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1214 side セリアーナ その4


 単純に船の修理だけなら、資材と修理をする職人……その両方を揃えることが出来れば可能だ。

 ただ、ルバンの船は各所に魔道具を設置しているだけに、魔導士や錬金術師の協力も不可欠なのだが……簡単にそんな貴重な人間を集めることが出来るのなら苦労はない。

 ましてや、雨季間近で領内ですらそろそろ移動が難しくなる時期でもある。


 となると……。


「フィオーラ、貴女のところから人は動かせないの?」


 領都からルバンの村までは馬車で半日もかからないし、彼女の研究所の人間を回すことが出来るのなら話は簡単だ。

 ルバンの船を直すのは、商会を通さない王都圏との繋がりを維持するためにも、リアーナにとっては必要なことだし、それくらいの融通は利かせてもいいはずだ。


 フィオーラも、他所から素材を仕入れるルートの維持のためにも、協力する価値はあるだろう。


 だが、フィオーラは私の言葉に首を横に振った。


「ごめんなさいね。今ウチの研究所は、孤児院跡の慰霊碑の件で手が離せないの。あの船はそこまで大きいわけじゃないけれど、それでも検査だけで数日はかかるでしょう? 近所とは言え、ウチから人員を送るのは無理ね」


「あら? そんなに手間取るような物を作っているの?」


「全部任せてもらったからついついね……。時間がある時にでも説明をしてあげるわ」


 フィオーラに「そう……」と返して、リーゼルに視線を向けた。

 彼もフィオーラの部下たちを当てにしていたはずだ。


 フィオーラはジグハルトと同様で、立場的には部下に収まっているが、実際は対等に近い関係だ。

 命令と言った形で行動を強いることは難しいだろう。


「どうやら船の復帰は長引くようですね。まあ……そうなったらそうなったでやりようはありますが……」


 溜め息交じりに肩を竦めながらルバンはそうぼやいた。

 ジグハルトたちと違って彼はこちらと雇用関係にあるし、折れるのは仕方が無いとはいえ、彼の立場も領内で決して低いものではない。

 リーゼルはどう対処するつもりなのだろう?


 とりあえず一つは思いつくが……。


「大丈夫。そちらも考えはあるよ」


「……サリオン家にでも頼むのかしら?」


 私は話を聞きながら思いついた言葉を口にした。


 領都内での襲撃の件ではサリオン家に大きな貸しを作ることになったが、元々関係は悪くない上に、エリーシャ様との縁もある。


 貸しを返させるために、無茶な要求をして関係にヒビを入れたりはしたくないが、あまり低い要求をして、サリオン家内はともかく、マーセナル領の者たちにリアーナ領が軽く見られても困ることになる。


 資材や金銭だけじゃなくて、魔導士や職人たちも借り受けるのなら、丁度いいかもしれない。


「ふっ……そのつもりだよ。向こうも貸しを解消出来るし、丁度いいんじゃないかな? 検査や修理だけなら少々足りないかもしれないが、期間を短縮するために多目に人員を出して貰えば、釣り合いが取れると思うよ」


「ああ……マーセナル領の魔導士たちなら、船の修理でも手慣れているでしょうしね……。期待させてもらいますよ」


 その申し出に、ルバンは笑みを浮かべながら答えた。


 抜け目のない彼のことだし、もしかしたらその中から引き抜きをとでも考えているのかもしれない。


「まあ……ほどほどにね」


「ええ、もちろんです」


 リーゼルも多少は自重するようにと言ったが、どれくらい効果があるのか……。

 まあ……彼は政治もわかる男だし、マーセナルとの関係にヒビを入れるような真似はしないだろう。


 ともあれ、気がかりだった賠償の件や、セラが気にしていたルバンの船の件も目処が立ったか。

 それなら、後の話はもう流す程度でいいのかもしれないな。


 私は小さく息を吐くと、背もたれに体を預けて力を抜くことにした。


 ◇


 お茶会はあの後すぐにお開きとなり、それぞれ自室に戻ることになった。


 2階の私の部屋がある女性用の棟へと入ったところで、護衛の彼女は足を止めた。

 彼女たちが宿泊する客室はもうすぐそこだし、ここで別れるつもりなのだろう。


「それでは、私は失礼します」


「ええ、ご苦労様。近いうちに貴女たちが活動しやすい場所の宿を紹介出来るから、それまではこの屋敷でゆっくり休んでいて頂戴」


 そう言うと彼女は一礼をして、自分たちの部屋に入っていった。


1215


「む……」


 パチッと目を開けると体を起こした。

 隣にはセリアーナの気配を感じるが、まだ眠っているのか微かな寝息が聞こえてくる。

 俺が起きたのに彼女が目を覚まさないのはちょっと珍しい気もするが……昨日の移動の疲れが残ってるのかな?


