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「やあ、セラ君。寛いでいる所をわざわざ悪かったね」


 俺が人の輪の外側から中に入ろうとするのを見つけたリーゼルは、すぐに俺に声をかけてきた。

 周りのおっさんたちは、それで俺に気付いたらしく、振り向くと道を空け始めた。


 慌てているのか何人か転けそうになっていたし、余程驚いたらしいな。

 とりあえずそのおっさんたちを無視して、俺もリーゼルに挨拶を返した。


「こんばんわ。呼ばれたから来たけど、どうかしましたか?」


 一応予想は出来ているが、直接聞いておかないと何かやらかすかもしれないしな。

 リーゼルが、俺を嵌めようとしたりとかするはずが無いってのはわかっているが、それでも人目があることだし、気を付けておきたい。


「ああ。今日の早朝と昼間に街を見回りに出てくれたんだって? オーギュストから報告を受けたよ」


「うん? ……あぁ、はい」


 正確にはちょっと違うんだが……朝の件も昼の件もリーゼルには報告が行っているはずだから、彼はちゃんと何があったのかを把握出来ているはずなんだ。

 それにも関わらずこう言ってきたってことは、何か考えがあるんだよな?


 ってことで、俺は訂正せずにそのまま返事をした。


 すると、辺りから起こる「おおっ……」とか「なるほど……」だとかのおっさんの声。

 何がそうなのかはわからないが、とりあえず今の返事は間違いではなかったっぽいな。


 そして、その盛り上がるおっさんたちに俺を放って何事か話しているリーゼル。


 俺は一体どうしたら……と、戸惑いつつもそれを表に出さずに浮いていると、「セラ」という声と共に、アレクに肩を引かれた。


「お? アレク」


 振り向くと、ジグハルトもすぐ側に来ていた。

 この二人に聞いてみるか。


「ねぇ、アレってどういうこと?」


「大したことじゃない。お前は明日からの、一番隊の街の巡回に協力してくれるんだろう?」


「うん。まぁ……多分協力とかそんな大したことじゃないだろうけどね?」


 俺がやることといえば、適当について行ったりコースを決めたり……その程度だ。

 何かが起きるようなことはまずないだろうが、仮に何か起きたとしても、俺が何かをするってことはなく、全部一番隊に任せる予定だったりする。


 何を期待しているのかはわからないが、あんなに盛り上がられても困る。


 その旨を伝えようとしたが、その前にジグハルトが口を開いた。


「気にしなくていい。あの連中は街で商売をしているんだが……冒険者を雇って領内での販路の拡大を狙っていた側だ。自分たちの商売が、領地の魔物討伐の進捗を遅らせてしまったっていう自覚があるんだろう。一番隊が街の巡回に力を入れることを恐れているんだ」


 そう言うと。ジグハルトは口の端を上げて笑っている。


「なんだってまた?」


「一番隊の連中は確かに冒険者とそこまで近い関係を築いていないが、だからといって、冒険者だからってだけで無暗に捕らえたりはしない。まあ……だが、それも連中のことをよく知らないと分からないだろう? あいつらはまだそのことを知らないんだろうな。街の人間から聞いた噂の方を信じているんだろう」


「……どんな噂かは聞かないけど、あんまり良くはなさそうだね」


「まあな……。ま、そう言うことだ。で、だ。お前が一緒なら一番隊の連中も無茶はしないだろうってことで、ああ喜んでいるんだろう。人気があるな?」


「嫌われるよりはいいけど、別に人気があってもねぇ……。まぁ……あのおっさんたちが何を考えているのかはわかったから、適当に合わせるよ」


 あの連中はリアーナに来てまだ日が浅い連中なんだろうな。

 それでも、リーゼルの夜会に出席出来るくらいの地位は築けているんだ。

 ダメな連中ってことはないだろう。


 俺が一番隊の巡回に同行するだけで、街での暮らしに不安や恐怖が無くなるってんなら、まぁ……それくらいなら協力してもいい。


「悪いな。俺やジグさんが出ても同じくらいのことは出来るんだが……」


 と、そこで言葉を濁すアレク。


「いいよいいよ。二人とも明日から魔物の討伐で外に行くんでしょう? オレは駄目だから、代わりに頑張ってきてよ」


 二人は俺の言葉に、顔を見合わせて笑うと「任せろ」と答えた。


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 集まっていた商人たちに、顔見せと明日からの街の巡回に参加することを伝えた俺はそのままアレクたちの側を漂っていた。


