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「セラ」


「……お?」


 唐突なセリアーナの言葉に、顔を上げて彼女の顔を見ると、いつもの呆れたような目でこちらを見ている。


「お前はそろそろ下がっていいわよ」


「む」


 まだまだ俺たちが不在の間の話は途中だし、今後のこととかも話さないといけないんだろう。

 足が完全に治るまで、当分屋敷に引きこもることになるとはいえ、俺だって聞いておきたい。


 まだここにいる……と、セリアーナの言葉に首を振ろうとしたんだが、その前に頭の上に手を置かれた。

 ミネアさんの手だな。


「少し前から俯いていたからどうしたのかと思ったけれど……眠かったのかしら?」


 確かに眠くなっていたのは事実だが、部屋の中の時計を見るとまだまだ普段なら起きている時間だ。


 話す内容は粗方予測出来ていたことだったし、もう過ぎたことが大半だった。

 多分話の内容に刺激が足りなくて眠気がやって来たってだけだろう。

 ちゃんと次の話になったら目が覚めるはずだ。


「だいじょーぶだいじょーぶ。つづけていいよ」


 少々舌も頭も回っていない気もするが、そのうち戻るだろうと気にせず俺はそう答えた。


 だが。


 隣の卓のおっさん共は「駄目そうだな……」だとか「そうだな」だとか、勝手なことを言っている。

 そして、何か思い当たったのか、「ああ……」とジグハルトが呟いた。


「そうか。お前……今日は【祈り】を使っていないんだろう?」


「うん? ……まぁ、そうだね」


 今こそミネアさんへの施療で発動しているが、それ以外では使用をしていなかった。

 俺はそう答えると、ジグハルトは小さな声で笑いながら頷いている。


「お前、単に疲れただけじゃないか? 体は動かしていないだろうが、それでも昼間っから馬車に籠っていたんだろう?」


「ああ……それはあるわね」


 セリアーナはジグハルトの言葉に納得したようだが……あるかな?


 確かに長時間馬車に乗っていると、振動やら何やらで疲れる事もあるだろうが、俺は車内でずっと浮いていたし、およそ疲労とは無関係なはずなんだけど……。


「普段から空を飛んでいるから、長時間大人しくしていることなんてないだろう? 慣れない行動をすると意外と疲れたりするもんだ。ただでさえ体力が無いお前だからな……」


 今更何の配慮かはわからないが、ジグハルトは言葉を濁して言い切りはしなかったものの、とりあえず言わんとすることは理解出来た。

 セリアーナたちも話を聞きながら頷いていたし、同じ考えなんだろう。


 この眠気と頭の回らなさは、話の内容がつまらないとかじゃなくて、ただの疲労と回復が追い付いていないだけだったか。

 今日は本当に疲れるようなことは何もしていなかったから、思いつかなかった。

 セリアーナも同じようなことを考えているようだが……盲点だったな。


「ぬぅ……」


「唸っていないで、さっさと部屋に下がりなさい。はあ……テレサ」


「はい」


 セリアーナに溜め息交じりにそう言われて、テレサは立ち上がろうとした。

 俺を部屋まで送って、就寝の支度を手伝ってくれるつもりなんだろう。


 だが、そのテレサにミネアさんが待ったをかけた。


「セリアーナさん、私が行くわ。私がこれ以上の話を聞いていても仕方がないし、構わないでしょう?」


「お母様が? そうね……リーゼル?」


 セリアーナは、ミネアさんの言葉に一瞬考える素振りを見せたが、小さく頷くとリーゼルに視線を向けると、彼も同じく頷いている。


「お母さま、お願いしてもいいかしら?」


「ええ。セラさん、ジーナ。行きましょう」


 そう言って、ミネアさんは俺を抱えたまま立ち上がった。


 ◇


「……よかったんですか?」


 セリアーナの部屋に向かう最中、俺は先程のお茶会を途中で退席したことを訊ねた。


 ちなみに、今は俺は【浮き玉】を抱えて浮きながら移動している。

 流石に、抱きかかえられたままってわけじゃない。


 ともあれ、話の途中だったし、俺はともかくミネアさんも退席してよかったんだろうか?

 ゼルキスに帰った際には、こちらの情報を親父さんに伝えるのも彼女の役割のはずだ。

 テレサを抑えてまで俺について来てよかったのかな?


