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1212 side セリアーナ その2


 セラが対人問題の対処に不向きだという私の言葉に、皆は首を傾げている。


「どうせこれから領地で起きる対人問題は、荒事が中心になるでしょう。セラでは無理よ」


 私の言葉に、セラをよく知るアレクたちも互いに顔を見合わせて、不思議そうな表情を浮かべていた。


 確かにセラは対人戦闘の経験は浅いものの、アレでも魔物との戦闘経験は豊富だし、腕も悪くはない。

 何戦か経験したら、コツを掴むことはわけないだろう。


「奥様、姫は襲撃の際には十分に戦闘をこなされたと聞いていますが……それでも向いていないのでしょうか?」


 テレサも同じ考えなのか、そう言ってきたが……。


「向いていないわね」


 私は一言でテレサの言葉を否定して、さらに話を続けた。


「帰路での襲撃の際でも、マーセナルの港での戦闘でも、すでに生け捕りにした賊はいたにもかかわらず、どちらもセラはまず相手の手足を狙っていたのよ」


 護衛の彼女を除いた皆はその様子を想像したのか、一瞬部屋が静まったが、すぐに「ああ……」といった呟きで溢れた。


「魔物が相手だったら、アイツは即首を狙うんですが……人間相手だと違いましたか」


「ええ。私はアルザの港とマーセナルの港以外では近くで見たわけではないけれど……貴女は他の戦場でも見ていたのよね?」


 アレクの言葉に頷きながら、護衛の彼女に視線を向けた。


 同じく戦場に立っていたという意味では、オーギュストもそうだったが、彼はセラとは別れて行動をしていることがほとんどだったし、この質問をするのなら彼女の方が適任だろう。


 彼女は頷くと、正式な会議でもないのに律儀に立ち上がり口を開いた。


「そうですね……。野戦から船上での戦闘、そしてセリアーナ様が仰ったように港での戦闘でもセラ様とご一緒しました。初めは私は一撃で倒せる手段が無いため、蹴りを放ってダメージを与えていたのだと思ったのですが、ちゃんと一撃で仕留められるだけの術を持っていましたし……。セラ様が賊を一撃で仕留めていなかったのは、てっきり生け捕りにした後に他に捕らえた者からの情報をすり合わせるためかと思っていましたが、違ったのですね」


 そう言って一旦口を閉ざすと、今度はジグハルトが続いた。


「なるほど……セラの持つ恩恵品なら、どれも使い方次第では一撃で人間を仕留められる威力があるのに、敢えて手間をかけても殺さずにダメージを与える程度に止めたか。アイツらしくない」


「魔物を相手にした時と大分違いますね」


 アレクもジグハルトを見て頷いている。


「最後に船の上から矢を射ったのも、結果がどうなったかはわからないけれど、船に乗っていた賊よりも船を狙ってのことだったし、セラは人間が相手だと、どうにも殺さないように……と考える悪癖があるようなの。……無理でしょう?」


 人を殺したがらないのは悪いことではないし、必ずしも領内の対人問題でその手段を採る必要が来るかはわからないが、それでも仮に戦闘になった際に、初手で急所を狙ってこないという情報が裏で広まってしまえば、いずれそこを狙う者が現れてもおかしくない。


