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1206


「セラ」


「うん?」


 2人に王都を発ってからの詳しい情報を話していたセリアーナが、ふと話を中断してドアを指した。

 誰が来たのかはわからないが、まぁ……誰かが来たんだろう。


「あぁ……はいはい、了解」


 俺は出迎えるために【浮き玉】に乗ると、そちらに向かって飛んで行く。

 そして、ノックが鳴る前にドアを開けて廊下を覗き込んだ。


「誰ー? って、あらま」


 ドアの前にいたのはフィオーラで、丁度ノックしようとしていたのか、胸の高さに握った手があった。

 ノックする前にドアが開けられて、少しは驚いたりしたのかな……と思いきや。


「久しぶりね。呼ばれたのだけれど、入っても?」


 中にセリアーナがいるのがわかっているなら、事前に察知されていることも予測出来るか。

 全く驚く素振りを見せずに、俺の返事を待たずに部屋の中に入ってきた。


 呼ばれたか。

 セリアーナにかな?


「んー……フィオさんだけ? ジグさんはいないのかな?」


「ジグはアレクたちと下の本部にいるわ。ルバンも来ていたし、いつものように情報交換をしているんじゃないかしら?」


「……いつもなんだね。前は来たりしてなかったけど……」


 思わぬルバンの情報にちょっと驚いてしまった。


 領都と彼が治める村は、馬を飛ばせば数時間で行き来出来る、日帰りが十分可能な距離だ。

 やろうと思えば可能な距離だが、以前からはもちろん、彼等が領地に戻って来てからもそんなことはしていなかったんだが……俺たちがいない間のフォローかな?


「ええ。貴女たちが領地を発って以来、領内の状況を確認するために、時折街を訪れては本部に籠っていたりしていたわ。……久しぶりね奥様」


 言わずとも俺が聞きたいことがわかっているのか、フィオーラは必要なことをポンポンと答えながら席に向かうと、セリアーナの向かいに座った。


「ご苦労様。呼び立てて悪かったわね」


「どうせ夜に集まるんでしょう? ちょうど仕事も切りのいいところまで片付いたところだったし、問題無いわ」


 席に座ったフィオーラはセリアーナにそう返すと、後ろを振り向き俺を見た。

 そして、指でチョイチョイと……。


「はいはい」


 俺はそう呟きながら、フィオーラの膝の上に移動すると、【祈り】と【ミラの祝福】を発動した。

 何だかんだで俺もバタバタしていたし、このポジションも久しぶりな気がする。

 ようやく帰って来たって実感がわいて来たな。


 何となくホッとしつつ、俺は4人の話を聞きながら施療に集中することにした。


 ◇


 さて、セリアーナは俺たちが領都に到着したところまで含めて、フィオーラも交えて改めて一通り話すと、一先ずここまででいいと話を終わらせた。

 ミネアさんの時もそうだったが、続きは夜だな。


 ってことで、話のバトンはセリアーナからフィオーラに移った。


 彼女が俺たちが領地にいない間に任されていた役割は、いつもの彼女の仕事に加えてテレサのサポートなんだが、そちらの方は問題無く処理出来ていたらしい。


「特に変わった出来事も無かったし、各ギルドも私の研究所も問題無く動いているわ。それと、昨年処理した孤児院跡の件だけれど、素材の調達や加工の手配は完了したし、夏の終わりか秋頃には完成出来そうよ」


「あら? それは何よりね」


 孤児院の跡地に建てる予定の慰霊碑。

 なんか手間がかかるようなことを言っていたが、完成の目処は立ったのか。

 まだ着手はしていないようだが、数ヶ月もかからないようだし、多少なりとも関係している身としてはありがたいことだ。


「折角広い土地を使えるのだし、少し設置個所とその周辺を弄らせてもらっているけれど……構わないわよね?」


「弄る?」


 フィオーラの言葉に、セリアーナは怪訝な表情を浮かべながら答えている。

 街中に設置する物だし、変な物を仕掛けるとは思わないけれど……テレサたちを見ても、何をするのか知らないようで2人で顔を見合わせたりしていて、何をするのかはわからない。


