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朝のお出かけから帰還した俺は、しばらく自室でセリアーナと話をしていたが、朝食の用意が出来たところでお開きとなった。
朝から俺が起きていることに、呼びに来た使用人が驚いていたが……そんなに珍しいんだろうか?
失礼な話だ!
さて、部屋での朝食を終えた俺たちは、使用人たちが食器を下げたりお茶を用意したりしている姿を横目に、ソファーに座っていた。
いつもだと、朝食後はテレサとエレナが部屋にやって来るんだが……今日はまだ来る様子は無い。
まぁ、オレもセリアーナも帰って来たばかりだし、いつものスケジュールとは違うのかもしれない。
それなら、彼女たちが部屋に来るまで適当にお喋りでもしておくか。
朝食前の話はもう一区切りしているし……何を話すか。
「今日はセリア様はどうするの? お仕事?」
とりあえず、セリアーナの予定でも聞いてみるか。
そう訊ねると、セリアーナは首を横に振った。
「今日は私は何も予定を入れていないわ。リーゼルも昼までは仕事を片付けるでしょうけれど、それ以降は人に会うことになるでしょうしね」
「あぁ……ずっと領地を離れていたもんね。帰還の挨拶とか戦勝報告とかも旦那様自身でやらないといけないし、いつも通りにって訳にはいかないか」
人と会う以外の屋敷でのセリアーナの主な仕事は、リーゼルの執務補佐だ。
一年近くセリアーナが代理を務めてはいたが、リーゼルが帰還した以上は彼がメインになるし、彼女の役割も元に戻る。
んで、リーゼルがまともに仕事が出来ない状況なら、同じくセリアーナもやる仕事は無い。
今日は彼女も人と会ったり、王都に行っていた間の溜まった雑務を片付けたりと、部屋から出ずに過ごすことになるだろう。
「適当な頃合いで下にアレクたちを呼ぶから、その時にでも今朝の話をしたらいいわ。それよりも……」
セリアーナが口を止めたかと思うと、部屋のドアをノックする音が響き、こちらを見る使用人たちに、セリアーナは「開けなさい」と命じる。
「失礼します」と、部屋に入って来たのはテレサだ。
書類らしきファイルを抱えているが、今日の仕事かな?
「おはようございます。よろしいでしょうか?」
テレサはセリアーナに挨拶をすると、ソファーの空いた席に視線を移した。
「ええ。座って頂戴」
「はい。失礼します」
テレサはソファーに座ると、俺の前にドサドサとファイルを重ねていった。
「……それは何?」
「姫が不在の間に溜まっていた仕事です。必要な分だけ纏めてありますので、目を通してください」
「……ぉぅ」
セリアーナの仕事かと思ったが……俺の仕事だったか。
別に書類仕事が苦手なわけじゃないんだが……想定していなかったため、呻き声が漏れてしまった。
◇
テレサが持って来たファイルは、俺の仕事に関するものなんだが……基本的に俺はリアーナで大きく分けて3つの顔がある。
まずは騎士団の2番隊副長だ。
これに関してはあくまで副長に過ぎないし、テレサが副官に就いているから、オーギュストやアレクが不在でもない限りは、俺が何かしなければいけないってことはない。
要は俺じゃなくてもいいことがほとんどだ。
んで、お次は普通に冒険者。
これでも俺はリアーナで屈指の能力を誇る冒険者でもある。
アレクは騎士団の2番隊隊長の仕事に重きを置いているし、ルバンは自分の村の統治が忙しくて、2人とも冒険者としての活動はほとんど出来なくなっている今、俺とジグハルトが2トップだ。
数々の恩恵品や加護を使った探索だったり採集だったり救助だったり……むしろ、機動力と融通の利きやすさを考えたら、俺の1トップとも言える。
そして、もう一つ。
最近新たに加わった役割だが、ミュラー家のリアーナでの窓口役だ。
元々リアーナはゼルキス領の一部だっただけに、ゼルキス領の人間がやって来ることが多い。
その彼等のリアーナでの活動のサポートをするのが役割だ。
まぁ……そこら辺は俺だけでどうにかするのは手が足りないので、テレサのサポートに随分助けられているが、俺が不在の間は、現ゼルキス領主夫人であるミネアさんが代理になってくれていたから、むしろ普段より円滑に処理されていたと言っていい。
さて。
それらを踏まえて、どんな仕事が溜まっているのか……気合いを入れて読んでみますか!
