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 マーセナル領の領都を出港してから、のんびり平和な船旅を送ること数日。

 明日の昼過ぎにはルバンの村に到着する予定だ。


 船内では何も起きたりせず、また、俺がちょっと壊してしまった甲板でも、誰かが事故に遭うようなことはなかった。

 実は誰かが河にでも落っこちたらどうしようって地味に気になってはいたんだよな。

 海と違って、この辺なら船から落ちてもイコール死……とまではいかないけれど、危険なことに違いはないしな。


 本来は早朝に到着する予定だったらしいが、出港前に色々ゴタゴタしていたし、その分遅れてしまったそうだ。

 もちろん、この船なら船足を早めたりも出来るようだが、甲板の手すりだけとはいえ、船体に戦闘のダメージがあったわけだし、念のため通常運航にした結果だ。


 いやはや、思えば色々あったが何事も無くて良かった良かった。


 さて、それはそれとして。

 今はもう夜で、普段なら食事も風呂も済ませて、部屋でセリアーナと共にゆっくりとしている時間だ。

 だが、今日は俺たち以外にも部屋の中には、船医と護衛の冒険者たちが揃っていた。


 マーセナルの港を出港して以来、俺は午前中にこの船の医者に足を診て貰っていたんだが、明日は朝から準備で乗員一同忙しいだろうからってことで、今診て貰っているんだ。


 ちなみに、ここ数日毎度の事ではあるが、護衛の彼女たちは治療の立ち合いだ。

 船医がおっさんだし、まぁ……念のためと言うかご愛敬だな。


 ともあれ、この船の船医は、船上での戦闘で重傷を負った者をしっかり治療出来るくらいには腕があるんだが、港で診てもらった女医さんの方が腕というか……格が上のようで、彼女の自力で治させるって治療方針に従っている。


「いたたたた…………」


 船医の手によって足を伸ばしたり曲げたりしているんだが、変わらず痛いままだ。

 表の傷自体はもう跡も何も残っていないが、まだまだ完治までは時間がかかるだろうな。


「やはり数日では中の傷は塞がりませんね……。領都に戻られてからも、このまま安静に過ごしてください」


 船医はそう言うと、包帯をクルクル巻き始めた。


「これって、包帯巻いといた方がいいの? もう傷は塞がってると思うんだけど……」


 それを眺めながら、俺はここ数日間の疑問を船医に訊ねた。

 傷自体はもう塞がっているわけだし、包帯って巻く意味あるのかな?

 足が曲げにくかったり動かしにくかったりと、地味に邪魔なんだが……。


「確かに表面の傷は塞がっていますが、まだ内部はそうではありませんからね。保護も兼ねて……です。少なくとも内出血が治まるまでは続けた方がいいでしょう」


 ってことは、2週間くらいかな?

 まぁ、邪魔なことに変わりはないが、それでも包帯を巻く必要性はわかったし、俺は渋々ではあるが返事をした。


「さて……完了です。それでは、私はこれで失礼します」


 船医はそう言うと、いそいそと道具を片付けて、足早に部屋を去って行った。


「居心地悪いのかな?」


 俺は部屋のドアの方を見ながらそう呟くと、セリアーナは頷きながら口を開いた。


「ルバンが選ぶくらいだし、経験も豊富で腕は悪くないはずだけれど、船内で女性の乗客を診る機会はそうそう無いでしょう。ましてや、護衛の兵に見張られながらだと落ち着かないんじゃない?」


「……なるほど」


 この船は、他所の地域の身分がお高い者を招くのに使えるように、ルバンが用意した船だ。

 夫婦で利用する者も多いし、他の商船に比べたら女性が乗る機会も多いだろうが……船内で怪我をすることはそうそう無いだろうし、こんな風に女だらけの部屋で、武装した者たちに見張られながら仕事をすることも無かっただろう。


