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 冒険者ギルド前の通りで、道中で会った連中と話しながら移動を続け、冒険者ギルドへと到着した。

 中に入ると、普段は奥の自分の部屋にいる支部長のカーンが、入り口側の待合所で冒険者と一緒に交ざって談笑をしている姿が目に入ってきた。

 彼が話をしているのは、見た感じ駆け出しっぽい。

 何やら真剣な表情で話を聞いているが……何かの体験談でも話しているのかな?


 そう思い、近付かずに彼等を眺めていると、カーンはすぐに俺たちに気付いたようだ。

 話を切り上げると、こちらに顔を向けた。

 そして。


「おう、セラ。そろそろ来る頃だと……なんだ? お前らも一緒だったのか」


 彼はまずは俺の顔を見ていたが、後ろにいる1番隊の兵や、外で合流した冒険者たちにも気づいたらしい。

 俺の後ろに視線を向けている。


「まあな。外でも簡単に話してはいたんだが、それ以外でもあるそうだからついて来た。それより、アンタこんなところで何やってんだ? 普段は奥に引きこもっているだろう?」


「馬鹿野郎……騎士団のお客様を出迎えるためだよ。そのついでの若手との交流だ。まあいい。セラ、こいつらも一緒で構わないんだろう?」


 カーンはそう言うと、騎士団からのお客様である俺に視線を向けた。


「うん。どうせ大したことは無いんでしょう?」


 カーンには昨日の巡回のついでに立ち寄った際に、「明日も来る」って伝えていたから、単に出迎えに来ていただけなんだろう。


 別にわざわざ出迎える必要も無いんだが……彼が言ったように、ホールの入り口側で待機している若手の冒険者との交流も目的だったみたいだ。

 むしろそっちが本命かな?


 まぁ……偉くなると中々気軽に動けなくなるし、いい機会とでも思ったんだろう。

 事実、俺の言葉に返事はせずにただ笑ってだけいた。


 ◇


 冒険者ギルドにやって来た俺たちは、まずは場所をホールから奥の会議室に移すことにした。

 別に重要機密について話すわけじゃないし、あの場でもよかったんだが……まぁ、野次馬が多すぎても落ち着いて話せないもんな。


 ともあれ、会議室に入った俺たちは、皆が席に着くのを待って今日の報告を始めることにした。

 ちなみに、一緒にここまで来た冒険者たちもいるが、特に狼狽えるような素振りも無く、落ち着いた様子を見せている。

 顔馴染みばかりだからってのもあるかも知れないが、こういう場にも慣れているのかもしれないな。


 さて、それじゃー準備も出来たし報告を始めるか。


「んじゃ、オレからの報告ね。街に何も変わりはなかったよ」


 報告は終わりだ。

 ……これだけで終わってしまった。


 それを聞いた周りの者たちは苦笑しているが、実際何も無かったからそうなっちゃうよな。


「まあ……そうなるよな。冒険者連中はアレクたちが連れて行っているし、問題なんて起きやしないだろう」


 カーンはそんなことを言いながら、何度も頷いている。

 俺が言った「何も変わりない」ってのは住民との間でのことだったんだが、カーンは冒険者が何も問題を起こしていないって捉えているんだろう。


 それも間違いじゃないし、別に訂正するほどじゃないか。

 それに、これから冒険者関連の話もするしな。


「オレからは以上だけど、こっちは冒険者は何かあった? 昨日はまだ狩場が空いた当日だからってのもあって、何も変わりはないって言ってたけど……」


 別に周囲を巡回するだけでもいいのに、冒険者ギルドの中まで入って話をしているのは、コレが目的だ。


 ダンジョンの独占グループや同じ階層で狩りをしている連中が、一度に何十人も抜けたんだ。

 何か影響があったかどうか……カーンが呑気にお喋りをしていた時点で、問題なんて起きていないのはわかるんだが、一応そこの確認は大事だよな。


「昨日は夕方ごろからダンジョンに潜る連中が増え始めたな。昼間に噂を聞いて、それから準備をして……そう考えたら、妥当なところだろう。そうだな?」


 カーンは喋りながら指を折って数えていき、そして、席についている冒険者たちの顔を見た。


「まあな。しばらく俺たちはダンジョンから離れていたし、念のための下見だ。空いた狩場を使うやつらもいるだろうが、狩場の制限が解除されてからが本番だな。今年は時期がずれてしまったが、休んでいた分しっかり潜らせてもらう予定だ」


