583

1238


「ところでセラ。軽く報告は受けているが、お前さんは何時頃から狩りに復帰するんだ? 足の具合はひどいのか?」


 そろそろ資料が読み終わりそうとなった時、カーンがふと資料から顔を上げたかと思うと、そんなことを言ってきた。


 怪我が治るまでの間、狩りには出ずに大人しくしている……ってのが俺の治療方針なんだが、冒険者ギルドにまでその情報が伝わってたのか……。


「ひどいってほどじゃないけど、一月くらいは大人しくしてるつもりだね」


 そう伝えると、カーンは何やら考え込むような素振りをしている。


「……何か困ってそうだね。オレにやって欲しいことでもあった?」


 中々切りだしてこないので、俺の方からそう訊ねることにした。

 俺絡みのことで、何か面倒ごとでもあったのかな?


「ああ……冒険者の活動が少し停滞しているんだ。ダンジョンはまだいいんだが、外の狩場。特に魔境がな……」


 気まずそうに口を開くカーン。

 ただ、その内容はもうすでに聞いていたものだ。


 何でも屋の俺が狩場にいなかったから、何となく危険な狩場で狩りをする冒険者の数が減っていっていた……ってヤツだな。


「……ああ、それは昨日屋敷で聞いたよ。でも、そんなになの?」


「減っているな」


 俺の言葉にカーンは即答した。


 聞いてはいたものの、ここまではっきり言うとは思っていなかったからびっくりだ。

 まぁ、彼はリアーナの冒険者ギルドのトップだし、アレクたちよりももっと情報を把握出来ているだろう。

 今更俺たち相手に隠しても仕方がないとでも思ったのかな?


 アレクもこっちの話に興味があるのか、資料を机に置いてこちらを見ている。


「腕がいい連中からしたら魔境の狩場が空いていていいんだろうが、その連中も雨季に入ったら街に引っ込むだろう。数週間外の狩場に出ない期間が出来るわけなんだが……これが続くと、そのまま外での狩りを避けてしまう流れが出来かねない。今はまだ引っ張る連中がいるからいいが、何時までもそれに頼るわけにもいかないだろう?」


「ほぅ……まぁ、言わんとすることは何となくわかるかな」


 腕が立つ上位の連中なら魔境の方が稼げるし、どんどんそっちに行くんだろうけれど……あの連中は結構奥の方にまで行っちゃうからな。

 特に開拓が進んできている今、浅瀬の方よりももっと奥でばかり狩りをすることになるだろう。


 んで、別にそれ自体はいいんだが、魔境の浅瀬で狩りをする冒険者が、今だけじゃなくて今後もいなくなってしまうことを警戒しているのか。


「魔境の浅瀬とはいえ、それなりに手強いしね。その辺で狩りをしてた人たちも商会の護衛とかやってたし……。何か手を打っておかないと、そこで狩ろうって選択肢が無くなっちゃうかもしれないんだね?」


「ああ。まあ、それでお前さんに狩場に出てもらうってのも違うかもしれないが……」


 ふむ。

 冒険者の動向が、俺一人に左右されるような組織ってのも困るが、今回のはイレギュラーだしな。

 俺自身は協力することは吝かではないが……。


「アレク?」


「雨季に入る前にってことだろう? それならまだ駄目だな」


「そうか……狩りが途切れる前に少しでもと思ったんだが……まあ、時間が無さすぎるし仕方がないな」


 アレクの言葉に、カーンは食い下がること無くあっさりと頷いた。

 何となくもう少し粘ると思ったんだが……まぁ、思い付きをただ喋っていたって感じだったし、そこまで切羽詰まった事態ではないのかな?


 そう首を傾げていると、黙ったカーンに代わってアレクが口を開いた。


「狩場に出すわけにはいかないが……何か考えてみるか。お前も暇だろう?」


「うん。特にすることも無いしね。セリア様が良いって言うなら引き受けるよ」


 と言っても、街の外に出ないで何が出来るかはわからないけどな!


 だが。


「お? そいつは期待出来そうだな。何……別に大したことじゃなくていいんだ。少しでいいから外での狩りに意識を向けさせてくれたらいい。……頼むぜ?」


 カーンは俺の言葉に嬉しそうに答えると、資料に向き直り作業を再開した。


1239


 部屋での作業をしていたのは30分くらいだっただろうか?

