575
1222
リーダーたちは慌ててダンジョン前のカフェスペースを飛び出すと、椅子に立てかけていた剣を手にして階段を駆け上っていった。
俺はもちろん、ここで待機しておくようにと指示された連中も、ポカンとした表情を浮かべているし……さっきのリーダーたちは何に気付いたんだろうか。
チラッと奥のウチの兵に視線を向けると、首を横に振っている。
実力的には彼等は、リーダーたちと遜色無いはずだが……これは単に距離の問題かな?
【祈り】を使わず、【緋蜂の針】も持って来ていないのを考慮すると、俺もここで待機しておくべきなんだろうが……多分今ここにいる人間で一番身分も役職も上なのは俺だろう。
それに、2番隊の副長でもある。
ここは見に行った方がいいか。
俺はウチの兵たちに見えるように、指先で上を指して「オレも行く」と伝えると、階段に向かって飛んで行った。
◇
「……!? アンタか」
階段の中頃で後ろから追ってきた俺に気付いたリーダーたちは、足を止めずに振り返った。
「うん。オレも来たよ。上で何が起きてるの?」
「わからん!」
並走しながら訊ねる俺に、振り向いた中の一人が一言で答えた。
そして、それに頷く周りの男たち。
わかんないのに、駆け付けてるのか……。
「わかんないんだ……でも何かは起きているん……ん?」
足音と俺たちの声だけしかしていなかった階段に、上からの声が届いて来た。
声と言っても、話し声とかではなく叫び声や怒鳴り声だ。
悲鳴はないが……俺が上で見た限り、あの場に女性はいなかったし、商人たちもいなかった。
居たのは冒険者とここの職員たちだけのはず。
……職員がこんなデカい怒鳴り声をあげるとは思えないし、そうなるとこの声の出どころは冒険者たちだ。
「これは……乱闘かな?」
俺がそう呟くと、一人が吐き捨てるように答えてきた。
「だろうな。クソっ……今までも小さな小競り合いくらいはあったが、まさかここでやるなんて……」
「いや、昼間じゃなくて良かっただろう。騎士団の連中が来る前に片付けるぞ! ばれたらマズい」
「おう!!」
そう言って前を向くと、階段を駆け上る足をさらに速めた。
一応俺は騎士団の立派な幹部の一人なんだが……とりあえず、今は聞き流してあげよう。
恐らく今上で起きている騒動は、彼等のグループによる狩場の独占が原因だ。
そうなると、その独占を主導したリーダーたちの立場もちょっと不味いことになるかもしれない。
冒険者同士のことだし、一人二人が多少揉めたとしても、大事にならなければある程度は目を瞑ってくれるだろうが、この気配だとな……。
でも、まだ大丈夫。
「……今の言葉は聞かなかったことにしてあげるよ」
「おう! 頼むぜ!!」
まだ冒険者ギルド内での出来事だし、この時間なら冒険者以外の者はいないから、上手くやれば内々に治めることも不可能じゃない。
もちろん、騒動が起きてしまった以上は何かしらのペナルティはあるだろうが、それでも投獄や鉱山送りとかの洒落にならないレベルじゃないだろう。
精々一定期間の奉仕活動とかそんな感じに落ち着くはずだ。
……上手く治めることが出来ればって条件が付くがな。
ともあれ、騒動の後のことを考えるよりも、まずは騒動を治めることからだ。
俺たちは階段を上り終えると、勢いそのままにホールに飛び出した。
◇
ホールに出た俺は、まずは状況を把握しようとホール全体に視線を這わせた。
窓口の前に広がるスペースに人だかりが出来ているし、そこが騒動の中心だな。
入り口近くの空いたスペースに、騒動に関わる気が無いのか、5人くらいのグループがいくつか出来ているが、それでも40人近いのが集まっているし、地上階の冒険者の大半が集まっていそうだな。
さてどうしたもんか……とリーダーたちを見ると、この規模だとは思っていなかったようで、階段を駆け上っている時の威勢は見る影もなく、あそこに突っ込むことを躊躇うように、ホールに入ってすぐの場所で立ちすくんでいた。
アレクたちなら怯んだりせずに、ガンガン突っ込んで行くんだろうが……まぁ、こんなもんか。
漏れそうになる溜め息をこらえつつ、俺はそんなことを考えていた。
1223
さて、リーダーたちが突っ込んで行かないようだし、この事態をどうするか。
死人が出る前にどうにかしたいけど……。
そんなことを考えながら、詳細を確認しようと【浮き玉】を上昇させた。
下から見ていると、ただの人だかりにしか見えなかったが、上から見ると、真ん中で掴みあっている男たちを中心に、集団が二分されて対立しているのがわかる。
何人か倒れたり顔から血を流している当たり、殴り合いでもあったんだろう。
しかし、互いにエキサイトしている割にはまだ死者はいない……。
「っ!?」
っと、そこで一つ気付き、慌てて下に降りてリーダーたちに声をかけた。
「まだ大丈夫! 剣抜いてない!」
俺の声を聞いてハッと顔を上げるリーダーたち。
「っ!? おいっ行くぞ!!」
「おお!」
先程までと打って変わって、集団の真ん中に突っ込んで行った。
刃物を抜いてさえいなければただの喧嘩って言い張れるから、これ以上エキサイトしないように、この段階で何としても終わらせたいんだろう。
間に立っている冒険者たちを殴り倒しながら突き進んでいる。
先程はちょっと情けなさを感じさせていたが……冒険者たちを一発で殴り倒しているし、流石にリーダーを張るだけあって結構強いんだな。
しかし……一応こちら側に立っている連中はリアーナの冒険者のようだし、どちらかというとお仲間なのに……いいのかな?
今はもう、リーダーたちに殴り倒された数の方が多くなっていないか?
再び高度を上げて、ことの成り行きを上から見守りながら、勝手なことを考えていたが、どうにかこうにかリーダーたちは中心に辿り着き、掴み合っている者たちを引きはがしながらデカい声で一喝した。
「そこまでにしろっ! 何があったんだ!!」
ホール全体に響いたその声に、一瞬だけ場が静まるが……。
「うるせえっ! 元はお前らが……っ!!」
流石に怒鳴るだけで大人しくなる程度なら、わざわざこの場で乱闘なんて起こさないだろう。
むしろヒートアップさせてしまったようで、中心から離れた位置にいた連中まで、真ん中に詰め寄っていった。
……これはもう穏便には収拾つけられないんじゃないかな?
リーダーたちの登場で互いにヒートアップして、さらにリーダーたちも……と、悪循環のようになってしまっている。
もういよいよ誰かが刃物を抜きかねないし、仕方がないけれど、俺も殴り込みにいくしかないか……。
ホールの様子を見ながら【蛇の尾】を発動しようかと考えていると、入口の方から大きく鋭い女性の声が響いた。
「何事ですかっ!! 静まりなさい!」
声の大きさだけなら先程のリーダーの方が上だが、迫力というか威厳というか……段違いだ。
ともあれ、そう感じたのは俺だけじゃなくて、この騒ぎの中心にいる冒険者たちもシン……と静まっていた。
そして、こちらにやって来るテレサに圧倒されてなのか、左右に分かれてテレサの通り道を作っている。
まさかもう騒ぎが領主の館にまで届いたわけじゃないだろうし、書置きを見たセリアーナが俺の迎えに寄こしたんだろう。
護衛の冒険者たちのリーダーも一緒だし、彼女もついて行くように言われたのかもしれない。
とりあえず俺はテレサたちの側に行くか。
◇
乱闘をしていた冒険者たちを避けるように、ふらふらーっと大回りでテレサの元に近づくと、二人は足を止めてこちらを見た。
「おはようございます。お迎えに上がりました、姫」
「おはよー。ご苦労様」
まずは挨拶を済ませると、テレサはジロっと周りの冒険者たちを一瞥する。
その視線を受けて、さっきまで熱くなっていた冒険者たちは揃って視線をテレサから外して、そこらに彷徨わせている。
乱闘を止めに入っていたリーダーたちもだ。
彼等は止めに入った側なんだし、そこまでやましいことは無いんだろうに……圧に負けたか。
「差し当たって、問題が起きていると判断して止めに入りましたが……これはどう言った状況なのでしょう?」
「あぁ……うん。これはね……むっ?」
テレサにどう説明しようかと、一旦彼女から視線を外した時、俺のすぐ側の冒険者が懐に手を入れている事に気付いた。
俺が隣を抜ける際にはそんな素振りはしていなかったが……。
何をするつもりなのかはわからないが……とりあえず、俺は尻尾を発動すると、軽くソイツの手に叩きつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます