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 簡単な説明を終えた後は、適当にだらだらーと、俺が領地を離れていた間のことを話して貰っていた。


 ルバンのとこから領都に来るまでの街道で魔物と遭遇したし、狩場の様子が気になっていたんだが……意外にも何も起きていなかった。


 テレサは俺の2番隊での副官だ。

 2番隊を始め冒険者ギルドの情報もある程度は持っているし、何かと思ったんだが……。

 もちろん何から何まで全部聞いたってわけじゃないから、細かい所で何かが起きているって可能性もあるんだが、少々肩透かしかな?


 ともあれ、そういう話はまた別の場所でアレクたちも交えてすることになるはずだ。

 ミネアさんがいるこの場で話すようなことじゃないよな。


 ってことで、王都に滞在していた間の出来事を話すことにした。


 まぁ……滞在自体は短い間だったし、俺はほとんど屋敷に引きこもっていたから、話せるようなことなんて実は無かったりもするんだが……テレサはともかく、ミネアさんは簡単に領地から離れることが出来ないし、ちょっとしたことでも楽しそうに聞いてくれて、それなりに盛り上がっていた。


 ◇


 しばらくそのまま話をしていたのだが、ベッド脇の椅子に座っていたテレサがふと立ち上がったかと思うと、「失礼します」と寝室を出て行った。


 はて……とミネアさんと顔を見合わせていると、向こう側から声が聞こえてきた。

 テレサの他に女性の声が複数だ。

 扉越しのためハッキリと聞き分ける事は出来ないが、聞き慣れた声だし誰のものかは何となくわかりはする。

 だが。


「セリア様かな?」


「そうなのかしら……?」


 セリアーナの部屋なんだし、彼女が入って来ること自体は別に当たり前のことなんだが、俺たちが「?」と首を傾げていることには一応理由がある。

 2人でドアを眺めていると、中に入って来たのはやはりセリアーナだった。

 もちろん、テレサと他にエレナも一緒だ。


「話が弾んでいたようね。何よりだわ」


 そして、セリアーナは寝室に来るまでの間にテレサに聞いたのか、こちらを見るなりそう言ってきた。


「まぁ……それなりにね。それよりもさ、随分早かったけどもうそっちの用事は終わったの? 領地を空けている間のこととかの報告を聞くって言ってたけど……」


 まだ玄関ホールで別れてから1時間も経っていない。

 領地不在の間の報告を聞き終えるには、ちょっと早すぎる気がするんだが……全部は聞いてこなかったのかな?


 ミネアさんも俺の言葉に同意するように頷いている。

 彼女はセリアーナが不在の間は、代理とはいかなくても多少は仕事を手伝っていただろうし、どれくらい仕事が溜まっているのかは把握しているだろう。


 そのミネアさんがこの反応ってことは。


「さぼり?」


 俺の言葉を鼻で笑うと、ミネアさんに視線を向けて口を開いた。


「馬鹿なことを言わないで頂戴……。お母様、お久しぶりです。留守中子供たちをありがとうございました。お陰で王都での用事を済ませることが出来ましたわ」


「構わないわ。セラさんから簡単に話を聞かせてもらったけれど、後で貴女からも聞かせて頂戴」


 挨拶を済ませた2人は、話を始めたんだが……あまりにも当たり障りのない会話だ。

 何となく出てくる単語から、王都の中央広場に店舗を構えている商会のことだと予測は出来るんだが、別に買い物に行くわけでも無いし、こちらに引っ張って来るわけでもない。

 それなら他に話すことがありそうなものを……。


 狙いがよくわからない2人の会話をポケーっと眺めていると、肩を横から突かれる感触に「うん?」と振り向いた。

 突いてきたのはエレナで、彼女は笑顔でこちらを見ている。


「久しぶりだね。足のことは聞いたけれど、大丈夫かい?」


「うん。痛いことは痛いけれど大丈夫。……ねぇ」


 俺はエレナの耳に顔を寄せるように体を伸ばすと、小声で話しかけた。


「あの2人何の話をしてるの? 席外した方がいいのかな?」


 テレサとエレナも部屋から出る素振りは見せていないし、俺が気にするようなことじゃないのかもしれないが、俺たちがいるからああいう無難な会話をしている……とか?