 だが、セリアーナは任せている以上深堀りするつもりはないようだ。


「まあ……妙な物を作るわけじゃないのなら構わないけれど……」


「大丈夫よ。危険なものは作らないから安心して頂戴。それよりも……この娘の足は治さないの? 怪我をしているのよね?」


「それはね……」


 慰霊碑の話はもう終わりらしく、セリアーナは、テレサたちにも話していた俺の足の治療方針についての話を、フィオーラにも行っていた。


1207


 部屋で適当にお喋りをしていたが、しばらくすると夕食の準備が出来たと使用人が呼びに来た。

 久々の領主様のご帰還なんだが……急だったし、大々的に晩餐会を開いたりするのは、また後日になるんだとか。

 今日は屋敷で身内だけでいつも通りに……だな。


 そして、夕食後リアーナ領の主要メンバーが集まってのお茶会が開かれることになった。

 これまでも頻繁に開かれていたものだが、久々のリーゼルに加えて、ミネアさんやルバンと言ったスペシャルゲストもいる。

 ちなみに、護衛の冒険者組からはリーダーも参加しているが、彼女は俺がミネアさんの膝の上にいることに目を丸くしていた。


 皆はこれから話す内容はある程度分かっているだろうし、何より慣れた相手だからリラックスしてはいるんだが……給仕する使用人たちは緊張の面持ちを隠せないでいた。


 リーゼルとセリアーナといったお偉いさんはもちろん、アレクやジグハルトのような強面も揃っている。

 リーゼルを除く男性陣は別の卓に着いているが……付き合いの長い俺ですら久しぶりにあの連中が揃っている姿を見ると、ちょっとビビるような迫力があるもんな……。


 まぁ……いつも通りならすぐに下がらせるだろう。


「これだけ集まると……流石に壮観だね。ミネア殿も、わざわざ夜に申し訳ありません」


「いいえ、お気になさらないでください」


 今はリーゼルが前に立って皆に向かって挨拶をしている。

 これが終われば直に使用人たちを下がらせるだろうし、もうすぐだな。

 頑張れ。


 と、心の中で使用人たちを応援していると、リーゼルはサクサク挨拶を進めていった。


 ◇


 リーゼルの挨拶が終わり、皆の前にお茶の用意が完了すると、使用人たちは部屋から出て行った。

 それを待って、リーゼルはソファーに座ると、「ふう」と一つ息を吐いてセリアーナに視線を向けた。


「セリア、君たちはどれくらい話を進めたのかな?」


「王都からここに帰って来るまでを、簡潔に……よ。アレクたちは……オーギュストから説明されたのかしら?」


 そして、今度はセリアーナが隣の卓にいるアレクたちに視線を向ける。

 なんというか、強面のおっさんたちが卓を囲んでいるのに、そこに置かれているのがお茶とお茶菓子っていうのが、ちょっと面白い。

 酒は、このお茶会が終わった後かな?


 ともあれ、セリアーナの質問にアレクが顔を上げた。


「俺たちもしつこく襲撃を受けた……といった程度です。今後の動き方についてなどはまだですね」


 どうやら、居残り組の情報は今のところ皆同じ程度なのかな?


「そうか……わかったよ。それじゃあ、始めようか」


 リーゼルはそう言うと、オーギュストに指示を出して皆に向かって説明を始めさせた。


 もともとセリアーナが狙われる可能性があったこと。

 想定通り王都圏に到着した頃から怪しい連中が傍をうろついていたこと。

 そして、王都からリアーナに向けて出発してから、行く先々で襲撃を受けたこと。

 終いには海上どころか、マーセナル領に着いてからすらも襲撃があったこと。


 それらは皆にもう伝わっているだろうが、その都度オーギュストが詳細を語っていくと、賊のしつこさというか執念深さというか……とにかく、ちょっと度を越した執着具合に流石に驚いているようだった。


 居残り組は真剣な表情でオーギュストの話に集中しているようだ。

 ただ。


「セラさん、貴女も参加したの?」


 まだオーギュストの話は続いているが、ミネアさんは他の皆ほど興味は無いのか、オーギュストの話もそこそこに、俺の耳元に背後から口を寄せると小声でそう訊ねてきた。


 彼女の場合は、騎士団とも冒険者とも直接関わることは無いし、領地の親父さんに伝えるくらいだもんな。

 むしろこれが普通なのかもしれない。

 加えて、セリアーナの部屋で話した時は、戦闘についてはあっさり流す程度にしか触れていなかったし、そっちの方が気になるのかな?


 ミネアさんの声に「ふむ」っと頷くと、道中のことを振り返りながら俺も小声で返す。


「オレもちょこちょこ参戦しましたよ。あんまり人との戦闘の経験が無いんで、詳しい説明は出来ないですけど、今団長が話しているように、やたらしつこかったですね」


 その言葉に、ミネアさんは「あらまぁ……」と、静かに驚いていた。

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