 別に部屋に戻ろうと思えば、すぐに戻っても問題は無いんだよ。

 会の途中の退席だと少々失礼だったりもするんだが、俺のリアーナでの立ち位置だったり、足の怪我だったり、今の恰好だったり……色々な理由でそういった礼儀を無視出来る。


 ……俺がこの恰好であることだったり、リーゼルが最初に色々俺に向けて言った言葉なんかが、無理をしてわざわざ来た感じになっているしな。

 今思えば、俺が抜け出しやすくするためにやってくれていたんだろう。

 ただ、何となくこの場を離れるタイミングを逃してしまったんだよな。


 どうしたもんだか。

 このまま何も言わずに去ってもいいんだろうが、声をかけてきたりはしないものの、俺たちの周りにも来賓客がいるし、出来れば何でもいいから切っ掛けが欲しい。


 何かないかな……とホールの中を見回していると、ふとある事に気付いた。


「おや?」


「うん? どうかしたか?」


 俺が上げた声に、酒が入った杯を手にしたまま振り返るアレク。


 ジグハルトもだが、コイツも結構飲んでるよな。

 まだ顔に出るほどじゃないが……明日からの任務大丈夫なんだろうか?


 アレクとジグハルトを見て不安になっていると、アレクはさらにもう一度「どうかしたか?」と続けてきた。


「あぁ……うん。ルイさんとかいないなって思ってさ。丁度いい機会だろうし、てっきり彼女たちもここにいると思ってたんだけど……」


 まだ屋敷にはいるはずだし、冒険者ギルドで冒険者たちにアピールは出来たら、お次はパトロンやスポンサーへのアピールの番だ。

 こういう場には慣れていそうだし、王都からの護衛の件も含めて話題には事欠かないだろうに、彼女たちの姿が見当たらない。


 どうしたんだろうか……と首を傾げていると、側にいたおっさんの一人が「よろしいですか」と声をかけてきた。


「うん?」


「彼女たちは我々の妻を伴って、別室で話をするから……と先程退出いたしました」


「あ、そうなんだ……ありがとう」


 おっさんは「いえいえ」と、下がって行く。


 改めてホールの中を見ると、こういった場には大抵男女のペアで来るものなのに、女性の姿が明らかに少ない。

 営業でもするつもりで、ごっそり連れて行ったのかな?


 王都圏の話はリアーナじゃ珍しいだろうし、酒が頭に回る前に女性陣を連れて行くのは手慣れているな……。

 そう勝手に感心しながら頷いていると、アレクたちが談笑しながらグラスを傾ける姿が目に入った。


「二人とも大分飲んでるみたいだけど大丈夫なの? オレは【祈り】は使えないよ?」


「フッ……問題無いさ。俺もジグさんもちゃんと酔わないように抑えている。お前は相変わらず酒は飲まないのか?」


 アレクは俺の言葉に笑って、手にしたグラスをこちらに向けながらそう返してきた。


 もしこれで酒を勧めてくるようなら完全に酔っぱらっていると判断したが……確かにこれはまだ酔っぱらうってほどじゃ無いな。

 ほろ酔いってところかな?


 とは言えだ。


「オレは飲まないよ。お酒の匂いで……あっ!? ここのお酒の匂いで酔っぱらいそうになって来たし、そろそろ戻るね!」


 飲まないとだけ伝えようと思ったが、これは退席するには丁度いいタイミングだ。

 もしかしてこれを狙って……と、アレクの顔を見たが、「ん?」と一瞬不思議そうな表情を浮かべたのを俺は見逃さなかった。


 コイツやっぱ酔ってねーか?

 先程の俺の言葉を聞いた周りの者たちが納得でもしているのか、何やら小さく頷きあっているが、まぁ……いいや。


「んじゃ、アレクもジグさんもほどほどにね。団長! オレは部屋に戻るから、後はよろしく!」


 俺はまずは二人に「飲み過ぎないように」と言うと、少し離れた場所で話をしているオーギュストに、これで退席することを伝えた。

 オーギュストは振り向いて俺を見ると、「わかった」と小さく頷いた。


 ついでに、今の言葉はリーゼルの耳にも届いていたようで、こちらに向かって小さくグラスを掲げていた。


 ふむ……そんじゃー、俺はこれで退散だ。

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