565
1202
街に入った俺たち一行は、まずは騎士団本部へと向かっていた。
街中だし馬車の速度を落として走っているので、通行人を見る余裕もある。
「冒険者の数は足りてそうだね……? それでも手が足りてないのかな」
南門から騎士団本部までの、あまり冒険者が用のないエリアでありながら、その道中ではそこそこ冒険者の姿が目に入った。
それも見習いや駆け出しのような、腕が足りない者ではなくて、魔境を含めた東部での狩りが可能そうな実力はある連中だ。
ダンジョンに行っててもおかしくはないが、狩場がダンジョンだけだと、混んでいる時なんかは稼ぎの効率が悪いから、他の場所でも狩りをするだろう。
だから、外の狩場でも狩りをしているはずなんだが……違うのかな?
「街の様子に変わりはないし、問題が起きているようには見えないわ。人手が足りないというよりも、冒険者の動かし方を変えたのかもしれないわね」
「ふぬ……まぁ、オレたちがここを発つ前にも色々あったしね。そっちの対処に忙しかったのかもね」
東部全体ではどこまで進んだかはわからないが、少なくともこのリアーナではもう教会勢力なんてあってないようなものだ。
とはいえ、領主とは関係性はあまり良くなかったが、それでも、冒険者を含めて長いことこの辺で権力を振るっていただけに、ポッカリ空いた穴のカバーに手を取られていてもおかしくない。
ましてや、領主も騎士団団長も領地を離れている状況だったしな。
我ながら結構納得出来る理由だなと、口にしながら俺は頷いた。
そして、そんなことを話している間に馬車は貴族街に入り、俺たちは領主の屋敷がある高台の下の騎士団本部に到着した。
俺たちはそのまま馬車に乗っているが、なにやら他の馬車の乗員が降りたり入れ替わったり……慌ただしく動いている。
そんな外とは対照的に、俺たちの馬車は静かなもの。
「……あの坂の上がご領主のお屋敷なのですね」
街に入ってすぐにこの高台は見えているし、貴族街に入れば下に続く坂や、坂の途中にあるアレクたちの屋敷も見えて来るが、リーダーは馬車が停止するまで興味深そうに窓の外を眺めていた。
地形を利用した山城のような建物は、平地が多い王都圏だと珍しいんだろうな。
ただ、リーダーの感心したような声で呟いた声は、少々硬いようにも感じる。
無理もない。
「ええ。貴女たちは一応私が雇ったし招いたわけでもあるから、客として屋敷に泊まってもらうけれど……冒険者として仕事をするには大分不便になっているわ」
「馬車なり馬なりで移動するのが前提の場所だもんね。冒険者ギルドからもちょっと離れてるし……徒歩だと大変だろうね」
セリアーナが今言ったように、彼女たちは屋敷に部屋を用意するようだ。
あの屋敷は、地下の訓練所を始め設備は調っているし、滞在するだけならいい場所だと思うんだが、冒険者の活動をしながら……だと大分不便だ。
自前の馬や馬車を用意出来るのならともかく、あの坂を武装したまま徒歩で……だとな。
冒険者ギルドからも距離があるし、移動だけで疲れ果ててしまうだろう。
大変って言葉で片付けられるレベルじゃーないよな。
本当は内部に騎士団本部を始め、色々な場所に繋がっている通路が隠れているし、そこの空き部屋にでも装備を置いておけば、屋敷に滞在しながらでもそこまで不便じゃないのかもしれないが、流石にそこを彼女たちが使うことはないだろうし、そもそも教えることもないだろう。
「追い出すつもりはないけれど、街中に宿を取った方がいいでしょうね。商業ギルドには私から話を通しておくから、手配してもらうといいわ」
「そうですね……。今日はもう時間がありませんから明日以降になりますが、仲間と街を歩いてみて、場所を選ぼうと思います」
苦笑しながらのリーダーの言葉に、セリアーナも笑いながら「それがいいわ」と言っていた。
◇
さて、オーギュストや王都から一緒だった兵たちと騎士団本部で別れてから、俺たちはガタゴト坂を上り屋敷へと辿り着いた。
屋敷や敷地内には一目でわかるような変化は無し。
まぁ……一月そこらじゃ、そんなもんかな?