 怪我と言えば、リーダーは港で怪我を負っていたが、彼女の場合は俺と違って護衛が本業だ。

 ここもある意味戦場だし、魔法やポーションをしっかり使って治している。

 立場的にはもう護衛される側の俺が怪我をしているってのが、そもそもイレギュラーなのか。


 俺が悪いわけじゃないが……なんとも申し訳ない気がしてきたな。

 明日到着したら、ルバンに彼はよくやっていたと伝えておくか。


 包帯を巻かれた右足を見ながら、俺はそんなことを考えていた。


1197


 到着予定の当日朝。

 朝食を終えた俺たちは、既に船から降りる準備を完了させていた。

 部屋の手前部分である、応接スペースで到着を待っている状況だな。


 んで、当たり前ではあるが、俺はもう着替えているし横になったりはしていない。

【浮き玉】に覆いかぶさるように乗っかって、窓の外を眺めていた。


 俺は港での戦闘時はもちろん、出港してからも【妖精の瞳】とヘビたちの目を発動していたが、幸い船内で異常を捉えるようなことはなかった。


 だが、窓の外の景色が徐々に見慣れたものに変わるにつれて、対岸に魔物の気配がチラホラと目に入るようになってきた。

 それも、ただの雑魚じゃなくてしっかりと力のある、魔境の魔物の群れだ。


 今回はずっとベッドの上に転がっていたから、一々外の様子を見たりしなかったんだが、マーセナル領の方だと陸地にはここまで魔物の姿は見えないんだよな。


「……ぉー。セリア様も見える?」


 セリアーナも加護を発動しているだろうし、気付いているとは思うが、なんとなしに聞いてみると、【小玉】に乗ったセリアーナも窓際にやって来た。


「ええ……向こう岸は魔物がうろついているわね。それに比べてこちら側は……」


 窓の外を見ていたセリアーナは、クルっと反転した。

 彼女に合わせて俺もそちらを見るが……俺の目じゃ廊下とその先の部屋までしか探れない。

 ただ、それでも何となくセリアーナの言いたいことはわかる。


「こっち側は魔物はいないのかな?」


「いないわけではないけれど、大分間引かれているわね。よく管理されていること……」


 感心半分で、セリアーナはそう呟いた。


 ここら辺はルバンの管轄内だし、冒険者だったり兵だったりを派遣して魔物を討伐するのは、代官である彼の仕事だ。

 特に雨季前には後々大変なことになってしまうから、しっかりと魔物の数を減らしておかないといけないんだが……セリアーナの口振りだと、十分過ぎるくらいその役割をはたしているようだな。


「ウチの方はどうなってるかなぁ……」


 領都の周辺は相変わらず外に魔物がうろついているし、東側には一の森を始めとした魔境が広がっている。

 雨季前の狩りは、冒険者も騎士団も協力して行っているんだが……。


「……アレクたちがいるし問題無くこなしているとは思うけれど、いくつかの調査も命じていたしどうかしらね。もしお前が帰還してから任せようと考えているのなら、兵たちが大変なことになるかもしれないわね」


「むぅ……足が治るころには雨季が明けててもおかしくないしねぇ」


 雨季前の領都周辺の狩りは、例年だと俺が積極的に行っているんだが、今年は足がこのザマで狩りに行く事は出来ないだろう。

 どうするんだろうな……。


 リーゼルもオーギュストも長期間領地を空けていたから、その間の溜まった仕事を片付けるのに忙しくて、兵を率いて討伐に出る余裕もないだろうし、やはり俺か……!?


「いたっ!?」


 ペシッと頭を軽く叩かれた。


「なにすんの」と振り向くと、いつもの呆れた様な視線が目に入ってきた。

 一応リアーナ領の騎士団2番隊の副長っていう役職を持っているんだけどな……と考えつつ、セリアーナの言葉を待った。


「お前は大人しくしておくのよ。まあ、私も考えがあるから、お前が気にする必要は無いわ」


 何かはわからないが、考えはあるのか。


「はーい……」


 俺は頭をさすりながらセリアーナに返事をした。


 ◇


 さらに数時間が経ち、船は予定通りルバンが治める村の港へ到着した。

 既に荷物は馬車に積んでいて、俺たちはもうこのまま降りるだけでいい状態なんだが、それはまだもうちょっと待つことになるだろう。


 今は先に降りた者が、俺たちが帰還したってことをルバンに伝えに行っている。


 1年近く仕事で領地を空けていた領主が帰還したんだし、そこは代官として出迎えないといけないもんな。

 それに……彼の船をちょっと壊しちゃったりもしたし、その説明もしないといけない。

 彼をスルーは出来ないだろう。


 ただ。


「村にちゃんといるかな?」


 実は周辺の魔物討伐に出かけていて、村にいないってことはないよな……?

 俺たちが今日到着するってことは彼も知らないだろうし、時期を考えると運次第なところがある気がする。


 どうだろうな……と、俺はセリアーナに訊ねることにした。

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