 少なくとも、セラがそういった癖を矯正出来るとも思わないし、それなら初めから関わることが無いように、切り離しておけばいいだろう。


「それならば仕方がないですね。姫の代理はそのまま私が勤めます」


「ええ、お願い。もっとも、2番隊に出番があるかどうかはわからないけれど……」


 2番隊はもともと魔物への対処がメインの任務だし、気にし過ぎなのかもしれないけれど、半端な対処をして表で問題が起きるような可能性は潰しておくべきだ。


「危険を避けるのは悪いことじゃないよ。セラ君は足が治ってもある程度騎士団の任務は制限する方がいいかもしれないね。オーギュスト?」


「はっ。そのように編成を動かしておきます」


「うん。よろしく頼むよ。セリアもそれでいいかい?」


「ええ。私からは以上よ。話を戻して貰って構わないわ」


 セラが退席していたし、いい機会だったからついつい長く話してしまったが、今の議題からは少々外れている。


 お茶会が始まってもう大分時間が経っているし、この話はこれで十分だろう。

 私はリーゼルに頷いた。


1213 side セリアーナ その3


 セラの話が終わると、再び領地に関する話題に戻った。


 次の話題は、もうじき訪れる雨季に向けての領地の備えと、騎士団や冒険者の編成についてだ。

 先程も話題に上がったが、セラを動かせない以上は、リーゼルたちが戻ってきたとはいえ、例年より騎士団が動く割合が増えるだろう。


 アレクたちも騎士団側で動くことになるし、冒険者側をどうするか……という話になったのだが。


「なあ、奥様。そっちのねーちゃんはなんなんだ? アンタが連れてきた護衛だってことは聞いているが、このまま街に残るのか?」


 ジグハルトは目つきを鋭くすると、護衛の彼女に向かって口を開いた。


「はい。しばらくは私も仲間もこちらで活動させていただきます。恐らく秋まではこの領都を中心に活動して、その後はその時の状況次第ですが、領内全体に活動の場を広げる予定です」


 ジグハルトは彼女の言葉に気の無いような声で「ほう……」と答えると、こちらを見てきた。

 それは彼だけじゃなく、アレクやエレナ、テレサにフィオーラもだ。


 付き合いが長いだけに、私の考えがよく分かっているらしい。


「貴方たちが考えている通りよ。今の領地の冒険者事情までは予測出来ていなかったけれど、リーゼルたちが長いこと街を空けていたし、セラもいなかったでしょう? 冒険者の活動が停滞している可能性は予測していたわね。彼女たちは王都圏で貴族の護衛任務を中心に活動していたけれど、実力は十分こちらでも通用するはずよ」


 道中での襲撃への対処の際に見た彼女たちの実力について語ると、概ね理解を示したようだ。


「セラの代わりにはならないだろうが……まあ、ウチの連中は負けず嫌いが多いしな。女の冒険者が外で積極的に狩りをするなら、待機している連中も外に引っ張り出せるか。悪くないな」


 その言葉に、彼女を除いた皆は苦笑しながら頷いている。


 ジグハルトが言ったように、この領地の冒険者は女性に対して見栄を張ることがある。

 もともと女性冒険者が少ないからだろうか?


 多少はその特徴を利用しようという思惑はあったが……今の領地の状況のせいもあって、道中考えていたよりもずっと彼女たちの存在が効きそうだ。

 護衛の彼女もそれを察したようで、ジグハルトたちとは違う意味合いの、自嘲気味な苦笑を浮かべていた。


「貴女たちはそのことを気にする必要は無いわ。私が実力を見た上で、リアーナの魔境でもダンジョンでも活動出来ると判断したんですもの。期待しているわよ」


「……はい。お任せください」


 私の言葉に、一瞬フッと笑うような表情を浮かべたが、すぐに引き締め直して答える彼女。


 リアーナを訪れたタイミングが少々悪かったとはいえ、彼女たちの能力には問題無い。

 特殊な場所なのは間違いないが、十分通用するだろうし自信を失われては困るし、私らしくはないが一応フォローを入れておいた。


 ◇


 粗方の話が終わり、そろそろこのお茶会という名の会合はお開きになりそうな雰囲気が漂ってきたが、そんな中アレクがふと口を開く。


「そう言えば旦那様。ルバンの船はどうするんですか? セラに壊されたと聞きましたが……」


「ルバン、お前……本部でそんな事をボヤいていたよな。造り直すほどじゃないだろうが、船体のチェックが必要なんだろう?」


 彼等が騎士団本部に行っている際に、ルバンの船のことを話していたんだろう。

 本格的な話は、ルバンが帰る前に文官を交えて行うことになっているが……見ればルバン当人もその話をしたがっているように見える。


「リーゼル」


「そうだね……まあ、簡単にだけれど伝えておこうか」


 リーゼルは皆の視線を受けて、少々困った様子で話を始めた。


「当然ではあるけれど、修理に必要な資材や費用は僕が持つ。賊の逃亡を防ぐために、セラ君に僕が指示を出した結果だからね。まあ……恐らくサリオン家が賠償として支払うことになるだろうけれどね」


「俺は、船が直りさえしてくれれば、支払いをどこが持とうが構いません。それよりも……」


「わかっているよ」


 ルバンの言葉を遮ると、体を倒して背もたれに体を預けながら、リーゼルが言葉を続けた。


「技術者の問題だね? 船体の検査に、もし大きな改修が必要になった時には、君のところだけじゃ間に合わないんだろう?」

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