それは屋敷の中も同じこと。
「旦那様、奥様、セラ様、お帰りなさいませ」
使用人を始め、いつものメンツが玄関ホールで整列していて、中に入ってきた俺たちを出迎えた。
1203
屋敷に帰って来た俺たちは、玄関ホールでの出迎えの挨拶もそこそこに切り上げて解散となった。
まぁ……あんまり長話するような場所じゃないもんな。
ってことで、俺は部屋に戻るが……リーゼルとセリアーナは真っ直ぐ執務室だ。
2人とも……特にリーゼルは1年近く領地を空けていたし、仕事は山積みだろう。
流石に夜までお仕事ってことはないだろうが、領地を空けていた間の簡単な報告を受けているはずだ。
エレナも一緒に行っていたし、手強そうな気配がするな。
今日は何かとバタバタしていたのにご苦労なことだが、頑張ってくれ。
◇
さて、セリアーナはいないが俺はお構いなく彼女の部屋に入っている。
そして、俺だけじゃなくて、一緒に玄関で出迎えていたテレサとミネアさんも一緒だ。
ちなみに子供たちは乳母が面倒をみていて、セリアーナたちの仕事が落ち着いたら執務室に連れて行くらしい。
隣の部屋で乳母の子たちと一緒にいる子供たちの気配を感じるが……大人しくしているな。
今下手に構って捕まっても相手出来ないし、元気にしていたかはちょっと気になるが、向こうに任せておこう。
それよりも。
「いだだだだだだっ………!!」
セリアーナの寝室に響く俺の悲鳴。
なんか怪我をする度に似たような目にあっている気がするが、気のせいだと思いたい。
ともあれ、俺の足を診るテレサの手を止めなければ。
ベッドに寝転がっていた俺は「ふんっ!」と体を起こして、テレサに向かって手のひらを向けた。
「痛い痛い! ちょっと待って、テレサ!」
俺の声に脛辺りを押さえていたテレサの手がピタリと止まる。
いやはや、久々に顔を合わせたと思えばコレとは……挨拶にしては手厳しいじゃないか。
「ひぃひぃ……どうよ? テレサから見て……」
折角体を起こしたが、息を整えるために再びベッドに寝転がった。
そして、テレサの顔を見るが……なんというか……困った様な表情を浮かべている。
「……あまり私には馴染みのない治療法ではありますが、差し当たって動かさなければ問題は無いでしょう。大分無理をしましたね」
テレサは、溜め息交じりに詰問するような口調で言ってきた。
それに「ぉぅ……」と気圧されていると。
「まあ、どう言った事情があったのか聞かせてもらいましょう?」
同じく寝室にやって来て今の診察を見ていたミネアさんが、テレサに笑いながら声をかけた。
「……それもそうですね。どうしましょう? 姫、場所を変えますか?」
「いや、このままでいいよ。……どっこいせ」
流石に寝転がりながら話すのもなんだし、俺は体を起こした。
起きたり寝転がったり忙しいな……。
◇
どうせ詳細は夕食後にでも皆で話す時に聞くことになるだろうから、王都を発ってからマーセナル領の港に到着するまでのことは簡単に済ませた。
港に着くまでに襲われて、港についても襲われて、出港しても襲われて、海を大分進んでからも襲われて……。
大事ではあるが、賊に関しての取り調べはウチが担当しているわけじゃないし、ほとんどわかっていないし、報告出来ることも無いからな。
2人もその辺のことはわかっているのか、あっさりと流していた。
そして、話は進んでマーセナル領に到着してからの話になった。
港内の待機所で人質事件が起きたり、建物の外から【ダンレムの糸】の一撃をぶち込まれたり……色々あったもんだ。
改めて話しながら考えると、あの連中の執念深さがよくわかるな。
「貴女……よく無事だったわね。私は実際に見たことは無いけれど、その恩恵品のことは少しは知っているわ。こちら側に死者は出なかったんでしょう?」
「うんうん。護衛のリーダーさんが受け止めてたけど、防ぎきれなくて怪我をしてたね。後オレも。でも、建物は派手に壊れてたけど、目立った被害はそれくらいだったかな」
「アレの一撃を弾き飛ばしたのなら……確かに骨折してもおかしくありませんね。むしろ軽いくらいでしょうか……。姫の【祈り】も効果があったのでしょうか?」
テレサは当然だが、ミネアさんも【ダンレムの糸】のことは知っているようで、いざどういうことがあったのかを話していると、意外と感心しているようで、俺の怪我については仕方がないという空気になっていった。
怪我は別に俺が何かミスした結果ってわけじゃないんだよな。
ただ、何か突っ込まれるかな……と、ちょっとドキドキしていたんだが、どうやら俺が気にし過ぎていただけだったみたいだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます