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「っ!?」


 尻尾でペチンと手を叩かれた男が懐から落した物は小さなナイフだ。


「あ」


 床に落ちたナイフを見た俺が、そう言うや否や、周りの男たちにボコボコにされている。

 リアーナだけじゃなくて、その男側の者たちからもだ。

 何だかんだで、全員やっぱり刃物は不味いって認識はあるようだな。


 ついでに殺しても不味いってこともだ。

 最初の数発を除いて、頭部や腹部は避けて殴っている。

 この分なら、骨くらいは折れているだろうけれど、放置されでもしない限り死ぬようなことはないだろう。


 実はあのまま、お互いにスッキリするまで殴り合いを続行させるってのも有りだったとか……?


 何となく止めるタイミングを見失って、目の前の状況を眺め続けていたのだが、そこに今度はテレサではなくて、同行していたリーダーが止めに入った。


「そこまでです!」


 護衛のリーダー……名前は何だったっけ?

 帰って来る途中で一度だけ聞いたけれど、結局呼ぶ機会が無かったからうろ覚えなんだよな。

 ルイ……なんとかだった気がするが……まぁいいか。


 ともかく、彼女の声で冒険者たちの手が止まると、ついでに怒鳴り声も止まって、ボコボコにされていた男の呻き声のみが聞こえてきた。


 そして、ルイは落ちているナイフを拾うとテレサに渡した。

 受け取ったテレサは、鞘から抜いてそのナイフを、慎重な手つきで表裏や刃を確認している。


 毒でも塗られていないか見てるのかな?


 周りの冒険者はもちろん、俺まで一緒に黙ってしばしの間テレサのその様子を見つめていたが、彼女は「ふむ」と一言呟くと、パチンと鞘にナイフを収めた。

 そして。


「その男を医務室に連れて行きなさい。この場は解散です。貴方たちが今日ダンジョンに潜ることを禁止します」


 それだけ言うと、リアーナの冒険者側のリーダーたちと、反対側の何人かを残らせて全員解散するように命じた。


 まさか解放されると思っていなかったのか、冒険者たちは辺りを見渡しながらざわついていたが、テレサがひと睨みするとそそくさと去って行く。


「……テレサ、良かったの?」


 俺はその冒険者たちの背中を眺めながら、テレサに向かって良かったのかを訊ねると、彼女は鞘に収まったままのナイフを見せながら頷いた。


「毒も特殊な細工も施されていない、ただの解体用のナイフです。ダンジョンでは使う機会は少ないでしょうが……これでは私たちはもちろんですが、彼等にも傷を与えることは難しいはずです。恐らくあの男は護身用に持っていた物を、ついつい手に取ろうとしてしまったのではないでしょうか?」


「あぁ……癖みたいなもんか。悪いことしちゃったかな?」


 医務室に運ばれていった男の惨状が、頭に浮かんでしまった。


 俺がナイフを叩き落したせいでああなったんだし、いくらあの男が懐に手を入れていたからって、ちょっと早まってしまったかな?


「いいえ、姫ではなくて周りの者たちが気付いたのなら、あの程度では済まなかったはずです。姫が手を下したからこそ、死なせないように加減が働いていましたし、アレで良かったはずですよ」


「そっかぁ……」


 まぁ……テレサまで現れた状況で、彼女の側でナイフを抜くような者がいたら、なんとしてでもテレサへの攻撃は防がないとって、手加減する余裕も無くなるよな。

 それを思えば、あの程度で済んだのはまだマシだったか……な?


「さて……それでは話を聞かせてもらいましょう。貴方、空いている部屋に案内しなさい」


「はっ。ご案内致します」


 冒険者たちが解散したのを見てこちらにやって来ていた職員に、テレサが部屋に案内するように命じると、即座に「こちらになります」と言って歩いていく。

 その後を、リーダーたちがやや項垂れながらついて行っているが……階段を駆け上っていた時の威勢の良さが嘘みたいだな。


「姫、申し訳ありませんがお付き合いいただいて構いませんか?」


「うん。オレも気になるしね。付き合うよ」


 何となくリアーナの冒険者と他所の冒険者の関係性は理解しているが、だからこそなんだって今日爆発しちゃったのかとかも気になるよな。

 俺が初め話した時は、不満に思っていてもこんな騒動を起こすとは思わなかったし……何があったんだろうな?


