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「ねー、この恰好でおかしくないかな?」


 自室からセリアーナの部屋に出てきた俺は、クルクル回りながらセリアーナに可否を訊ねた。


「止まりなさい。よく見えないでしょう」


「む……はい」


 言われてぴたりと止まると、セリアーナと部屋にいたエレナとテレサまでもこちらにやってきて、じろじろと眺めてきた。


 どうかと訊ねたのは俺だけれど……いざこうやってじろじろ見られると落ち着かないな。


「問題無いわね。ただ……マントは見た目が暑くないかしら?」


 まずセリアーナがそう言えば、エレナとテレサも続く。


「そうですね。今日は日射しも強いですし、いくらセラには加護があるとはいえ、その事を知らない住民はどう思うでしょうか……」


「ええ。姫の存在を知らない者は街にほとんどいないでしょうし、あくまで1番隊の任務に同行するだけですから、あえて所属を示す必要もないでしょう」


「そんなもん?」


 言われた通りマントを取るが、薄い青のワンピースにジャラジャラ色々アクセサリーを身に着けた、いつもと同じような恰好だ。


 テレサが言うように、俺のことを知らない住民はほとんどいないけれど、1番隊の任務にくっついていくのにこの恰好だと浮いてしまいそうなんだよな。


「まあ……お前の役割は街の住民に見られることではあるけれど、二人が言う通りよ。その恰好で構わないわ」


「そか……それじゃ、この恰好でいいか。行ってくるねー」


 三人に向けてそう言うと、俺はドアに向かって進みだした。


 ◇


 昨晩決まった1番隊の街の巡回への同行任務。

 まずは今日が初日だ。


 1番隊の街の巡回は、基本的に毎日朝昼晩と決まった時刻に行われていて、俺は昼の巡回に付き合うことになっていた。

 何だかんだで昼間が一番出歩く人間が多いし、アピールするならそのタイミングがいいもんな。


 一応1番隊の隊員や街の住民にアピール出来るように、恰好をきちんとしようと思ってはいたんだが、なんだかんだでいつもの恰好になっている。

 むしろ、【緋蜂の針】と【足環】を外している分大人しい恰好だ。

 せめて剣くらい持っておくべきだったかもしれないが……もう遅いか。


 騎士団本部前で、ビシッとした制服に身を包んで整列する隊員たちを前に、そんなことを考えていた。


 さて、その中から一人前に出てくると俺に向かって敬礼を一つ。

 そして、今日の巡回についての説明を始めた。


「セラ副長! 今日は自分が隊を率います。ルートはいつも通りの予定ですが、よろしいでしょうか?」


「うん。今朝聞いたけれど問題無いよ。オレは隊の側をついて行くだけで、基本的に何かをやるってことはないから」


「はっ。もし何かあれば、何時でも遠慮なく言ってもらって構いません。よろしくお願いします」


 再度敬礼をした彼に向かって「はいはい」と軽く応えた。


 彼は兵たちの元に戻ると、指示を出して騎乗した。

 1番隊は、昨日の2番隊と違って全員騎乗しての巡回だ。


 騎乗した兵が10騎。

 加えて、全員洒落が通じ無さそうな真面目な顔をした連中だ。

 何もやましいことがなくても、これじゃー威圧されるように感じてもおかしくないよな。


 出発する1番隊を見ながら、昨晩の商人たちの顔を思い出して頷いていた。


 ◇


「……あ」


「おぅ……」


「…………」


 巡回を開始してからしばし。

 1番隊を見た際の住民の反応がコレだ。


 小さな声を上げるか無言で視線を下に向けるか。


 隊が通り過ぎた後に、「ふう……」と一息つく。

 さらに、隊の最後尾をついて来ている俺を見て、ホッとしている。


 嫌われているわけじゃないが……見事に敬遠されているな。

 何したらこんなことになるんだろう?


 巡回の邪魔にならないようにと、隊の最後尾に回っていたんだが、これは駄目な気がする。

 とりあえずどうにかした方がいいだろうと、俺は隊の先頭に移動すると先導役の兵に声をかけた。


「……ちょっと」


「どうしました? セラ副長」


「オレも先頭に入るよ」


「……はっ。よろしくお願いします」


 どうやら彼等もこの状況はあまりよくないと思っていたようで、すぐに俺の提案を受け入れてくれた。


1249


 街の巡回を終えた俺たちは、街の様子を報告するために騎士団本部へとやって来た。


 俺は巡回が終わったら、そのまま帰ってもよかったんだが、一応今回は俺は監督役みたいなものだし、何より今日は思いっきり前に出たからな。

 どうせ明日からもああなるだろうし、今日は俺も報告に立ち会おうと思っている。


 ってことで、1番隊の部屋に入室した。


 騎士団本部には何度も足を運んだことがあるんだが、1番隊の部屋に入るのはこれが初めてだ。

 何ともキッチリと手が行き届いた、立派なお部屋だ。

 2番隊の、書類や武具が隅に転がっている部屋とは大違いだな……。


 遊びに来たわけじゃないし、あまりキョロキョロするようなもんじゃないが、それでも初めて入る1番隊の部屋についつい好奇心が……。


「って……あら? リック君。アンタもいたの?」


 部屋の中をキョロキョロ見回していると、部屋の奥のソファーにドカッと座り込むリックの姿があった。

 隊長室ならともかく、普通の部屋に彼がいるってのはちょっと驚きだ。


「……報告を聞くためだ。1番隊で副長と多少なりとも交流があるのは私だからな」


 リックは俺の態度に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、一息吐いて気を取り直したのか、いつものムッとした顔で返事をした。


「そっかー……。まぁ、いいや。報告をしたらその後に少し聞きたいことあるんだけどいい? 駄目って言っても話して貰うけど」


 俺はリックの返事を待たずに、今日の巡回について報告を始めた。


 一通り領都内を見て回って来たが、街中で怪しい素振りを見せる者はいなかったし、何か妨害を受けることも無ければ、野次が飛んで来たりもしなかった。

 昨日と同様で、平和なもんだ。


 まぁ……住民も冒険者も街中ですれ違ったら顔を背けていたし、それが怪しいと言えば怪しいんだが、俺が先頭の目立つ位置に入って以降はそんなこと無かった。


 街自体には何も無かったが、そこまであからさまに住民たちの態度が変わるのって、いったい1番隊は何をしたんだ……と、リックたちへの不信感は湧いて出たな。


 そして、その不信感が今そのままリックへの態度に出てしまっている。

 本当にこいつら何やっちゃったんだろうな……?


 だから、報告を終えるとそのことを直接リックに訊ねることにした。


「街の様子はそんな感じかな? 昨日と同じだね。特に何か変わったことは無かったよ。んでさ……1番隊って街で何やらかしたの?」


 騒ぎを起こしたとかは俺の耳には届いていないし、ありがちな不良兵士の問題行動が原因ってことは考えにくい。

 そもそも、リックが見ている1番隊にそんな兵士がいるかどうかも疑問だ。


 それらをそのまま伝え終えた俺は、首を傾げながらリックの返答を待った。


「…………」


 大きく溜息を吐くと、額に手を当てて黙り込んでしまった。

 ついでに、部屋の隊員たちも何やら気まずそうな雰囲気になっている。


「……なんか答えにくいことでもやらかしたの?」


 中々口を開かないので、リックの向かいまで移動して、再度「何をしたのか」と問い質すと、ようやく口を開いた。


「我々が住民たちに不当に強く当たったりしているわけではない。ただ、リアーナ領の設立初期に、違法な商売をしている者などを厳しく取り締まったことがあった。幸か不幸かそういった者たちも、派手に手を広げていたわけではないし、軽めの処分で済ませていたが……」


 そこで口を閉ざすと、また大きく溜息を。


「……その時の印象のまま今に至ってるんだね? まぁ、1番隊が歩み寄ろうとしていないってのもあるんだろうけれど」


「……そうだ」


「ふぅん」


 リアーナ領が出来た当初は、ゼルキスの頃に比べたら多少はマシになったとはいえ、それでも結構荒れてはいたし、厳しく行くこと自体は間違っていない。

 人気取りはアレクたちがやっていたしな。


 ただ、その時の印象が何年経っても払拭されていないのは問題だ。


 その気がなかっただけなのかも知れないが、明らかに街中での活動に影響がありそうだし……ここは俺が一肌脱いでやろうかね。

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