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 テレサが持って来た仕事を全部片づけた俺は、何となく部屋の中を漂っていた。


 セリアーナたちはテレサの調子が戻ったこともあり、間に昼食を挟みつつも、三人でお喋りに花を咲かせている。

 ちなみに、今の話題は王都圏についてだ。

 セリアーナがメインになって、俺からしたらどうでもいいような内容で盛り上がっている。


 賑やかなのはいいことなんだが……俺が交ざって面白い内容じゃないし、やることも無くなったしで、そのまま部屋の中をふよふよとしている。

 特に何を言われるでもないし……好きにしてていいんだろうが、今更部屋でやるようなことはないし、何をしようか。


 そんなことを考えながら窓から外を眺めていると、貴族街の入口の方で、何やら人がたくさん出入りしている気配を感じた。

 何か大勢が移動するようなことってあったっけ?


「…………はて?」


 漏れた声に、セリアーナが振り向いた。


「どうかしたの?」


 その声に、窓に手を付けたまま答えた。


「うーん……外の方で人がたくさんいるんだよね。ちょっと行って来ていい?」


「行って来る……外に?」


「うんうん」


 どうやらアレクはまだ外にいるようで、彼が屋敷に来るまでまだ時間がかかりそうな雰囲気だし、俺が今ここにいてもやることはない。

 それに、アレクとの話だって三人がいれば十分だろうし……それなら、ちょっと街に出かけて来てもいいだろう。


 朝も街に出かけたばかりだが、アレは流石に時間が早すぎた。

 街には冒険者くらいしか姿が無かったし、カウントしなくてもいいよな?


 もうじき雨季に入るし、そうなると街の様子を見に行くなんて出来ないだろう。

 出歩くなら今しかない。


 俺の言葉にセリアーナは「そうね……」と呟くと、黙り込んだ。

 目を閉じているし、加護で街の様子でも探っているのかな?


「まあ……いいわ。お前の出番はないけれど、夜には屋敷に人が来るでしょうし、それに間に合うように適当なところで切り上げなさい」


「うん。それじゃーちょっと行って来るよ」


 セリアーナに返事をすると、俺は窓を開けて飛び立った。


 ◇


 屋敷から飛び立った俺は、まずは真っ直ぐ貴族街の門へと向かうことにした。

 ルートは、いつものように宙を一直線に……ではなくて、高度を落として、今朝と同様に道沿いにだ。


 坂を下りて騎士団本部前を通り、通りに出ると、一旦【浮き玉】を止めて、辺りを見渡してみた。


「……この辺は朝と変わらないか」


 通り沿いに建つ屋敷や、建設中の敷地を警備する兵の姿は見えるが……それ以外に人の姿は無し!

 まぁ……いくら昼を回った時間だとはいえ、そうそう貴族街を出歩く者なんかいないだろう。


「それじゃーさっさと行きますかー」


 とりあえずここで浮いていても仕方がないし、さっきの連中が解散する前にさっさと門の方へ行ってみよう。


 ◇


「おや?」


 門が見える場所に出ると、ウチの兵が十人ほど整列していた。

 さらに、先頭で馬に乗っているのはアレクだ。

 後ろ姿しか見えないから見分けがつかないが、アレクが率いているってことは2番隊だな。


 見れば全員軽装だし、恐らく街の巡回にでも出るんだろうが……それは2番隊の役割じゃないよな?


「アレーク!」


 とりあえず合流しようと、近付きながらアレクの名を呼ぶと、すぐに気付いた様で片手を上げて応えた。


「セラか。どうした?」


「うん。屋敷にいたんだけど、何かこっちの方で人が集まってたから何かと思ってね。街の見回り?」


「そうだ。話は移動しながらでもいいか?」


 門を見ると、アレクたちが通るために開きっぱなしになっているし、出発する直前だったようだ。

 何しに出るのかはわからないが、任務の邪魔をしちゃダメだよな。


「お? うん。いいよいいよ」


 俺の言葉に、アレクは「悪いな」と短く答えると、馬を前に向かせてサッと腕を上げた。


「お前たち、魔物が相手じゃないんだ。上品に振舞えよ!」


「おう!!」


 普段とは違う街中の巡回だから気をつかえよ……と、言いたいんだろうが、そのアレクの声に野太い声で答えるウチの兵たち。


 ……ダメっぽいな。


 アレクもそう感じたのか、馬を歩かせながら小さく溜め息を吐いていた。


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 貴族街から出発したアレクたちだが、彼等に合わせて俺も街中を一緒に移動していた。


 アレクは相変わらずの人気で、通りを歩いている住民はもちろん、彼等を見るために、建物の2階や3階の窓を開けて身を乗り出したりする者までいる。

 十人そこらの小規模な隊でありながらこの賑わいだ。


 ……アレクたちはリアーナに残っていたんだが、この様子だと普段は街の見回りとかはしていなかったのかな?