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 寝室での話は、セリアーナの「場所を変えましょう」という一言で一旦中断して、続きは隣の応接スペースに移って話すことになったんだが、そこでの話はやはり先程までと同様で、一応街の商会の状況なんかを話してはいたものの、本当に当たり障りのない内容のものだった。


 そして、お茶を飲みつつのんびりとしたお喋りをしていたのだが、程なくしてミネアさんは、自分はこの辺で……と、侍女を連れて部屋を出て行った。

 今部屋にいるのは、俺とセリアーナとエレナにテレサ。

 フィオーラこそいないが、いつものメンバーだ。


 ミネアさんが部屋にいる時は、俺も遠慮して真面目にしていたんだが……もうこのメンバーだったら気を抜いてもいいよな?


 ってことで、先程からソファーに寝転がっていた。

 話をするには少々行儀は悪いかもしれないが、この恰好が楽だしこのままでいいか。


「ねーセリア様。セリア様って別にミネアさんと仲が悪いとかそんなことはないよね?」


 先程までの様子を思い浮かべながら、向かいに座るセリアーナに顔を向けてそう訊ねると、怪訝な表情を浮かべた。


「……何を突然言い出すの?」


「いや……さっきまでミネアさんが一緒だったけど、なんか話とか他人行儀な感じがしたんだよね。違うの?」


 それを聞いたセリアーナは、「ああ……」と苦笑している。


「テレサ、私が来るまでは貴女たちだけだったんでしょう? セラは何を話していたの?」


「王都や王都圏の様子を簡潔に……でした。私が間に入る必要はありませんでしたね」


「ふぬ? 何かマズかった?」


 どうせ後で話をするだろうから……って、あまり細かいことは話さなかったんだが、それが何か関係していたんだろうか?

 テレサの反応だと、特に何か失敗したってわけじゃなさそうだけれど……。


「別にどちらでもよかったのよ。ただ、今回はまだ情報がハッキリしていないし、いくらお母様にでも私の口から伝えるわけにはいかなかったの。お前がどう話していたのかがわからなかったから探っていたのだけれど、それが余所余所しく見えたのかもしれないわね」


「あらぁ……遠慮しないで話しておいた方がよかったのかな?」


 セリアーナの言わんとすることは何となくわかった。

 確定していない情報を、セリアーナが他家に話すのはよろしくないから、この場合は俺の口から言った方がよかったって感じかな?


「今日の夕食後に皆を集めてリーゼルが報告をするの。お母様もその席に出てもらうし、そこで一緒に聞くことになるから問題はないわね」


 そう言うと、セリアーナはテレサたち2人を見た。

 そして、小さく頷いた。


 俺はテレサには詳しく話していないが、どうやらエレナも聞かされていないっぽいな。

 リーゼルたちと執務室に一緒に行っていたが、戻って来るのは随分早かったし、適当なタイミングで切り上げて来たようだ。


「執務室ではその話はしなかったんだね」


「ええ。お前もまだ情報が確定しているわけじゃないのはわかっているでしょう? 半端な情報を文官たちに与えても仕方がないし、後に回したわ。ついでに私の仕事もね。今頃リーゼルは子供たちと顔を合わせているはずよ」


「なるほどー」


 部屋に戻って来るのが妙に早かった気がしたが、報告をしないだけじゃなくて、仕事も途中で切り上げてきたのか。


 口に出せる情報に制限がある状況で、それに気を遣ったまま仕事をするよりは、仕事そのものを後に回す方が負担は少ないかもしれない。

 まぁ、その辺の判断はセリアーナとリーゼルに任せよう。


「それじゃー、このまま夜まで過ごすの?」


「いえ。2人には今のうちに話しておくわ。2人の考えも聞かせてもらいたいもの」


「ほぅほぅ」


 セリアーナの言葉に、俺は少しホッとして安堵の息を漏らした。


 今回の一連の襲撃は、それぞれ分けて考えたら別にそんなに悩むようなことではないけれど、全体で見ると妙に手が込んでいるし、手間もかけている。

 その割に結局狙いが未だにわからないままだ。


 もう領地に戻ってきた以上は、そんなに警戒するようなことじゃないんだろうが、スッキリはしないままだ。


 エレナとテレサなら、冒険者と騎士団員と為政者と……色々な面での考えを持っているし、ちょっと期待できそうかな?

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