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 冒険者ギルドから地下通路を使って騎士団本部までやって来た俺は、2番隊の部屋に立ち寄ると、部屋で仕事をしている文官に預かってきたファイルを渡した。

 事前に話を聞いていただけあって、それが何かが、碌に説明しなくても一目でわかったらしい。

 受け取るなり、すぐに作業に取り掛かりだした。


 資料に記された冒険者の滞在先を調べたり、商会に食料や薬品を手配したりと大忙しだ。

 だが、その忙しそうな状況で俺が出来ることは何も無く、「がんばってねー」とだけ告げると、部屋を離れることにした。


 さて、隊の部屋を出た俺が次に向かったのはオーギュストがいる団長室だ。

 ドアの前に立つ警備の兵は、俺に気付くとすぐに敬礼をしてきた。


「これは副長! 団長に御用でしょうか?」


「そうそう。中入れてー」


「はっ」


 そう言ってドアを開けると、中の声がここまで聞こえてきた。

 一般兵が待機する部屋と違って、ここのような幹部用の部屋は普段は静かなんだが……珍しく賑やかな様子だ。


 怒鳴り声ってわけじゃないが、何人もの声が聞こえている。

 会議でもしているのかな?


「団長、入るよー」


 とりあえず中に向かって声をかけると、部屋の中へ入った。


 ◇


 部屋の中ではオーギュストにリック、他にも騎士団の幹部格が多数揃っていた。

 暇ってわけじゃないだろうが、街の巡回はアレクがやってるし、外に出る急ぎの仕事は無いのかな?


「セラ副長か……アレクシオ隊長たちと共に街の巡回に出ていたんだったな。報告は受けているが……何かあったのか?」


 オーギュストの言葉に、他の連中の視線が集まる。

 ……彼等は何の話をしてたんだろうな?


 まぁいいか。


「何かってほど大したことじゃ無いけど、アレクからの伝言です」


 彼等が何を話していたのかもちょっと気になるが、一先ずアレクからの伝言を伝えることにした。


「ふむ……。どうやらこの分なら明日の昼から出れそうだな」


 俺が喋っている間は皆黙って聞いていたが、俺が一通り説明を終えると、まずはオーギュストが口を開いた。


「セラ副長。君は彼等がここにいることを気にしていたな?」


「ぬ。顔に出てた?」


「ああ……。まあ、いい。彼等がここに来ていたのは、外の巡回と魔物の討伐をどうするか……について話をするためだ。今のままだと時間にあまり余裕がないだろう? もしこのまま何もしないでいくのなら、魔物の討伐に1番隊を出しても構わないと言いに来たんだ」


 仲が悪い……ってわけじゃないが、どうにも俺たち2番隊のことを快く思っていない1番隊の連中が、手伝おうと言い出してくるのは珍しい。


「おや、珍しい」


 ついつい出た俺の言葉に、何故か俺を睨んでくるリックたち。

 そして、面白くなさそうな顔でリックが口を開いた。


「これまでの事情を考えたら、アレクシオ隊長たちだけでは動きづらいのもわかるからな。冒険者共が商会の護衛で領地の西側を普段よりも高い頻度で移動していたから、その分我々の消耗も抑えられている。必要なら、手を貸す程度のことくらいは構わない」


 何とも不服そうではあるが……1番隊が普段巡回する街道の魔物討伐は冒険者たちが護衛のついでに片づけているし、2番隊よりは余力がある状況だ。

 んで、先日までの領地の事情から、2番隊には余力が無いかもってことでの申し出なんだろう。


「1番隊からの折角の申し出だし、必要なら動いてもらおうかと思っていたが……この分なら2番隊だけで十分かもしれないな。セラ副長、君は件の冒険者たちを直接見ているんだろう? どう思う?」


「……難しいことを聞いてくるね」


 俺を見ていたリックたちは、今はもうほとんど睨んでいると言っていいような表情だ。

 これはどっちなんだろうな。

 自分たちも関わらせろ……なのか、それとも、そっちで片付けろ……なのか。


 わからないし、正直にいくか。


「彼等だけだとちょっと魔境に行かせるのは心許ないけど、兵たちの動きに合わせることくらいは可能なんじゃない? 事前に簡単にだけど教習もやるし、それだけで十分やってけると思うよ」


 俺の言葉に、オーギュストは「そうか」と頷き、リックたちは「ふんっ……」とそっぽを向いてしまった。

 正解だったかはわからないが……とりあえず、判断はオーギュストに任せられたかな?