 一瞬そう考えたんだが……隊の役割を考えたら、ただでさえ人手が足りていなかったんだし、2番隊がこっちにまでは手を回せられないか。


「アレ……」


 アレクにその辺のことを訊ねてみようと思ったが、街道の両端から送られる歓声に応える彼等を見ると、俺が声をかけるのはちょっと盛り上がりに水を差すような気がする。

 どんなルートで移動するのかはわからないけれど、一先ず周りが落ち着くのを待った方がいいかな?


 俺は呼びかけた声を引っ込めると、アレクから少し離れることにした。


 ◇


 中央広場から東に抜けたところで、こちらを見ている住民の数も減ってきた。

 人が多い場所では邪魔をしちゃいけないし大人しくしていたが、この辺になったら話をしても大丈夫だろう。


 今まではアレクから少し離れた位置をキープしていたが、スススっと近付いて声をかけた。


「アレク」


「どうした?」


「これって、何の見回りなの?」


 冒険者地区を見回ることはあっても、基本的に通常の騎士団の巡回は1番隊の役割だ。

 中央広場や、もうじき差し掛かる東街は俺たちの管轄じゃない。


 そう訊ねると、アレクは「ああ……」と笑った。


「そういやまだ話していなかったな」


「さっきは、出発前だったからね。街に出てからも、周りが盛り上がってて声をかけづらかったし……単に1番隊に代わって昼の巡回をしているってわけじゃないんでしょう?」


「ああ。街と冒険者の様子を見る必要が出来たからな。両隊が揃って街をうろついても仕方がないし、1番隊には今日は街道を見てもらうことにしたんだ」


「冒険者……今朝のことが絡んでる?」


 あれからどうなったのかは知らないが、本部で騒動の場にいた連中はそのまま帰らせたし、一応謹慎という形にしている。

 ただ、あの場ではテレサが圧倒していたし、刃物の件もあって、何となく有耶無耶になりはしたものの、解決はしていないんだ。


 ……あの連中が暴れたりしているかどうかの調査ってのはあり得るな!


 その俺の言葉に、アレクは「まあな」と答えた。


「アレは……内々に収めることが出来たし、時間がよかったな。連中も大人しくしているだろうし問題は無いと思うんだが、今までダンジョンの狩場を押さえていた連中が一時的にとはいえ減るだろう? その影響を調べるためだな」


 どうやら俺が思っていた答えとはちょっと違うし、詳しく聞いておきたいが……一先ずこっちから確認しておこう。


「……アレクは大人しくしてると思うの?」


「あ? ああ……そりゃそうだろう。本来ならその場で捕らえられて、即重い処分を下されてもおかしくないのに、解放されたんだろう? そんな中でわざわざ暴れようなんて考えるやつはいねぇよ」


「……そっかぁ」


 およそ犯罪とは縁がない生活をしているからすっかり忘れていたが……言われてみれば確かにそうだよな。


 この世界だと、現行犯なら裁判をスルーして即処分が下されたりしてもおかしくないんだ。

 連中が今の境遇に不満があるかどうかはともかく、待機……謹慎程度で済んだのに、わざわざ暴れたりはしないか。


「影響ってのは?」


「ダンジョンに空きが出来るだろう? その情報がもう既に広まっているらしいんだ」


「なるほどねー。街に残ってる連中だったり、外で狩りをしていた連中がダンジョンに潜ってるかもしれないんだね」


 あの時冒険者ギルドにいた冒険者全員を謹慎させたわけじゃないし、全員が独占グループに所属しているわけでもないだろう。

 グループ外の冒険者が、街に戻って来てから知り合いの冒険者に、今がチャンス……とかでも言ったのかな?


 ダンジョンでの狩りを我慢していた冒険者はいるだろうし、そいつらが一斉にダンジョンに行ったら……。


 それを調べるために、アレクたちが見回っているのか。

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