 ……そもそも俺について来る必要なんてないんだけどな。


1211 side セリアーナ その1


「……君が判断したから止めなかったけれど、セラ君を外してよかったのかい? 彼女もリアーナの様子や、今後の方針は気にしていただろう? ルバン卿がいるから今日の方が都合がいいのは確かだけれど、無理に今日話をしなくても構わなかったんだよ?」


 セラがお母様たちと部屋を出て行ったのを見計らって、リーゼルが口を開いた。


 リーゼルの立場を考えると、セラも参加させておいた方が風通しという意味でも、都合がいいんだろう。


 それに、ルバンは彼独自の伝で管理を任されている土地を運営しているし、今回の件ではそこまで関わって来ることは無いし、セラの方が優先度は高いのかもしれない。


 周りの顔を見ると、リーゼルと同じ考えの者が多いようだが……私はそうは思わない。


「内容を伝える程度でいいわ。さあ、話を続けて頂戴」


 さっさと話を進めてしまおうと、私はアレクたちに話を再開するようにと指示をした。


 ◇


 アレクにジグハルト、そしてルバン。

 領地に残っていた者たちから、街の外の様子を一通り聞くことが出来た。


 リーゼルたちが初めて領地を離れてからそろそろ一年弱。

 そして、私たちが王都に向かってから戻って来るまで一月ほど。


 その間に何の問題も起きなかった……なんてことは無いが、幸いどれも大したことはなく、未解決のものも、結局は領主とその代理人と騎士団の団長が不在ということが原因のものがほとんどだ。


 私たちが戻って来たことでその問題の大半は解決出来るし、残った一部の問題は冒険者の件で、実質解決しているようなものだ。


「戦争や教会の撤退を始めとした、領内の勢力の変化があったけれど、責任者が不在でもなんとか乗り切れていたようだね。定期的な報告は受けていたけれど、上手く対応してくれて助かったよ。……これなら僕は領都を空けても大丈夫かな?」


「馬鹿なことを言わないで頂戴。荒れこそしなかったけれど、領内で小さな問題は起き続けていたのよ。幸いほとんどが力尽くで解決出来ることではあったけれど、今後もそうかはわからないのだし、貴方はしっかり領都に控えていて頂戴」


 リーゼルの言葉が冗談なのはわかっているが、この席の皆と認識を共有しておくためにも、溜め息交じりにハッキリと伝えると、「わかっているよ」と肩を竦めて笑っている。


 護衛の彼女は慣れていないからか戸惑っている様子ではあるが……彼女以外はいつものこととでも思っているんだろうか?


 リーゼルと同じように苦笑をしていた。


「まあ……いいわ。それよりも、次に行きましょう。今後の方針についてでしょう?」


「ああ。今回の襲撃の件や領内の冒険者の配置。それに割合……もかな? 本格的に外部の者も領内で仕事をするようになって来ているね。それがまだ表に現れていない西部との関係でどう変わっていくかもわからないし、考えなければいけないことは多いね。まあ、今日急いで詳細を詰める必要もないし、問題を処理する必要もない。あくまで僕らがどう動くかの方針を共有出来ればそれでいい」


 リーゼルの言葉に、笑っていた皆も頷いている。


 この場にいるのはリアーナの首脳陣で、このメンバー内で共有出来ていれば、確かにそれで領地は回るだろう。

 だからこそ、さっさとここで伝えておくことがある。


「今後はウチにも他所の人間が増えるでしょうし、そちらとの問題が起きることもあるでしょうね。ただ、その問題の解決や仲裁にセラを使うのは止めた方がいいわ」


 私の唐突な言葉に、先程まで笑っていた皆は一様に怪訝な顔に変わった。


「セリア様、セラは怪我が治りさえすれば、冒険者としてダンジョンや魔境に出向く事が増えるでしょうし、領内の見回りに参加することは1年を通しても数えるほどになるはずです。大丈夫なのでは?」


 エレナがそう言って来るが、付き合いの長い彼女にも上手く伝わらなかったことがわかった。


 さて、どう切り出したものか……と悩んでいると、再びリーゼルが口を開いた。


「セラ君に何か問題があるのかい? どうやら君は、問題ごとの解決にセラ君を出したくない……と言っているようだけれど、それであっているのかな?」


「問題という訳ではないけれど……あの娘は対人問題を処理することには不向きなのよ」

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