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「お早うございます。セリア様」
テレサが持って来た書類の処理を開始してからしばらくすると、今度はエレナが部屋にやって来た。
ピシッとした服装で、片手に仕事を持ってやって来たテレサと違って、エレナはラフな服装で手ぶらと、随分対照的な恰好だ。
エレナの主な仕事はセリアーナの補佐だし、セリアーナが休みの今日は彼女もお休みってことかな?
「おはよー」
隣に座ったエレナに挨拶をすると、彼女も笑顔で返してきた。
「おはよう。足の具合はどうかな?」
「まだ痛むけど……あんまり大きく動かさなければ平気かな?」
「そうか。冒険者ギルドからウチに報告が来ていたよ。何か騒ぎがあったんだってね」
「やー……困っちゃうよね」
騎士団本部にも当然報告は行っているだろうが、アレクたちの家にも冒険者ギルドからの報告が届いていたらしい。
今朝の騒動は把握しているようで、俺の言葉に苦笑を浮かべている。
俺も彼女に合わせて「困ったもんだ……」と渋い顔をしていると、セリアーナが声をかけてきた。
「貴女たちは冒険者の状況を理解していたようだけれど……敢えて放置していたのかしら?」
セリアーナは冒険者ギルドの件は、アレクが合流したら話をするつもりだったようだが、エレナが既に話を聞いているのなら、この場である程度進めておくつもりなんだろう。
エレナはセリアーナの言葉の返答に数秒程考え込んでいたが、すぐに口を開いた。
「流石に乱闘を起こすほどではありませんでしたが、早い段階で互いに不満が溜まっていることは、冒険者ギルド内でも把握していたようです。当然、リアーナ出身と他所から来た冒険者で差が出ることもです。そして、その情報は騎士団にも共有されていました」
「そうね。それはセラからもそう聞いたわ」
俺が冒険者ギルドでの話で聞いたこととほとんど一緒で、それはそのままセリアーナに伝えているんだよな。
セリアーナが気になっているのは、何で放置したのかだ。
エレナもわかっているようで、間を置かずに続ける。
「そのようですね。狩場の制限はそれほど長い期間でもありませんし、セリア様が仰ったように、無理に介入するよりは放置しておいた方がいいだろうと判断していました」
「領主と騎士団団長が領地に居ない状況では、領内の者ならともかく、どうしても他所から来た者には強制力が薄れてしまいますからね」
エレナの言葉を補足するテレサ。
「ええ。だからこその放置です。とは言え、今後のことを考えると領内だけの冒険者では手が足りなくなるのはわかっていますし、他所者は稼げないという噂が立つのも困りますからね。旦那様方が戻ってこられたタイミングで、領内の魔物討伐に雇う予定でした」
「…………」
何となく顔を見合わせる俺とセリアーナ。
朝帰って来てすぐにセリアーナと話していた、実は放置していたのは冒険者たちを魔物の討伐に使うためだったって案は、流石に無いなって言っていたんだが……。
「どうかしましたか?」
「いや……あのさ、今朝セリア様とそれっぽいことを話してたんだよね。魔物討伐に利用するってやつ。最初から狙ってたの?」
「狙う……? ああ、問題を起こさせて、それでこちらが有利になるように利用するってことかな? そんな意味の無いことはしないよ」
エレナはそう言って笑っている。
「そか……良かった」
俺たちがちょっと領地を離れている間に、そんな悪どいことをアレクたちが企むようになっていたらどうしようかと思ったが、いやはや、ホッとしたよ。
よくよく考えると、冒険者に対してのリアーナの売りの一つが、待遇の良さだもんな。
結果的に乱闘が起きてしまいはしたが、別に最初から狙ったんじゃないなら俺としては問題無しだ。
セリアーナたち三人は、より詳しい冒険者の動きなどを話しているが……概ね事情は理解出来たし、俺はそこまで詳しく聞かなくてもいいかな?