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「ミネアさんが処理してると思ったけど……。なんかミュラー家絡みのも結構多くない? 新しく受けたの?」
まずは一番片付いていそうだった、ミュラー家絡みの用件が纏められた書類を見ることにしたんだが、読み進めるにつれて、疑問が湧いてきた。
ゼルキスのいくつかの商会がこちらに進出したいだとか、リアーナの商会と取引したいだとか……緊急を要するようなものではないが、何でか未決裁の細かい用件が結構残っているんだ。
しかも、合併でもしたいのか、最終的にその中の一つの商会に全部が合流するような形になっている。
どうしても俺が処理しなければいけないものではないし、何か理由でもあるんだろうか?
「見る?」
俺の声に反応してセリアーナがこちらを向いたので、彼女にそのファイルを渡そうとしたのだが、「必要ない」と首を横に振っている。
「目を通しているはずのお母様が、敢えて残しておいたのだから、お前が見ておく必要があるんでしょう」
「そんなもんかぁ……」
セリアーナの言葉にそう返すと、再び俺はファイルを開いて中の書類を読み始めた。
さらさらと内容を読み進めると、今度この領都の貴族街に建設予定の屋敷についての項目が増えてきた。
あそこはまだまだ完成していないが、資材の手配や中に入れる調度品に職人等の手配は既に完了している。
もちろん、それで終わりってわけじゃなくて、今後もちょこちょこ手を加えていくことになるから、前から俺も色んな所の商会と会って話を聞いたりしていた。
まぁ……セリアーナやテレサに丸投げにしていることがほとんどだったんだが、今回もそれと似たようなものだろう。
ただ、ちょっと違うのは、俺個人ではなくてミュラー家に話を持って行っている点か。
「ふぬぬ……」
以前と違うタイプだってのはわかったが、じゃあソレが何なのか……となると、何なんだろうな?
「あまり悩まなくていいわよ」
俺が「わからん」と首を傾げていると、またもセリアーナの声。
顔を上げてそちらを見ると、「フッ」と笑っている。
この感じだと、どうやら先程は見なかったが、セリアーナは書類に記されている内容は予測出来ているようだ。
「見なかったけど、内容はわかってるの?」
「凡その予測は出来るわ。リアーナでのミュラー家の名前で商売を行う商会の選定でしょう?」
「俺個人じゃなくて、ミュラー家のか……俺がいるからかな?」
要はリアーナにおける、ミュラー家の御用商会的な立場の商会を選べってことなんだろう。
ただ、領主一族のそれぞれが、自分の御用商会を用意することはあっても、他領でそんな手間のかかることをわざわざしたりはしない……と思う。
じゃあ、何で今回その手間のかかることをやろうとしているか……となると、リアーナの領主一族と近い関係で、領主の屋敷に住んでいて、なおかつゼルキスの領主一族の人間である俺がいるからだろう。
ついでに、ミュラー家とリセリア家の繋がりの深さってのもあるかな?
「その通りよ。だからと言って、今言ったようにお前が悩む必要もないわ。事前に向こうの家で選んだ相手でしょうし、お前がどうしても反対したい……とでも言い出さない限りはそこに決まるわ。屋敷に関連しているのも、お前にも関わらせておきたかっただけでしょうしね」
セリアーナが俺の言葉に補足をすると、それにテレサも加わった。
「そうですね。多少なりとも姫も関わっておけば、その商会に影響力を持てますし、ゼルキス領の港を使った交易も行えます。どうしてもリアーナの商会ですと、奥様や旦那様が優先されて姫はその次になってしまいますし、姫が自由に使える商会が出来ると思えばいいかと……」
「なるほど……何でもかんでも自分で運ぶわけにもいかないしね。確かにそういうのがあると助かる……かも?」
商会の選定が建設途中の屋敷に関連しているのも、俺が外の商会と絡むことなんて、精々そこくらいだからってことか。
二人の説明のおかげで理解出来た。
「それじゃー……問題なさそうだし、このままでいいね」
一通り読みはしたが、結局どれも俺はサインさえすればいいように書かれている。
内容に問題は無いし、サラサラサラっとサインをしていって、ファイルをパタッと閉じた。
一先ずこの件はこれで完了だな!
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