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冒険者ギルド本部内で起きた乱闘騒ぎは、幸い死者が出ることも無かったし、一旦ギルド側に預けて、後日改めてアレクたちが調査をするってことで解散となった。
これから忙しくなる中、知らないうちに仕事が増えているアレクは気の毒だが、まぁ……一応冒険者絡みの問題は彼が責任者の一人でもあるし、そこは我慢してもらおう。
さて、一通り話を終えた俺たちは、冒険者ギルドを後にした。
来た時は俺は空を飛んできたが、帰りはテレサとルイの二人もいるし、彼女たちが乗ってきた馬車に一緒に乗っている。
屋敷まではちょっと時間がかかるし、先程の話をもう少し詰めていってもいいが、今は別の気になることを聞いてみよう。
「ねー、テレサは俺を迎えに来たんだろうけれど、ルイさんは何しに冒険者ギルドに来たの? 冒険者の話に巻き込んじゃった上に、一緒に出て来ちゃったけれど、良かったの?」
セリアーナの部屋に来たテレサがたまたま廊下で出会って、ついでに彼女を連れてきたってわけじゃないよな?
多分、彼女が冒険者ギルドに用事があったはずだ。
……登録とかかな?
「仲間の分も纏めて冒険者ギルドに登録をしておこうと思いまして……。昨晩テレサ様から、早朝なら商会の者たちもおらず、スムーズに手続きが済むと聞いたので用意をしていたところ、丁度テレサ様がセラ様の迎えに行くと言っていたので、ご一緒させてもらいました」
「ははぁ……」
この時間でも窓口は混んではいたが、アレはあくまで普通の冒険者の場合であって、彼女のようなお貴族様だと別だ。
それも、セリアーナの口添え有りだ。
流石に商談に訪れている商会の者を押しのけたりは無理でも、待たせている冒険者ならすっ飛ばしてすぐに対応してくれるだろう。
俺はあまり貴族の権限を使うことはないが、その方が手っ取り早いし正解だよな。
ただ、そうなると。
「一緒に戻って来ちゃってよかったの?」
そう訊ねると、彼女は苦笑しながら頷いた。
「あの場にいた冒険者たちは皆下がりましたし、残って手続きを済ませても良かったのですが……あの状況ですとね。冒険者はともかく、ギルド内で働く職員たちからの心証が悪くなるかもしれません。短期の活動のための登録でしたらそのまま行っていましたが、ある程度纏まった期間こちらで活動をする予定ですし、ここは下がった方がいいだろうと思いましたので……」
「なるほどー……」
今回の件は、決して俺が悪いとかそんなことは無いんだが、それでも切っ掛けと言えば切っ掛けだし、その状況でセリアーナの名前を出して登録をすると、ちょっと彼女たちのイメージに影響があるかも知れない。
早朝から無駄足を踏ませてしまって申し訳ないが、どうしても急いで登録する必要がある……ってわけじゃない。
何かあれば俺がフォローに入ればいいし、ここはちょっと落ち着くまで待ってもらおう。
俺はルイの話を聞きながら「ふむふむ」と頷いていて「オレが必要なときは言ってね」と伝えた。
◇
「窓の鍵を開けたままだったし、オレは上から戻るね」
屋敷に到着して馬車から下りて、俺は二人にそう言って別れると、【浮き玉】の高度を上げた。
そのついでに、街の方に視線を向けると、俺が出発した時よりも街に人の姿が増えていた。
俺が出発した時なんて、街には冒険者と巡回の兵士くらいしか出ていなかったもんな……。
ただの散歩ならそれでもいいんだが、一応は街の様子をこの目で確認するってのが目的だったし、そう考えたら、ちょっと出る時間が早すぎだったな。
王都だとそれくらいの時間でも、街の中だったり外の農場だったりで仕事をしている者たちがいたし、街の中も結構賑やかだっただけに、その感覚で出て来てしまっていたが……失敗だった。
ちょっと考えたらすぐに気付けることなのに、王都から帰って来たばかりで、まだちょっと旅行ボケが治っていないのかもしれない。
今日は部屋でゆっくりして、感覚を戻すことに専念しようかね……。
「ただーいまー」
中庭側に回り込んだ俺は、自室の窓から中に入ると、その窓の鍵をしっかりと施錠した。
そして、もう少しラフな格好になろうと、服が入った棚の前に移動したのだが……俺が服を引っ張り出すよりも先に、部屋のドアが開かれた。