 冒険者たちは、何とも余裕のある感じで頷いている。


 実際余裕があるんだろうな。

 流石ベテランさんだ。


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「お疲れ様です。セラ副長!」


「うん。お疲れー」


 冒険者ギルドに立ち寄って、支部長のカーンと情報交換を終えた後は、騎士団本部に報告をしにやって来た。

 1番隊の部屋に向かうと、昨日同様にリックが待っていた。


 特に街中で何かが起きていたわけでもないし、報告そのものはすぐに終わったんだが……。


 昨日から変わって、隊列の先頭に俺が立ったことで、昨日の懸念点だった街の住人からの警戒が一気に和らいだことも伝えた。


 流石にその件は思うことでもあるのか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 まぁ……1番隊がいなければ、住民も騎士団の兵たちに好意的に接してくるってことがわかっちゃったわけだし、いくら住民に好かれようとはしていないと公言していても、いざこうも差が出ちゃうと凹むんだろう。


 だが、それは俺が気にしても仕方がない。

 リックやオーギュストたちにどうにかしてもらえばいい。

 それよりも、俺は俺で少しやりたいことがあるし、そちらを優先しよう。


「誰かいるー?」


 俺が向かった先は2番隊の部屋だ。

 アレクたちがいないのはわかっているし、他の目ぼしい隊員も彼等に同行して街を離れているため、この部屋も大分寂しいことになっているが……。


「副長? どうしました?」


 2番隊付きの文官たちは部屋で仕事を行っていた。

 ファイルを広げた机の前で資料を片手に集まっているが、何やってんだろうな?


「ちょっと本部まで来たから顔を見せにね。皆は何やってんの?」


「ああ……副長は今日も街の巡回でしたね。今我々は物資の管理用の資料を作成しています。隊長たちが今外の魔物討伐に出ていて、そちらで使いますから……。普段はウチにある分だけで間に合うんですが、今回は商業ギルドからもいくらか融通してもらうことになるので、申請のために細かくつけているんですよ」


 そう言うと、手にした資料をこちらに見せてきた。


 詳しくはわからないが、いくつもの商会らしき名前や個人の名前が記されて、その横に数字が並んでいる。

 スポンサーみたいなもんかな?


 その資料を軽く流し見してから、俺は口を開いた。


「あぁ……足りそうかな?」


 2番隊だけならいつものことだし、ある程度物資の消費具合は計算出来るだろうけれど、今回はいつもと違う者たちも一緒だから勝手が違うだろうしな。


「ええ。問題ありません。それに、昨年から続いていた物資の不足は徐々に解消されてきていますので。これはあくまで念のため……です」


「そっか。まぁ……よろしくね」


 一応ここに来たのは理由があったんだが、別に大したことじゃないし彼等の邪魔をするのも悪い。

 俺はさっさと部屋を退散することにした。


 ◇


 本部内の通路を玄関に向かって進んでいると、前からオーギュストが部下を連れて団長室に繋がる通路に入ろうとしていた。


「あ」


 俺の声に気付いたようで彼等は足を止めると、こちらを向いた。


「む。セラ副長か。街の巡回の報告か?」


「そうそう。リック隊長に報告をしといたよ。団長はこれから仕事かな?」


「ああ。私も朝少し街の外を見て回ったから、それについて纏めておきたいんだ。セラ副長はこれから屋敷に戻るのか?」


「あぁ……それなんだけど、ちょっと街中を見てこようと思ってさ。もし屋敷から人が来たら、団長から伝えて貰っていいかな?」


 領都に帰って来てから連日街に出てはいるが、人と一緒だったりでどうしても普通の視点だけでしか見れていなかった。

 普段はもっと上空から見ているから、あの高さで街を見るのは新鮮ではあったが、どうにも落ち着かなかったんだよな。

 雨季に入る前に、一度上から見ておきたかったんだ。


 俺は雨が降っていようがいまいが関係なく飛んで行けるが、住民は雨が降り出すと外にほとんど出なくなるし、普段の街の様子を見るなら今しかない。


 セリアーナも俺の帰りが遅かったら加護で調べるだろうし、わざわざ人を送って来るとは思わないが、一応だ。


「外を……? まあ、街中なら奥様も何も言わないだろう。引き受けた」


 オーギュストもそのことがわかっているのか「フッ」と小さく笑うと、頷きながら答えた。

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