ややこしい話は三人に任せて、とりあえず俺は自分の仕事を片付けてしまおう。
俺は気合いを入れ直して、再びテーブルに向き直った。
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さて……黙々と書類仕事を片付けている俺と違い、セリアーナたちは、テレサも本格的に加わってお喋りを続けていた。
まぁ……彼女たちの場合はこのお喋りが情報共有兼交換の意味もあるし、これも立派な仕事だ。
ってことで、俺は参加はしないものの、彼女たちの話をそれとなく聞いている。
どうやら、冒険者絡みの話題が丁度終了したところらしい。
「なるほど……ある程度冒険者ギルドとも情報を共有していたのに、私が動きを把握出来ていない理由がわかりました」
テレサは先程までは説明役に回ることが多かっただけに、事務的な口調で喋っていたんだが、一区切りついたのもあって、珍しくちょっと自嘲気味の力が抜けたような声だ。
それだけに。
「貴女も大分こちらの暮らしに慣れてはきたけれど、それでもまだ冒険者の思考までは理解しきれていなかったようね。ただ、私も理解出来ない部分は多いし、それは仕方がないことよ」
「そうですよ。私だってアレクに言われなければ気付けないことですしね」
二人がテレサを気遣っている。
これもまた珍しい光景だよな。
なんでまた、こうなっているのかと言うと、だ。
冒険者ギルドの騒動は、起きたことは残念だが大きな被害も出なかったし、結局上手く収めることが出来た以上、そこまで気にするようなことではないってのが、この部屋での結論だった。
リーゼルの判断はまだ聞いていないが、冒険者関連はセリアーナが主に取り仕切っているし、多分ここの結論がそのまま通ることになるだろう。
だが、テレサは実際に事が起きてしまったことを気にしていた。
見落としと言えば見落としだし、結果論ではあるが、もっと細かく介入していれば防げていたことではある。
領主夫妻に騎士団団長と、権限を持った者たちが揃っていなかったし、何かと忙しくて人手が足りていないから、実際には難しいにしても、俺の副官の立場である彼女にとっては、自分のミスって捉えていたんだろう。
真面目なことだが、それは流石に抱え込み過ぎだってことで、二人がフォローをしていた。
結局何でテレサが今回の件を見落としていたのかというと、二人が口にしたように、東部の冒険者という彼女の今までの人生から大分かけ離れた存在の理解が足りなかったんだろう。
彼女は元々都会の王都圏でずっと騎士として働いていた身だ。
リアーナで暮らすようになってもう何年も経つが、それでもそこまで積極的に冒険者に関わっているわけじゃない。
セリアーナはもちろん、ゼルキスでの冒険者生活の経験があるエレナだってそう言っているんだし、無理もない話だよな。
ふむ。
書類仕事も終わったし……俺もフォローに参加するかな。
「テレサ。今回の件って、旦那様とか団長がいないからってのが結局の理由でしょ? その二人とついでにセリア様が揃って領地を離れることなんてもう無いんだし、気にすること無いんじゃない?」
テレサは自分の仕事はこなしていたんだし、俺なら「知らん!」で片付けるかもしれないような問題だ。
流石に彼女の立場で丸投げはまずいのかもしれないが、もう少しアバウトになってもいいはずだ。
そう思っての発言なんだが、テレサの前にセリアーナが少し驚いたような顔で応えてきた。
「あら? 随分大人しく作業をしていると思ったけれど、話も聞いていたの?」
「まぁね!」
そう答える俺を眺めながら、セリアーナは「ふうん……」と呟くと、テレサに視線を向けた。
「セラもそう言っているし、もう気にする必要は無いわ。それでも、今後似たようなことが起きた時に貴女が対応したいのなら、セラを上手く使いなさい。その娘は持っている権限だけなら東部でも屈指よ」
「ま……まぁね!」
そう振られるとは思わなかったが、テレサなら俺より上手く使うだろう。
多少どもりつつも応じると、テレサは小さく笑っていた。
「フフ……ありがとうございます。機会があればそうさせて貰います。……ですが、やはり冒険者への理解を深めてもおきたいですし、今回の件が落ち着いたら、冒険者ギルドに足を運ぶ機会を増やそうと思います」
「そうですね。ルイ殿たちの支援も兼ねて、顔を見せるのもいいかもしれませんね。私も付き合いますよ」
そう言って二人で笑っている。
……フォローが上手くいったのかちょっと微妙ではあるけれど、何やら和やかな雰囲気になったし、これでいいか!
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