 起こさないように気を付けないとな。


 音を立てないようにベッドから滑り降りると、俺は【浮き玉】に乗ってコソコソと寝室を後にした。


 ◇


「んーと……6時ちょい前か。大分早く起きたな……」


 部屋の壁に掛けられた時計に目をやると、時刻はまだ6時前。

 外は明るくはなっているが、普段俺が起きるよりもずっと早い時間だ。


 昨晩は…何時かは覚えていないが、お茶会の途中でミネアさんと共に退席してから部屋に戻ると、すぐに寝支度を済ませてベッドに入って眠りについたし……。

 そう考えると、起きる時間は早いが睡眠時間自体はむしろいつもより長かったかな?

 その甲斐あって、相変わらず足は痛むものの、昨日の疲労はすっかり解消している。


「さて……どうするか」


 何となく起きてしまったが、まだ何をするにも早い時間だしどうしたもんか。

 流石に二度寝をしようって気にはならないが……。


「うーん……ん?」


 何となく窓の外を眺めていると、貴族街を歩く男たちの姿が目に入った。

 何やら武装しているような姿だが……街の兵には見えないな。

 冒険者か。

 貴族街をこの時間に出歩いているってことは、どこぞの屋敷の者に雇われでもしているんだろう。


「……ちょっと外に行ってみるかな?」


 昨日は馬車の中から見ただけだったし、久々に街の様子も見てみたい気がする。


「ちょっと装備は乏しいけれど……街中なら大丈夫だよな?」


 右足は使えないから【緋蜂の針】は屋敷に置いていくけれど、【影の剣】と【蛇の尾】はあるし、そもそも領都内に危険なことなんてそうそうないだろう。

 わざわざ慣れない左足で使う気も起きないし、このままで大丈夫なはずだ。


「よし! それならまずは着替えだな……!」


 いくら領都とは言え、流石に寝巻で外をうろつくわけにはいかないだろうし、出かけるには着替えが必要だ。


 そう決めると、今度は自室の前に向かい、音が出ないようにコソコソと気を付けながらドアを開いた。


 ◇


「……なんか増えてね?」


 昨日はこっちの部屋に入ることは無かったから気付かなかったが、俺の記憶違いじゃなければ、部屋の中の木箱が王都に行く前より増えている気がする。

 もともとアレコレ積んでいる部屋ではあったが、部屋の真ん中にドドンと置いてあるもんな。


 これなんだろう?


 俺の誕生日は秋だし、これだけの物を人から貰うようなことは何も……。


「あっ!? 養子入りのお祝いかな?」


 出発前にも何かと色々貰ったりしていたが、正式に養子入りしてから贈ろうと考えていた者もいたのかもしれない。


 部屋に運ばれているってことは、テレサやフィオーラのチェックを通ったってことだし、危険物ってこともないだろう。

 中身が気にならないわけではないが、とりあえずそれは後回しでいいか。


 積まれた木箱をスルーして服が収納されている棚の前に来ると、開き戸を開けて中に納まっている服を眺める。


 ワンピースや、パンツにシャツと言った一般的な冒険者スタイルの服などが色々置かれているが……今の俺にはちょっとしっくりこない気がする。


 足には包帯を巻いているし、普通のスカート姿のようなソレが目立つような恰好も駄目だが、かと言ってパンツスタイルも包帯が邪魔で着替えにくそうだし……。


「これでいいかな?」


 俺が手にしたのは、薄手の青いロングコートだ。


 薄手とはいってもコートはコートだし、本来は春や秋に着ると丁度いいんだろうが、俺には気温はあまり関係がない。

 丈は膝まで十分あるし、今の服の上からコレを着たまま【浮き玉】に座れば足首辺りまで隠れるだろう。

 コートを着て姿見に映してみるが、上手いこと足が目立たないようになっていた。


「よっし……これで問題無いな。それじゃー……後はどうするかな。書置きでもしておいた方がいいのかもしれないけれど……」


 セリアーナなら俺がいないと分かれば街中を加護で調べるだろうし、俺の動きにはすぐ気づけるだろう。

 必要は無いかもしれないが……。


「一応やっておくかな?」


 大した手間じゃないし、念のためにもやっておいた方がいいだろう。


 ってことで、再びセリアーナの部屋に俺は向かうことにした。


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