺は足下の地上から視界を上げると、今度は空に視線を向けた。


 まだまだ暗くはなっていないから大丈夫だろうけれど、だからといって日が落ちたら流石に、彼等の装備じゃ作業は続けられないだろう。


「間に合わなかったら大変だもんな。彼等も出来れば残業したいって雰囲気だったし……」


 発展真っ最中のこの街で、何かと普段とは違うイレギュラーに見舞われたんだ。


 影響がない俺たちからしたら、「大変だね」とか「仕方ないよ」で片付けられるけれど、職人だったり、彼等に依頼した住民の立場からしたら、間に合わなかったなんて事態になったらとんでもない話だ。

 直前になって間に合わないことが判明して大慌てするよりは、まだ少し猶予のある今のうちに残業してでも片付けたいだろう。


 ただ、どうやって暗くなっても作業を続けるかが問題なんだよな。


 貴族なら照明は魔法で済ませることもあるだろうが、彼等も、彼等が作業している場所も、居るのは平民だ。

 たかが建物の補修のために、わざわざ魔法を使うとは思えないし、魔道具だって用立てられないだろう。


 となると、照明は松明になるはずだが、周囲が薄暗い中での木造建築物の屋根の上の作業。

 そんな状況で、火を照明に用いるだなんて危険すぎる。

 彼等が日頃から残業をしない理由は、正にそれだろう。


 だからといって、中々騎士団や研究所の魔導士たちに、残業がしたいから協力して欲しい……なんて言えないもんな。


「さて……どうしたもんか」


 一応、この残業の件だけでもそれなりの収穫ではあったし、報告に戻ってもいいとは思うんだが……折角一人で外にいるんだし、もう少し街を見て回ってもいいような気はするんだよな。


 なんといっても、まだ街の三分の一程度しか見ていないんだ。

 それなのに報告するようなことが見つかったし、もう少し見て回った方がいいような気もする。


 ……よし。


「もうちょい見て回るか……。屋敷に戻るのはすぐ出来るしね!」


 視察はもう少し続けよう。


 俺はそう頷くと、次の区画目指して移動を再開した。


 ◇


「ふーむむむ……一通り見て回ったけれど……こんなもんかな?」


 上空からこの領都の全体を見て回り、街の北西までやって来たところでそう呟いた。


 俺自身で上から見てきたし、街壁の上で警備をする兵たちとも話をして、とりあえず街の様子は何となく理解出来た。


 もちろん、街の全部を見て回った訳じゃないし、もう少し見ておきたい場所もありはしたが……時間もかかりそうだったし今日はこの辺でいいだろう。


「おや?」


 屋敷に戻るために上空を移動していると、街の東側から何やら歓声が上がっていた。


 位置的には反対側にいる俺にまで聞こえて来るってことは……アレクたちか?


「……帰る前に行ってみようかな」


 前言撤回だ。


 アレクたちの帰還は昨日よりも早いし、何かあったのかもしれないしな。


 等と、自分に言い訳しながら東門目指して飛んで行くと、東門の側の人だかりが見えてきた。


 上から見た感じ、街に入って来る兵と冒険者に、集まってきた野次馬ってところかな?

 商人や街にいた冒険者の姿は見えないし、事前に先触れを出したわけじゃなさそうだ。


「やっぱ何かあったのかな……? おや?」


 ふと視界の端に、東門に向かって走って来る馬車と馬の一団が映った。

 冒険者ギルドなら南側から来るはずだが、アレは中央広場の方からだし……商業ギルドかな?


 彼等があの速度で来るってことは、事故の類じゃなさそうだし……大物でも仕留めたか?

 持ってかれる前に見せてもらわないと……!


 俺は急いでアレクたちのもとに降下を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る