 さて、これで伝言役の役目も果たしたし、さっさと退散しようかね。


1241


 屋敷への帰宅ルートは、普通に外からでもよかったが、俺は騎士団本部の地下通路を使うことにした。


 途中にあるフィオーラの研究室を、挨拶くらいしておこうかなと、通りすがりざまに探ってみたんだが、フィオーラもジグハルトもどこかへ出かけているのか研究室の中にはいなかった。


 まぁ、そんなこともあるか……と、俺はそのまま屋敷に戻ることにした。


 途中で通路のあちらこちらを眺めてみたが、俺が王都に向かう前と変化は無し。

 流石に一月程度だと地下通路に手を加えるようなことは出来ないか。


 ってことで、途中すれ違う職員や兵たちに挨拶をしつつも、足を止めること無くそのまま進むと地下訓練所に出た。

 今日はここは誰も利用していないらしい。

 無人の地下訓練所を通り抜けて、階段を上り屋敷へと入った。


 ◇


「……はて?」


 地下からだと気付かなかったが、屋敷の中に何やらバタバタと忙しそうな気配が漂っている。

 加えて普段の屋敷では感じないような気配もそこかしこに……。

 お客さんにしてはちょっと数が多いし、どうかしたのかな……とキョロキョロしていると、廊下の先に使用人の姿があった。


 丁度いいな。


「ねぇねぇ」


「っ!? これはセラ様。お帰りなさいませ」


「うん、ただいまー。屋敷の中が何か忙しそうだけれど、どうかしたの?」


 いきなり現れた俺に驚く北館の使用人だが、それでもすぐに挨拶をしてくる。

 その彼女に適当に返事をしつつ、何かあったのかを訊ねた。


「ええ。ルバン様が今日お帰りだということを聞きつけた者たちが先程から挨拶に訪れておりまして……。旦那様の報告会も夜に開かれるのですが、そちらに出席する者たちもそのために通常より早い時間からやって来ているのです」


「……あぁ、今日帰るもんね。んで、その両方が重なっちゃってるからバタついてるんだね」


 どうやら正解らしく、俺の言葉に頷いている。


「セリア様たちは南館から動いていない?」


「はい。奥様方は今回の出席は見送ると伺っております。フィオーラ様も先程お越しになって、奥様のお部屋に向かわれましたよ」


「あ、そうなんだ」


 まぁ……面倒だもんな……って言葉が喉元まで出たが、それを何とか堪えた。

 ここで働く連中って、何気に街の有力者の関係者だったりするもんな。

 迂闊なことは喋れない。


「とりあえず、屋敷全体がバタバタしてる理由はわかったよ。オレの姿が見られるのはちょっと面倒になるかもしれないね……。お客さんがいるのってどこかわかる?」


 セリアーナだけじゃなくて、俺も一応この街屈指の有力者だったりするし、彼等からしたら挨拶しておきたい存在だろう。

 見つかってから挨拶を無視して逃げるってのはちょっと印象が悪すぎるし、そうなる前にさっさと部屋に戻った方がいいだろう。

 ただ、どう向こうの部屋に近づくか……だな。


「はい。北館の応接室と、2階の客室に通しています。中庭の南館側からなら2階に上がられても目につかないと思いますが……」


「うん。ありがとう。窓お願いね」


 ココから出てすぐ上に上がったんじゃ、2階の部屋に通された連中が気付くだろうし、中庭から壁沿いに大回りで行くのが正解か。


 俺は中庭に出た後の窓の施錠を頼むと、中庭に出てコソコソと移動を開始した。


 ◇


 中庭を壁沿いに回っていき、北館の俺の部屋の真下にまで辿り着いた。

 ここまで来たらもう客の目を気にする必要もない。

 真上を見ると、俺の帰還に気付いたセリアーナが窓を開けているし、一息に行くか。


【浮き玉】を一気に上昇させて、開いた窓に飛び込んだ。


「ふぅ……ただいま」


 一息つくと、窓の前で待機していたテレサに挨拶をする。


「はい。お帰りなさいませ。珍しいルートを使われましたが、使用人にでも聞かれましたか?」


「うん。ルーさんが帰還する前に挨拶したいってお客さんが多いってね。旦那様の報告会のお客さんもついでに早く来ているそうだし、向こうは忙しそうだったよ。フィオさんもこっちに来てるんだって?」


「はい。奥様もですが、彼女も今日はこちらで過ごすそうです。私とエレナは夜に一度向こうへ行きますが、すぐに戻ってくる予定です」


 俺はテレサの説明に、「ほぅほぅ」と頷きながらドアへと向かった。

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