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 会議室に移動した俺たちは、一先ずリアーナと他所の冒険者たちから事の経緯を聞くことになった。


 テレサは俺たちが東部を離れている間、アレクたちと同じく冒険者ギルドのことも見ていただけに、ダンジョン内部の狩場の独占事情なんかも承知していたらしい。

 そして、もちろんそれぞれが不満を抱えていることもだ。


 だが、実際に衝突が起きたことには驚いていた。

 それぞれ不満は持っていても、どうせ一時的なことだし、ダンジョンの制限が解除されたら、そのうち解消されるだろうと考えていたようだ。

 しかし実際に起きてしまった……ってことは、俺が地下に向かってからの、さほど長くない間に何かが起きたんだよな。


 ってことで、現場から適当にテレサが指名して連れてきた連中が、話をするべく今目の前に立っているんだが……何故かこちらをチラチラ見てはすぐに目を逸らしている。


「……どうしたのですか? 早く説明しなさい」


「はっ……はい」


 そう言いつつも、話を始めようとしない。

 何が気になっているのか……。


「なんかオレに言うことでもあるの?」


 チラチラ見ているし、俺に何か言いたいことでもあるんだろうが……この連中とは俺は話をしていないはずだ。

 何かある……とは思えないんだが……。


 首を傾げていると、テレサが再度男たちに話をするように促した。

 それもかなり強い口調でだ。


 男たちは「うっ……」と唸ったかと思うと、意を決したのか口を開き始めた。


 ◇


「我々がそちらのセラ……セラ殿に声をかけられて、話に応じていたのです。内容は他愛のないものでした」


「そうだね」


 今の彼等の状況とかそんなことを簡単に訊ねていただけだ。

 多少の不満を零してはいたが、たとえそれがウチ側の冒険者たちに聞こえていたとしても、あんな乱闘騒ぎに発展するような内容じゃなかった。


 俺は頷くと、男は話を再開した。


「セラ殿は我々から一通り話を聞くと、今度はリアーナの冒険者たちにも話を聞きに行っていました。自分は聞こえなかったのですが……恐らく話している内容は大差なかったと思います」


「そうだね。同じようなことを聞いたよ」


「なるほど……それで、何故ああなったのですか?」


 本当に。

 俺やテレサたちもだし、一緒にダンジョン前のカフェスペースで話をしていたリーダーたちも、そこがわからず首を傾げている。


「はあ……その、セラ殿は一通り話を聞いて回ると、ダンジョンがある地下へ下りて行きました。ただ、その後……」


 またもそこで話を区切ると、冒険者たちで視線を交わし、そして今度は、俺じゃなくてリーダーたちをチラチラと。


「なんだ? 俺たちに言いたいことでもあるのか!」


 リーダーたちは、男たちの態度が気に入らないのか、怒鳴るような声でそう問いただすと、男たちは慌てて首を横に振った。


「そういう訳じゃない……。上でやり合ったのは、別にアンタたちが仲間に引き入れた連中じゃないしな。ただ、気を悪くしないでくれよ?」


「……? 何を言いたいのかはわからないが、早く先を続けろよ」


「ああ。セラ殿が地下に行った後、しばらくは何も無かったんだが……窓口で待っている連中が、リアーナの冒険者に絡まれたんだ。俺たちが、セラ殿に現状を訴えて特例を認めさせようとしているとか、そんなことを言われたらしい」


「なんじゃそりゃ?」


「……特例ってのはダンジョンでの狩りを優先させろとかそんなことか? それを副長に?」


「それを言い出したのはリアーナの冒険者だ。俺たちに言われても困るな」


 全く心当たりのない話が出て、ついつい突っ込んでしまった。


「はあ……そう思いますが、実際向こうからそんな感じのことを言われたらしくて、掴み合いに発展したんです。俺たちは当初離れた所にいたんですが、とりあえず大事になる前に止めないと……と、あそこに加わっていたんですが、結局止めることは出来ずにああなってしまって……」


 どうやらそれで終わりのようで、男たちは気まずそうに黙っていた。


 まだ聞いたのは片方だけだけれど、何かこの感じだと切っ掛けはリアーナの冒険者だよな。

 ホールにいたリアーナの冒険者の全員がそうだってわけじゃないだろうけれど、なまじ地元だけに焦りでもあったんだろうか……?


 まぁ、ここで聞けることは聞いたし、後は戻ってアレクたちに任せるのがいいのかな?

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