 ちょっと時間がかかってしまったが、魔物討伐の状況や、狩場の様子を始めとした領都周辺の最新事情に加えて、騎士団の討伐に連れて行く冒険者たちの情報の写しもゲットしたし、相応の成果はあったかな?


 俺たちの用件は終わり、そろそろルイたちの登録も完了している頃だ。


 ってことで、用事も済ませたし後は帰るだけとなった俺たちは、通路を抜けてホールに出た。

 そして、ルイたちや同行している兵たちを探そうとホールを見渡したんだが。


「あの人だかりは?」


 窓口の奥にある、地下のダンジョンに繋がる階段の手前に何やら人だかりが出来ている。


「なんだろうな? 暴力沙汰の気配は感じないが……ん? ウチの連中もいるな」


「職員が放置している当たり、冒険者同士で何かあったようだな。今は何も起きていなくても、互いに熱くなったらどうなるかわからねぇし……行こう。一日に二度も揉め事が起きたら、流石に誤魔化せねぇ」


 そう言うと、二人は揃ってズカズカ近付いていき、その人だかりを割って中に入っていった。


「……オレは上にいようかね」


 どうしたもんかと思ったが、あの中に俺が突っ込んでも仕方がないし、ここは上から観察することにしよう。

【浮き玉】を天井近くまで上昇させると、人だかりの方へと進むことにした。


 ◇


「これはアレクシオ隊長殿。そちらの用事は終わりましたか?」


「……アンタたちだったか。俺たちの用件は終わったが、これはどういうことだ?」


 人だかりの上に近づいた俺は下の様子に耳を傾けると、アレクとルイたちの声が聞こえてきた。


 上から見た限りだが、カーンが危惧していたようにここから揉め事に発展するような雰囲気は感じられない。

 どうやら、あれだけ集まっていながらただ話をしていただけらしい。


 ……普通の冒険者とは雰囲気が違うルイたちが珍しくて、彼女たちを見るために集まっていたただの野次馬かな?


「オラっ! お前ら、階段塞いでないでとっとと散らんか!!」


 集まっていた連中を追い払うように、カーンが怒鳴りながら腕をブンブンと振り回している。

 その腕が何人かの顔に直撃しているが、むしろカーンが原因で殴り合いに発展しそうで不安になって来るな。


「登録は終わったみたいだね? それならもう出ない?」


 何があったのかは気になるが、別に揉め事ってわけじゃないんだし、中のことはカーンに丸投げして、俺たちはさっさと退散してしまう方がいいだろう。


 そう促すと、アレクもそう考えていたらしい。

 兵たちに声をかけて、自分のもとに集めていた。


 そして。


「セラ、コレを頼めるか?」


 冒険者の資料の写しが綴じられたファイルを渡してきた。

 写しだとはいえ、冒険者の情報が入っているし、俺に渡していいんだろうか?


「オレが持つの?」


 別にどこかに落とすようなことはないが、俺が持つよりも部下の誰か……はどうだろうな。

 ともあれ、アレクが自分で持っていた方が安全だろうに。


「ああ。下から本部の隊の部屋に持って行ってくれ。話は出てくるときにしているから、それを渡すだけで伝わるだろう」


 なるほど……俺とはここで別行動ってことなのか。


 一通り街は見て回ったと思ったんだが……まだ見る所なんてあったっけ?


「構わないけど……皆はまた別のところにでも行くの? もう街の見回りは終わったんじゃない?」


「ああ。この際だから外の訓練場も見ておきたい。明日からのことの話も通しておきたいしな」


「なるほどねー」


 考えてみれば、冒険者を討伐に連れて行くとはいえ、何の準備もせずに行くわけじゃない。

 ましてや、ウチの騎士団とは馴染みのない他所の冒険者たちも連れて行くんだし、ちょっとした訓練くらいはしてからにするだろう。

 冒険者ギルドでの乱闘の処罰とは言え、別に処刑じゃないんだしな。


 納得して頷いていると、さらに思いついたことがあるらしく、アレクは言葉を続けた。


「そうだ……ついでに、本部でこのことも伝えておいてくれないか? この時間ならオーギュストがいるはずだ」


「団長ね。了解」


 俺はファイルを受け取ると、そのまま階段に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る