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「おはよーセリア様。ちょっとお出かけして来たよ」
ドアを開けたのはセリアーナで、彼女は既に着替えも済ませて
「ええ、お帰りなさい。書置きは見たわ」
セリアーナはそう言いながら部屋の中に入って来ると、窓際のソファーに腰を下ろした。
「テレサを迎えに送ったのだけれど……何か起きでもしたの? わざわざ探るほどではないと思ったから、冒険者ギルドは見ていなかったのだけれど……」
多分セリアーナは、ルイも俺たちと一緒に戻って来たことを不審がっているんだろう。
冒険者ギルドで予定通りにことが進んでいたら、彼女だけ残っているはずだもんな。
「うーん……」
あの事態をなんて説明したものやら。
俺自身があまり事情を把握出来ていないし、本格的に話すのならアレクやテレサが一緒の方がいいよな。
「なんかいろいろあったんだよね。多分、俺たちが王都に行っていた間の事情も絡んでるだろうし、後でテレサに聞いた方がわかりやすいかもしれないよ」
俺は「ぬぬぬ……」と唸りながらそう伝えると、セリアーナは「ふうん……」と頷いたかと思うと、向かいのソファーを指した。
「大方お前が姿を見せたことで、冒険者同士で揉め事でも起きたんでしょう。きっかけはリアーナ側の冒険者かしら? 朝食までまだ間があるし、それまで聞いてあげるから話しなさい」
あの場の話だけじゃ分からないことでもあれば別だが、そうじゃないのなら、リアーナ側の冒険者が手を出したってことも含めて、今のセリアーナの予想でほぼ正解だ。
「……よくわかるね。セリア様は知ってたの? テレサもよくわからないって感じだったけど……」
俺は首を傾げながらソファーに下りると、向かいに座るセリアーナの顔を見た。
予想が当たったことに何の感慨も無いようで、セリアーナは「フン……」とつまらなそうな表情をしている。
「特に聞かされてはいないけれど、この辺りの冒険者の気質を考えると大体の予想は出来るわ。この数年で少しはマシになって来たけれど、まだまだ下位の冒険者たちは自分の稼ぎにこだわっていて、排他的なままね」
「ぉぉぉ……。オレが地下に行っている間に乱闘が起きちゃってたけど、大体そんな感じだったみたいだよ。一応互いに殺しちゃまずいって自制は出来ていたみたいで、刃物を抜いたりはしてなかったけれど……」
あの、懐に手を入れてナイフを握っていた男のことはこの際置いておこう。
彼はイレギュラーだ。
「それくらいはアレクが躾けているでしょうし、ココの冒険者たちも大丈夫でしょう。それで? どう収めたの?」
「テレサが止めに入ったら大人しくなったよ。一応名前は控えてたみたいだけれど、その場にいた冒険者たちはどちらも解散させてたね。オレたちはその間事情を聴くために、何人かを連れて話をしてたけれど……特に咎めたりはしないんだって。……良かったかな?」
「その場の処置としては妥当なところね。ただ、騒ぎを犯した者を放置したままにするのは駄目ね。まあ……私が言わなくても、アレクかオーギュスト辺りが動くでしょう。ちょうど今は外で人手が必要だし、そこに送られるんじゃないかしら?」
「あぁ……確かに」
両陣合わせて数十人もいたし、外に送り込めば随分助かるだろう。
連中は自分たちの実力を考えると、外での狩りを避けたがっていたみたいだけれど、足りない実力の分は数でカバー出来るし、日数も数日程度と短いもんだ。
それに、騎士団と一緒に行動するわけだし、何か起きてもフォローはしっかりとしてくれるだろう。
連中からしたらハードな任務になるだろうけれど、冒険者ギルド内での乱闘騒ぎの代償だと思えばむしろ軽いくらいだ。
「……実はコレを狙ってたの?」
「流石にお前がフラフラ一人で顔を見せに行くなんて思いもしないでしょう。あぶれた冒険者を纏めて雇うために、敢えて放置していた……くらいはするかもしれないけれど、今回の件は本当に偶然でしょうね。リーゼルもオーギュストも、溜まった仕事を片付けないといけないし、人手を一度に補充出来るのは助かるわね」
セリアーナはそう言うと、フッと笑っていた。
うーむ……当人たちは全く意識していなかっただろうけれど、ちょっとウチにとって都合良く事態が進展しているし、やっぱりこの流れを狙っていたのかな?
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